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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヴァイオレットサレナ

作者: 人工知能ヶ坂灰音

基本ガールズラブなので嫌いな方注意です。

 高校生活初めての期末テストも差し迫った初夏のある日。数学の授業が終わり、お昼を告げるチャイムが鳴る。上がった気温を少しでも下げようと開け放たれた窓から、早く生まれすぎているのではと心配になる蝉の声が聞こえる。

「ふみちゃん!英語の宿題教えてくんない?」

そんな空気の読めない蝉の合唱の中、私、大里野糸は友達の芥川文、通称ふみちゃんに話しかけた。数学の教科書と難しい顔でにらめっこしていたふみちゃんが、私に気づいてぱあっと笑顔になる。

「のいちゃん!私もちょうど数学の分からなかったとこ聞きたかったんだ。」

のいちゃんと言うのはふみちゃんが付けてくれた私の愛称だ。少々私には可愛すぎる気もしているが、ふみちゃんがせっかく付けてくれた愛称だ。無下にもしたくないので私は呼ばれるがままになっている。わたしもまたふみちゃんに笑顔を向けて言う。

「じゃあおべんとうのあとで教えあいっこしよっか!」

「えへへ!今日はだし巻き卵の中にチーズをいれてみたんだ!楽しみにしてて!」

ふみちゃんとは毎日お弁当を一緒に食べている。と言っても私は朝買ってくるコンビニの惣菜パンばかりなのだが。それを心配してかふみちゃんは、いつもお弁当を多めに作ってきては私に分けてくれている。

「やったあ!ふみちゃん偉い!料理上手!!」

私はふみちゃんの頭をなでる。その実は私がただやわらかそうなふみちゃんの髪に触れたいだけなのだが。ふみちゃんは少し照れくさそうに私の腕をつかむ。

「恥ずかしいよ~のいちゃん~…じゃあ私お弁当取ってくるね?」

そう言って、トテトテと可愛く走っていくふみちゃんを眺めながら、私はさっきまでのふみちゃんのやわらかな頭の感触と小さな手の感触を思い出していた。ただそれだけで心がぽわあっと温かくなる。

(…少しスキンシップ過剰だったかな…)

私は反省した。しかしまた同じようにふみちゃんに触れる機会があったら、私はまず間違いなくふみちゃんに触ってしまうだろう。この心の温もりのために。決して届くことのないこの気持ちをほんの少しでも満足させるために。そう…私は…ふみちゃんが大好きなのだ…。


 暑い日差しが屋根によって照り返され、暑さが倍増している学校の屋上。私、大里野糸は、私たちの他に誰もいないこの場でふみちゃんとお昼ご飯を食べながら、のんびり話をしてる時が何より好きだ。だが最近はそうではないことも多い。ふみちゃんの会話の中に、憎きあの野郎の話が良く出てくるからだ。

「それでね!生田君たらその授業の間だけで14得点したの!すごいよね!!私サッカー苦手だからあこがれちゃうな…」

生田と言うのはうちのクラスのテニス部の男子だ。成績優秀、スポーツ万能、優しく、顔もいいクラスの人気者だ。その完璧人間ぶりから「オリエンタルラジオ」の愛称で親しまれている。私は嫌いだが。クラスの女子どころかこの学校の女子は、みんなこいつが好きなんじゃないかと言う位人気がある。私は嫌いだが。

「それでね!生田君最後の一点なんて1人スカイラブハリケーンをきめちゃって!すごかったんだよ!」

そして受け入れがたいことだが、どうやら私のふみちゃんも生田のことが好きらしい。私は煮えくり返ったはらわたをふみちゃんに見せないように、できうる限りの作り笑顔を浮かべる。のだが。

「…のいちゃんどうかした?表情硬いよ?」

そういうことにふみちゃんは目ざとい。私の恋心には全然気が付かないのに。

「えっ…そんなことないよ?ほらこんなにやわらかいよ!」

私は自分の頬を掴んで引っ張って見せる。そんな私を見てふみちゃんが悲しそうな顔をする。

「…のいちゃん私に隠し事してる…のいちゃん後ろめたいことがあるときボケが大味になるもん。」

どうやらふみちゃんが目ざといのではなく、私の隠し事が下手だったらしい。それにしてもボケが大味になるって!あんたは私の笑いの師匠か!そう誤魔化そうとしたが、やめた。そんなことをしたって私は今隠し事をしています、と言っているようなものだ。そしてふみちゃんにもっと悲しそうな顔をさせてしまうだけだ。私は正直に言うことにした。生田君のことが嫌いだと。

