005 飾りの関係
「おっ、ケイゴくん! ちょうどいい所に!」
「ん……どうしました? マスター」
酒場の仕事休みの日、ケイゴが昼過ぎに起きると既にスバルは起きて出かけていた。
寝ぼけながら、酒場のテラス席でチーズをのせただけのパンを噛じる。そこを開店準備中の酒場店主に話しかけられたのだった。
「必要な食材や調味料が切れちゃってさ。休みの日に申し訳ないんだけど、食材の買い出し頼んでもいいかな?」
「いいですよ」
ケイゴはパンを口に放り込み、必要な食材のメモを貰って出て行く。
暖かくのどかな日差しを浴びながら町の道を歩いて行き、目当ての市場に着いた。昼過ぎの市場は人が多く、人混みが苦手なケイゴは躊躇する。
「気が滅入るなこれは……」
さっさと用事を済ませて部屋でもう一眠りでもしよう。自分にそう言い聞かせ市場で食材の調達をしていくケイゴ。ふとスバルに何か土産でも買っていこうかと思い立ち、テントを張った装飾品店を覗く。そこには様々な装飾品が並んでいた。いつでも身につけられるような物がいいと思い、首飾りを重点的に見て回る。一つ、仄かに発光する翡翠色の結晶石が付いたペンダントが目についた。
「すみません、これ、なんですか?」
「はいはい、ああ、それですか。何でも魔晶石に付加魔法が付いてるペンダントみたいなんですがね、私は魔法に疎いんで、何の魔法がかかっているのかわからんのですよ。なんなら割安にしますよ」
「そうですか」
ペンダントを手にとってみると、じんわりと暖かかった。メニュー画面を開いて見ても、〈未鑑定〉と出るのみで正体はわからない。デザインも無骨なものだった。
ケイゴは考える。スバルはそのままでも十分可愛らしい見た目をしているので、華美に飾るのではなく、アクセントになるような装飾品のほうが似合うだろうと。
「これ、買います」
「へい、毎度ありっ」
ケイゴは食材の調達に戻り、目当ての物を陽が傾く頃に買い終えた。ペンダントを渡したら、スバルはどんな表情をしてくれるだろうか。彼女の満面の笑顔を想像して、ケイゴは思わず微笑する。逸る気持ちを抑え、来た道を戻っていると、スバルが店の前にいるのを見つけた。ケイゴは人混みを掻き分け話しかけに行く。
「おい、スバル」
スバルは振り向いた。
「げ、ケイゴ?」
ケイゴを見つけると目を見開き、片頬をひきつらせるスバル。彼女の服装をよく見ると、女らしい格好をしていた。白ブラウスに赤紅色のジャンパースカート、髪飾りに指輪まで。軽く化粧までしている。頬を上気させ、きまりが悪そうにスバルはそっぽを向いた。
「……お前、その格好どうしたんだ?」
「べ、別になんもないよ。どっかいってよ」
「おんやぁ? これはこれは、ケイゴ殿ですかな?」
ウオノメが店のテントから出てきた。遅れてその仲間達が出てくる。ケイゴは思わず怪訝そうな表情をする。
「……どうも」
「いやはや、奇遇ですなぁ」
「なんでこいつとここに?」
ケイゴはスバルを指さして言った。
「拙者達は彼女と一緒に買い物に来ていたのでござるよ。どっかの甲斐性なしと一緒にいては、彼女はオシャレも楽しめないみたいでござったよ?」
「なっそんなこと言って――」
「スバル姫! これ、拙者の選んだネックレスですぞ! 付けてみてくだされ!」
「……え? 今、ですか?」
「付けたところが早くみたいでござるよ!」
「わ、わかりました……」
スバルはネックレスを首に回して身につける。過剰に可憐な装飾で、ウオノメのスバルへの一方的な印象が伝わってくる代物だった。
「おおー! これもやっぱり似合っているでござるよ!」「姫は何つけても可愛いなぁ!」「今度は靴買いに行こうよ!」「おいまて姫の絶対領域用にニーソックスは外せないだろ?」
勝手に盛り上がるウオノメ一行。スバルは彼らに合わせるように笑い、礼を言う。
「みんな、ありがと」
ケイゴは唇を噛み、ペンダントを入れた包装を握り潰す。
「おいスバル。お前なんでこいつらと一緒に買い物に来たんだ?」
「え? それは、ウオノメさん達と仲良くなったから、遊びに来たんだよ」
「ハッ。お前、何か勘違いしてねえか?」
「か、勘違いって何」
「こいつらと友達にでもなったつもりか? 笑わせんな」
「なっ、なんだよその言い方! 僕が誰と友達になろうと、ケイゴには関係ないじゃん!」
「馬鹿野郎ッ! 女の身体になって浮かれてんじゃねえか!? 金や物を貢ぐ友達がいるかよ!!」
思わず怒鳴るケイゴ。スバルは頬が真っ赤になり、泣くのをこらえるように顔を歪ませる。
「じゃあ……僕はどうすればいいんだよ……」
「はぁ? こいつらに貰った物を全て返せばいいだろ」
「バカ……ケイゴのバカァ! アホォ! 死んじゃえ!」
スバルは捨て台詞を吐いてその場から逃げ出した。ケイゴは後を追う気にもならず佇んでいる。
「おやおや、ケイゴ殿はスバル姫に嫌われてしまったようですな? 顔が少し良いからって、女性を満足させることは出来ないんですなぁ」
「ふん……挑発してんのか三下? あいつがどうしようと、俺には関係ないらしいからな。好きにすればいいさ」
ケイゴは酒場の自室へと帰っていった。
その日、スバルは二人の部屋に、深夜を過ぎても帰ってこなかった。