僕の家にはニートがいる
僕の家にはニートがいる。働きもせず、家の手伝いもせず、ただ生きている姉が大嫌いだ。
朝から腹がたつ。
日曜日、いつもより遅く起きて、リビングに行くとそこには姉がいた。眠そうな面をして座っている。
姉の前の椅子に腰を下ろす。姉には平日も休日も関係ないくせに家族の休日の朝に加わっていることが気にくわない。
キッチンからトーストが出来たことを知らせる音がした。キッチンへ向かう。
自分のことは自分でする、家訓だった言葉だ。何時しかなくなったが、染み付いた習慣は無くならない。
椅子に座ると、姉がこちらを見ている。なぜ私の分はないのかという表情だろう。
気付かぬふりをし、無視して食べ始める。
自分の物は自分で用意する。当たり前のことだ。
甘やかして育てるからこうなるのだ。親の顔が見てみたい。
時間がたつのは思っているよりもずっと早い。気が付けば、太陽がてっぺんより少し下にいる。
部屋が少し暑い。閉め切っていたドアを開けた。
姉の部屋が目に入る。姉の部屋は僕の部屋と向き合うようにある。
そこに姉はいないようだった。
棚の上の猫のぬいぐるみと目があった。小学生の時、スーパーの中にあるゲームコーナーで取ったぬいぐるみだ。姉がお小遣いを使って取ってくれたのだ。
目を直視できない。姉と話さなくなったのは、いつからだったろうか。姉が悪いんだと言い聞かせた。僕は悪くない。
気温が下がり始めた頃、学校で使うノートを切らしていたこと思い出した。
家の近くには大型の書店がある。そこでいつも文房具を買っている。
物置から自転車を引っ張り出した。久しぶりにみたそいつは、買ったばかりの頃の新鮮味はなくなったが、愛着がわいている。
記録的な暑さで、春が短くあっという間に夏が来た。自転車の風が丁度いい。いつもの道を心地よい風を感じなから走る。
僕はこの町が嫌いだ。思い出で溢れたこの町は、僕の心を狭くする。どこにいても姉のことを考えてしまう。僕は悪くない、そう思いたい。
家に帰ると姉がリビングにいた。アイスをかじり、テレビを見ては笑っていた。
父と母はどこかに出かけたようだった。
僕がここにいることを知られたくなかった。どんな顔をして、姉を見ればいいのかわからない。姉は悪くない。僕だって悪くない。
夕食の時間、階段を下りてる途中でカレーだと気付いた。
母は姉の好きなものばかり作る。それをなぜだと問えば、母は「あなたの好きなものも作っている」と言うに決まっている。
分かりきったことを問うのは、馬鹿げている。あなたは生きていますかと問うことは無意味だ。
食卓につくと姉が父に新しいパソコンを買ってくれと頼んでいた。
働いてもいないくせに、恥ずかしげもなくよくそんなことを言えるな、と言いたい。
父は姉に甘い。家族の雰囲気を壊したくない。
人間の心は移ろう、家族の雰囲気は一生だ。僕の一瞬の感情で、これまで積み上げて来たものは、壊したくない。姉と話さなくなったのはそんな理由からだった気がする。
人間の心は移ろう。その時の感情は、忘れてしまった。でも、習慣は無くならない。もう誰も悪くない。
小さい頃、少し年の離れた姉はいつもかまってくれた。後をついて回る僕と嫌な顔をせず遊んでくれた。僕の出来ないことをやすやすとやってのけた。僕は姉に憧れの感情を抱いていた。
姉は僕には無い何かとてつもないものを持っていると信じていた。
小学生になり、それが年齢のせいであったと知った。
中学生になり、姉よりも自分が学業において優秀であると知った。
でも、まだ姉を尊敬していた。習慣にも似たその感情は消えなかった。
高校生になり、姉がニートであると知った。努力をやめたのだと知った。どうして働かないのかと問うと姉は決まってばつの悪い顔をした。
僕は姉が大嫌いになった。僕の憧れであった姉を誰にも汚して欲しくなかった。それが姉であったとしても、許せなかった。
姉と話すといってしまいそうで怖かった。前のお姉ちゃんに戻ってよ、と。
電気を消した。時計はちょうど頂点で重なり大きな音を立て時を刻んだ。
毎日の営みの中で僕たちは少しずつ成長する。ある一定の量を越えると、それが目に見えて実感できる。それは明日かもしれないし、1年後かもしれない。
もう変わってもいいと思った。変わらなければいけないと思った。許してもいいと思えた。変わるのは姉ではなく自分なのだと、やっと気付いた。
明日が時を刻み始めた。