Lesson 0 プロローグ
好きな事して生きていく! 好きな事して、お金も貰える。なんて凄い! 憧れる!
……なんて思っていた時期もありました。メイクの専門学校を卒業をするが、就職活動で失敗……。こうなったらと、動画アップサイトに化粧の仕方をアップして自分で稼ごうと思って頑張って見たものの……。アクセス数は伸びず……。というか、化粧の仕方を動画でアップするなんて、すでに二番煎じどころか、百番煎じにもほどガールな私。
上手くいけば今頃は、世界中の化粧品メーカーが私のアパートに押しかけて来て……
「道家さん、次の動画の際には、是非我が社の基礎化粧品を使ってください! チラッと、ほんとチラッと我が社のロゴを写してくださるだけで結構ですから」
「試供品を大量に下さるなら考えても良いわよ。はい、次!」
「本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます! 道家様! この化粧筆をお使いください!! 日本の職人が技術の粋を尽くして作った完全メイド・イン・ジャパンの化粧筆でございます。道家先生が動画で使ってくだされば、世界中から注文が来て、売れ行きもうなぎ登りです!」
「私は、京都の竹しか使わないのよね。ポリシーってやつ? こだわりってやつ? はい、次!!」
「Mille Douke!! Lesfemmes du monde entier ont mis l'accent sur votre vidéo!!」
「ふっ。ついに、本場フランスも私の技術に屈服したようね。私の化粧技術をついに、パリも認めた……」
アハハハハハハッ。笑いが止まらないわ……。アハハハハハハハハハハハハハハハ!!
って、本当に笑いが止まらないわ。笑いすぎてもう腹筋が痛いわ。
もしかして、キッチンの隅に生えていたキノコ。あれがやばかったのかしら?
動画での収入も無く、家賃も滞納。水道は止められ、なんとか、動画アップのために、電気とインターネット環境だけを守り通しているという状況。お腹が空きすぎていて、キッチン下に自生していたキノコを食べたのは1時間前だ。
シメジに似ていてから大丈夫だと思ったのに……。ちょっとこれ、やばくない? 救急車呼ばないと……。 あっ、でも携帯も止められて、携帯もどっかコスメの山の中に埋もれちゃってるわ。だぶん充電もないだろうし……。アハハハハハハハハハハハハハハハ…… 完全にピンチじゃないの!! 完全に詰んでるって感じ。おっかしぃ……。アハハハハハハハハハハ………………。
あっ、もう限界。
私は、マツ○ヨで買い集めたまだ使っていないコスメの山に倒れた。そう……。高級な化粧品を使わなくても、綺麗になれる。手頃な価格で、至上の美を。それが私の動画サイトの売りだった…………はず……。い、意識が……。私の美の征服運動は、志し半ばで潰えるの……?
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ハッと目覚めた。知らない天井だわ。私は体を起こす。体がとても重い。どうやら高熱でも出ていたらしく、汗で体中の肌着が濡れている。起き上がった際に、額に置かれていた濡れた布がベッドに落ちた。
「ローズマリー様! お気づきになったのですね。旦那様! 奥様!! ローズマリー様がお目覚めになりました!!」とメイド服を着た女の人が、部屋のドアを開けっ放しにして何処かへ走り去っていく。
『ここは何処だろう?』
部屋を見回しても、私の記憶には無い世界。豪華な調度品。まるでヨーロッパみたい…… 行ったことないけど……。
部屋の外は廊下だろうか……。何人もの人が走ってくる足音がする。
「良かったわ。私の可愛いローゼ!!」と、年齢は20歳前半だろうか…… 流れるような金髪の女性が、私の顔を見るなり涙を流し、そして私を強く抱きしめる。
『え? どなた?』
「本当に良かった……」と、ベッド脇に立ち、目に溜まった涙を一差し指でさっと払う男性。綺麗に生えそろった口髭がなんともお洒落。
「お、お姉様」と、10歳くらいの少年も部屋に入ってくるなり私に抱きついてくる。金髪に青目。将来絶対に美少年になることが簡単に予想できるが……。やばい、めっちゃコスメしたぃ……。
「意識が戻ったとはいえ、もう少しお嬢様には安静が必要です。また、胃に優しい食べ物を差し上げてください。胃の中の物をすべて吐きだした状態ですので」と後ろに立っていた白衣のナイスミドルなおじさんが言う。
『白衣着てる。ってことは貴方はお医者様ね!! それは分かったわ! でも、それ以外の人達は? 誰?』
「母さん、レオ。嬉しい気持ちは分かるけど、ローゼには安静が必要だとお医者様もおっしゃっている」と脇に立っている口髭の男性が言う。
『母さん? 年齢的に見て、この男性の奥様というかな。レオってたぶん、この私に抱きついている美少年のことだ。たぶん、この二人の息子さんかな? 目元が母親とそっくりだし。きりっとした睫毛は、父親譲りね…… って、さっき、このレオ少年は、私のこと、『お姉様』って呼んだわよね!!』
「そうね…… 早く元気になってね」と私の額にキスをして起き上がるソフィアさん。
「お姉様、またお見舞いに来るからね。バイバイ」と私に手を振りながら部屋から出て行くレオ少年。可愛ぃ。やばい、めっちゃコスメしたぃ……。
「温和しくしているんだぞ」と、男性は私の頭を優しく寝でてから部屋を出て行った。
「滋養の良いものを作って持って来ますね」とメイド服の女性は扉の前で一礼して丁寧に扉を閉めて出て行った。
『何、この状況?』
私は一人になった部屋のベッドで状況を整理する……。私は自分の両手を見つめる。小さな手……。化粧筆を握りすぎて指にタコができてしまった私の手ではない。年齢的に10歳くらいの手かしら?
部屋の中に鏡があるのに気付き、私はベットから出てその前に立つ。
『だれ? このお人形さん……。やばい、めっちゃコスメしたぃ……』
そして、私は理解した。私はどうやら私は、ネット小説で流行の「異世界転生」をしたのだと。化粧の動画をアップしても、他にも大量に動画がアップされ、誰も見てくれない私の状況。それを『小説家になろう』というサイトで、作品を投稿しても埋もれていき、アクセスの無い小説となる……。そんな底辺作家さんと私自身を重ねていた。
アクセスが無いのって悲しいわよね……。私にもその気持ちは分かるわ…… と。あなたの小説も…… 私の動画も…… だれも見てくれないのね。その気持ち…… 痛いほど分かるわ……と。
そして私の涙を誘ったのが、ネット小説の人気要素を「異世界転生」を取り入れて小説を書くという努力空しく、ビックデーターの肥やしになっていった作品と作者さん……。私も同じだった。人気アニメのキャラクターのそっくりさんに成れるという化粧動画。そのコスプレ衣装まで揃えて、気合いを入れてbefore・afterをやったのにアクセスは両手で数えるほど。ハロウィンの前には、お化けにメイクをアップして需要に応えようとしたのに、アクセス数は一日1件程度……もしかしたらそのアクセスも自分のがカウントされただけかも知れないという現実……。
あまりの哀しみに、涙で化粧が全て落ちたほどだ。化粧落とし要らずの悲しさ。
でも、そうなのね。分かったわ。私は、屍を越えてこの異世界で生きていくわ! 前の世界に未練はない! どうせ前の世界では詰んでたし。
私は、この世界で、メイク・アップ・アーティストとしてやり直すのだ!アハハハハハハッハ!