Lesson 3 流し目美女に贈る行進曲 その2
授業終了のチャイムが鳴り、昼休みの時間となった。私が分かったことは、ローズマリーは、まったく勉強をしていなかったということ。変だと思っていた。部屋には学生らしい教科書の類いが一切ないし。彼女が学生だったなんて私が思いもよらなかったわけも、そういうところにある。
肝心の教科書は、学校の教室の後ろにあるロッカーにありました。しかも、たぶん1度も開かれたことが無いと思われる教科書が多数。おぃ。どんだけ勉強していなかったんだよ、って自分で自分に突っ込みを入れたくなる。
メイク・アップの技術があり、美しくなりたいという女性の欲求が世界中にある私は、中華鍋一個で世界を股にかける中華料理の達人と同じく、世界中どこでも食うには困らないだろうけど、貴族のお嬢様など、お勉強が出来なかった身分と金だけを持っているだけのただの女じゃないと私は、過去の自分にため息をつかざるを得ない。まぁ、私がアップした動画は、だれにも見られることは無かったけどな——。
今となっては分かる。ゴッホの書いた絵は、生前一枚も売れることは無かった。それと同じよきっと。いまごろ、前世では、私のアップした動画が話題となり、きっと化粧品会社の人が私のアパートを訪ね、殺到してくるでしょう。
そして、見つける私の腐乱死体……。って、洒落になってないじゃん! どうするのよ……。って、まぁ、私は、今はこの世界で生きているから、気にしてもしょうが無いわよね。大家さん、ごめん。必ず払うって言った家賃。かんにんなっ。テヘペロ。
「ローズマリー様。お食事に参りませんか?」と貴族女子達が私を食事に誘う。
『なんかこの貴族女子達と行動していると、身分を笠に着て威張り散らす悪役令嬢キャラになるのよね……。このクラスのボス猿的なのがどうやら私のようだし……』
「ごめんなさい。まだ体調が優れないの……。今日は遠慮しておくわね」と私は言う。
お腹も減っていないしね。だって、あんなに美味しい朝食が出たのですもの。毎日ホテルのブッフェ状態。朝から肉肉していたら、まだ消化できていないのよね。ずっとベッドで養生していたから、胃が縮んでしまったのかも知れないわ……。
この学校は昼食を売っている購買部が充実しているが、食堂は無い。食堂が無い理由というのは、いろいろな身分の学生が通っているから、料理のバリエーションを揃えるのが大変だから随分と前に廃止されたらしい。ジャガイモの欠片が入っているのを見つけられたらラッキーという原価を極限まで抑えた超格安の塩味スープから、高級フランス料理的なスープまで、学食で揃えるのはキツイかったのであろう。値段設定で見たら、一皿銅貨1枚から一皿銀貨3枚のスープまで。銀貨1枚が普通の労働者の給与1日分と考えると、その格差は半端ない。
まぁ、そんな細かいことを言わなくても、私や貴族女子達のように真っ白のドレスを着ている学生から、お尻に当て布をしてありかなり年季の入った服を着ている学生まで様々。
『学生服とか作ればいいのに~』
学生達が各々の場所で昼食を取るべく教室を出て行く。
『へぇ~、教室で食べる人っていないんだぁ。まあ春ですものねぇ、お庭で食べたりしたら気持ちがいいでしょう』
どうやら、教室に残ったのは私と先ほどの副委員長。私は教室の後ろに座っているから分かるのだが、副委員長は背中いっぱいで私を警戒しているのが分かる。
「弁当広げちゃったし、今からまた弁当をまたしまって、外に出ていくのも……」的な感じで、教室から出るに出れないって感じ? 分かるわ。その気持ち。
『消費税が上がって値上がりした牛丼屋の券売機の前で、やばぃ、10円足りない~。財布の中の1円玉かき集めればなんとか足りるけど、この券売機、1円玉対応してないよ~。ミニ牛丼を食べに来たのに……。しかも、店員さんが既に私の為にカウンターに水まで置いてくれてるし、店から出るに出れないぃ~。こうなったら、サラダを!! いや、高ぃ!! こうなったら味噌汁だけ……。いや、それだと、紅ショウガを食べにくい。こうなったら、半熟卵だけ頼んで紅ショウガをたっぷり食って帰るしかないぃ!! って経験をした私と同じ感じかなぁ~』
そんなわけで、教室には残ったのは私と副委員長だけ。それにしても、斜め後ろから見ても分かるまつ毛の長さ。もう私の中で、流し目美女認定。はぁはぁ。やばい……めっちゃ、コスメしたぃ。
ガタッという私の立ち上がる音に、ビクリと背中が反応した副委員長。流石は流し目美女。その流し目に秘めた視線に男の庇護欲を掻き立てるのね……。やばい……めっちゃ、コスメしたぃ。
教室に残ったのも何かの縁だし、どうやら私が委員長らしいし、正副の委員長の懇親会ね。
副委員長の前の空いていた席に私は座る。ねぇ、もっとその長い素敵なまつ毛を観察させて。
「ごきげんよう。私は、ローズマリー・フォン・ボルゴグラードよ」
「ご、ごきげんよう。ローズマリー・フォン・ボルゴグラード様」と、スプーンに乗っけていた卵焼きを弁当箱に戻して、副委員長は言った。
『長ったらしい名前をわざわざフルネームで…… 呼び難いでしょうに……』
「私のことはローズって呼んで。家族はみんなそう呼んでいるわ」
「え? 」と頬が引き攣っている副委員長。驚いた顔でも、素敵な垂れ下がった長い睫は健在。瞳を絶妙なバランスで覆い隠すミステリアス流し目美女ね!!