「ごめんねふみちゃん…私…ふみちゃんが生田君の話するの…なんというか…辛くて…ふみちゃんが生田君好きなの…伝わってくるから…ほら私生田君のこと…アレだし…」

正直に言おうと心に決めたのに。どうしても肝心な部分は言えない。だがどうやらふみちゃんには伝わったらしい。

「のいちゃん…わかったよ…ごめんね…私デリカシーなかったね…」

そんな。ふみちゃんが謝ることじゃないのに。私が…私が女の子のくせにふみちゃんを好きだから…ふみちゃんがお箸を掴んだ小さな手をぎゅっと握って言う。

「私知らなかった…のいちゃんも生田君のこと好きだったなんて!」

はい?私は訳が分からない表情を浮かべたが、下を向いているふみちゃんには見えない。

「ごめんね!のいちゃん悩んでたんだよね!生田君との恋をとるか、私との友情を取るか悩んでくれてたんだよね!私…のいちゃんと奪いあう位なら恋なんていらない!…決めた!私生田君に告白なんてしない。だからのいちゃんも告白しないで?そしたらのいちゃんも悩まないで済むでしょ?」

肝心な部分をぼかしたからだろうか。どうやらふみちゃんには私の言いたかったことと真逆の意味が伝わったらしい。ふみちゃんそれは違うよ、と私は言おうとして、気づいた。あれ?この生田君不可侵条約…私にとって得しかない?私は生田君に興味はないし、ふみちゃんは生田君に告白しないでくれると言うのだから。…私はごくりと一回つばを飲み込んだ後、できるだけ自然に答えた。

「…うん!」

私のそんな卑怯な胸の内など知る由もないふみちゃんは、その場でくるくると回転しながら言う。

「えへへへへ。これでのいちゃんと生田君のカッコいいとこいっぱい言い合えるね。」

早い。バチが当たるのが早い。なんということだ。これからきっと憎き生田が話題に出てくる頻度が増えてしまう。私にこれから大好きな時間は訪れるのだろうか。おのれ憎き生田め。この恨みいつか晴らしてやる。そう…私は…生田が大嫌いなのだ…。


 梅雨がぶり変えしてきたのか、その日は暗いうちから降ったり止んだりの天気だった。まだ人影も少ない教室で授業の予習をしている私に、ふみちゃんが飛びついてくる。

「大変だよ!のいちゃん!生田君に好きな人がいるんだって!」

ふみちゃんとの会話が大好きな私にとっても、すごくどうでもいい話題だった。いや、そうでもないかもしれない。私の頭の中の内、ふみちゃんを司る領域が高速で回転し、とんでもない策略を編み出す。ふみちゃんの頭の中で私は、生田君が好きだということになっている。もしこれで私が「しょうがない。生田君のことは諦めるしかないか。」と言えば、ふみちゃんも生田君を諦めて、生田君の話題を出してこなくなるかも知れない。私の幸せな時間が取り戻せるかもしれない。この間わずか0.7秒。私はこの計画を実行に移した。

「しょうがないー。生田君のことは諦めるしかないかー。」

「…のいちゃんは諦めるんだね…だったら私が生田君に告白しても怒らないよね…」

だから早い。バチが当たるのが早い。私は動揺を隠せなかった。脳みそをフル回転して告白を止めさせようとする。

「ど…どうして!?だって生田君好きな人いるんでしょ!?断られるだけだって!!」

ふみちゃんがその大きな瞳に決意を滲ませて言う。

「その好きな人が私じゃないとは決まってないもん…」

「もし生田の好きな人がふみちゃんだったら向こうから誘ってくるって!ふみちゃんが行くことないって!」

私も必死だった。なりふり構わずふみちゃんの告白を止めさせようと必死だった。だんだんと私もふみちゃんも声が大きくなる。周りが私たちの会話注目し始めるが、ふみちゃんは構わず言った。