「ローズマリー・フォン・ボルゴグラードなんて長ったらしいでしょ?」
「は、はい。ローズ様」
「『様』も要らないわ。ローズと呼び捨てで結構よ」
「あ、あの。それは罰なのでしょうか? ローズマリー様がお休みの間に私が出しゃばったりしたことへの」
「ローズよ」
「はい… ローズさ…… ローズ!」と副委員長は言う。
『呼び捨てで呼ぶくらいなのに、なんでそんなに気を張りながら言ってるの? 』
「それでいいわ。罰とかでは無いわ。ただ、委員長と副委員長は仲よくしなきゃと思ったの」と私は言う。
『本当はコスメしたいだけだけど』
百合の花が地面を向いて慎ましく咲くように、少しだけ地面に俯く副委員長。顔を下に向けたことによって私は長まつ毛の全貌を捉えることに成功する。あぁ、やばい。その長まつ毛、ビューラーで挙げたい。やばぃ。インスピレーションが降ってきたわ。あなた、まつ毛が垂れ下がった状態では、流し目ミステリアス美女だけど、そのまつ毛をアップさせてぱっちりお目目にしたら、また違った魅力よ! 長いまつ毛がある分、目力美女に成れるんじゃないかしら? やばぃ。めっちゃ……コスメしたぃ。
もしこの手にビューラーがあったなら、
私の翼に羽があったなら、
貴女のまつ毛を上げたい!!!
私は大空へと羽ばたける!!!!!!!
も、もう、我慢できないわ。
「ちょっと、そのスプーン借るわね」と、副委員長が持っていたスプーンを私は強引に奪い、購買部へと走り始める。
私はスプーンを右手に持ち、購買部に詰め寄る!!
「白湯ください! 熱めの!!」
私は、コップに入った白湯にスプーンを突っ込み、そしてまた教室に戻ってきた。副委員長は石像のように固まっていた。食事も進んでいないようだ。
「あら、お食事をしてくださっていても結構でしたのに」
「あ、いえ…… 私のスプーン……」とコップに入れてあるスプーンを見つめている。
『そんなに慌てないで♪』
「スーパー・コスメティック・パワー・メイク・アップよ! 暫くの間、目を閉じていて」
「え?」と逆に大きく目を開く副委員長。
「目を閉じていて。今からコスメするからね~」私は既に仕事モード。
熱めの白湯で温めたスプーンの水を切り、上まつ毛から順にカール♪ カール♪ Cカール♪
「ローズ、ローズ!! なんだか熱いわ!!」
「目を開けちゃ駄目よ」と私は念を押す。
「なんだか、怖いぃ」
「大丈夫よ。私に身を任せて~♪ 次は、下をするわよ♪」
「な、なんだか熱くて、くすぐったいわぁ」
『毛先を指でスプーンに押し当ててカールしているからね♪』
「はい。出来上がり。もう目を開けていいわよ」と私は副委員長に言う。
恐る恐る左目から始める委員長。
『うん♪ 流し目美少女が、ぱっちりお目目の目力美女に大変身♪ アイラインも本当は引きたいけどなぁ~』
「私に何をしたんですか?」
「何をしたか? それは、鏡で自分の目で見て確かめて♪」
私がそう言うと、立ち上がり急いで教室から出て行く副委員長。
『フッ。自分の姿がどれだけスーパー・コスメティック・パワー・メイク・アップしたのか、驚くが良いわ!!』