「でものいちゃんはそうじゃなかったでしょ?」

「…?」

私は意味が分からなかった。その様子を見たふみちゃんが顔を赤らめて言う。

「私がこの高校入学したてで…友達もいなくて…まだ一人ぼっちだった時…のいちゃん私に話しかけてきてくれた…。のいちゃんにとっては大したことなかったかも知れないけど…私は凄く嬉しくて…」

思い出した。ふみちゃんとの出会ったころの話だ。顔も体型もすごく好みの子がいたから思わず私は話しかけたのだった。こんなに仲良くなるとは思っていなかった。こんな欲にまみれた恥ずかしい話をまさかそんな風に思っていてくれたなんて。

「それは…」

私は顔を真っ赤にする。ふみちゃんと顔を合わせられない。感動しているという風にとらえられたのだろうか、ふみちゃんは私の手を取って言う。

「仲良くなるってどっちかが勇気を出さないといけないんだって私思った!だから私…次誰かと仲良くなりたいって思ったときは…私から踏み出そうってそう思ったの…!!」

「……」

私は何も言えなかった。あの内気なふみちゃんが勇気を出して誰かに告白しようとしているのに、私はどうだ。それを邪魔するようなことばかり言って、自分は本心をひた隠しにして。ただ自分が恥ずかしかった。

「…のいちゃんも生田君に一緒に告白する?」

そんな私を気遣ってふみちゃんが私に声をかけてくれる。自分の恋のライバルを増やすことになるのに、だ。私は弱弱しく首を横に振った。これ以上強く首を降ると涙がこぼれてしまいそうだったからだ。…結局ふみちゃんは放課後、校舎裏に生田を呼び出した。その時告白するつもりなのだろう。私も二人に隠れてその様子を見守ることにした。本当にただそれだけのつもりだった。もしふみちゃんがフラれたらその時は私がふみちゃんに告白しようか。そうも考えたが、ふみちゃんの傷心に付け込んでいるように思えたので辞めた。ふみちゃんの心の傷が癒えたらその時改めて告白しよう。そう思っていた。…遂にふみちゃんの一世一代の告白が行われた。

「生田君…私は…生田君が好きです…」


 放課後の校舎裏、雨こそ降っていないが、黒い雲のどこか遠くで雷が鳴っている。雨を蓄えた雲がそれをいつ吐き出そうかと狙っているようだった。そんな中遂にふみちゃんの告白が行われた。告白された生田はこんな事態に慣れているのだろうか。平然とした顔をしていたが、告白したふみちゃんの方は断られる前から泣きそうだった。

「いいよ、付き合おう。こちらこそよろしくね。」

そんなふみちゃんの顔が驚きの表情に変わる。私も同様だ。そしてそのあと、ふみちゃんは笑顔に、私は泣き顔に変わる。ふみちゃんがその笑顔を隠せないまま生田に聞く。

「でも…いいの?生田君好きな人がいるって聞いたけど…。」

生田も笑顔で答える。

「もう諦めたんだ。その人は俺に興味がないようでね。」

雲が狙ったように雨をぽつぽつと吐き出し始める。どんどん強くなる雨にも私は、身を隠す気も起きなかった。

「降り出してきたね…芥川さんほら入って。」

生田が開いた傘をふみちゃんの方に差し出す。ふみちゃんが一歩踏み出し、二人の顔が傘に隠れる。

「いやぁっ!!」

二人がキスをするように見えた。私の勘違いかも知れないと思った時には、私はもう二人の前に飛び出していた。二人が驚いている。そりゃそうだ。涙と雨でぐしょぬれの友人が告白の直後に奇声を上げ飛び出してきたのだから。

「大里さん…どうしてここに?」

特に生田は唖然としている。でも実は私が一番驚いている。どう収拾しようか考えていると、涙でと荒い呼吸でしゃべれる状況じゃないと思ったのだろうか、ふみちゃんが私のフォローに入る。

「!生田君!実はのいちゃんもあなたが好きで!私に答えを出す前にのいちゃんのことも…」

「違うの!!」

ふみちゃんの見当違いながら自分を犠牲にしたフォローを遮る。ああ、やっぱり私はふみちゃんが大好きだ。もうどうなってもいいこのまま行っちゃえ。

「私っ…、ふみちゃんを可愛いなって…!エロいなって思って話しかけたの…!」

ふみちゃんが何を言っているのか分からないといった表情をしている。でも崩壊した心の堤防から言葉があふれ出す。もう止めようがない。

「いつもボディタッチするのだってやましい気持ちあったしっ…!」

それはもう告白と言うより懺悔だった。でもそれでよかった。ふみちゃんの優しさに甘える真似はもうしたくなかった。

「生田君だって好きでもなんでもないのに、好きって言ってっ…!ふみちゃんの告白邪魔してっ…」

これを聞いた生田君が驚いた表情をする頃には、ふみちゃんはもうだいぶ冷静さを取り戻していた。私の言うことを真摯に聞いてくれている。

「でもそんな私だけど…でもそれくらい…」

私は涙をぬぐってふみちゃんの顔をしっかり見つめる。やっとふみちゃんと同じ土俵に立てた。自分勝手かもしれないけどそんな気がした。

「ふみちゃん…私は…ふみちゃんが大好きです…!」


 雨が降り続いている。しかしふみちゃんは生田君の差す傘に入っているので濡れていない。雨に濡れているのは私だけだ。ふみちゃんが私の放り出した気持ちをかき集めるように、少しずつ少しずつ、私に問いかける。

「大好きって…それって…likeじゃなくてloveのほうで?」

私が深くうなづく。今度はもう零れて困るものはない。ふみちゃんが私に本題を持ちかける。

「それって…同性愛ってこと?のいちゃんは私と付き合いたいの?えっちなことしたいの?」。

私が何度もうなづく。もう恥も外聞もない。ただ自分の正直な言葉を言い、ただふみちゃんの次の言葉を待った。

「でも私…そんなのわかんない…」

ソンナノワカンナイ…それを聞いた瞬間私は走りだしていた。どこへ向かっているわけでもない。ただ現実から逃げ出したかった。そうだ、家に帰ろう。そしてお風呂に入ってゆっくり眠ろう。そして明日になったらこれまでと同じ日が待っているはずだ。好きな人も親友も、どちらもそばにいる、そんなこれまでが。そして通学路を500メートルほど走って思い出した。荷物を置いてきてしまった。定期も荷物の中だ。定期が無いと返れない。私は振り返った。そして戻った。今来た道を。少しずつ頭が冷えてきた。そうだ。もうどうしようもないんだ。もうあの幸せな日々は戻ってこない。私は欲張ってしまったのだ。好きな人を諦めれば。少なくとも親友はそばにいただろう。どちらも失いたくなかった。ただそれを願ってしまったばかりに。両方をなくしてしまった。そう。もうなくしてしまったのだ。私がその結論にたどりつくのと校門に戻ってきたのは同時だった。そこには元親友が立っていた。

「ふみちゃん…」

ふみちゃんは私に抱き着くと急に泣き出した。ふみちゃん…私に抱き着くと濡れちゃうよ…そう言おうとして、気付いた。ふみちゃんもびしょびしょに濡れている。ふみちゃんは嗚咽を漏らしながら言う。

「良かったっ…荷物置いたままどこにもいないからっ…もう二度と戻ってきないのかと思った…っ。」

そうか…ふみちゃんはまだ私のことを親友と思ってくれているようだ。私を傘も差さずに色んなところを探してくれたらしい。ただそれだけが嬉しかった。私もまた涙が溢れ出してきた。

「私っ…生田君にした告白、取り消してきたよ…」

ふみちゃんのそんな言葉に私は心底驚いた。何で!どうしてそんなことしたの!!そんなことを言おうとした。私のせいだと分かっているのにできるわけがなかったが。それでも自分のせいでふみちゃんが傷つくのは見たくなかった。

「…やめて…」

それだけ言うのが精いっぱいだった。それでもふみちゃんは私の頭を強く抱きしめて言う。

「ううん、辞めないよ!私、のいちゃんが傷つくってわかってるのにそんなことしたくない。私のいちゃんが傷ついてるとこを見るのは世界で一番嫌だもん。」

ふみちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。でもそれ以上に嬉しいと思ってる自分がいた。どうやら私はは根っからふみちゃんに甘え症らしい。

「私同性愛とかまだよくわからないから。だから教えて?女の子同士好きになるってどういうことか…。」

そういうとふみちゃんは目をつぶる。私はその意味に気づくと、ふみちゃんの頬にそっと手を置き唇を重ねた。そう…私は…ふみちゃんが大好きなのだ…。


ありがとうございました。

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