004 酒場のお仕事
「スバルちゃーん! 注文いいかい?」
「はいっ! 少々お待ちくださ――わわっ!」
賑やかな酒場の中で、スバルは酔っぱらいにぶつかり、料理を載せたトレイをひっくり返してしまった。
「おっと~、すまんな嬢ちゃ~ん」
酔っぱらいは千鳥足でトイレに向かう。ケイゴが事態に気付き、慌てて駆けつける。
「スバル、大丈夫か? 片付けは俺がやっておくから、注文取り頼む」
「う、うん!」
スバルは注文を待つ客の元へ向かう。
泣きながら町へ帰ったあの日。スバルは落ち着くまで休み、ケイゴは仕事をくれる店がないか町中を歩いて探した。無愛想な地球人のケイゴを雇おうという夢幻民は中々おらず、仕事探しは難航した。最後に宿を借りた酒場を尋ねると、ケイゴの人となりを知る店主がスバルとケイゴを纏めて雇ってくれた。営業時間は18~2時で、休憩なしで一日8時間を週5日、日給75Gで馬車馬のように二人は働いた。真面目な勤務態度に気を良くした店主の厚意で、以前泊まった二階の一室をしばらく二人に貸し与えてくれることになった。
スバルは男性客に大人気で、今日もウェイトレスとして店内を駆けまわっていた。
「エールを中ジョッキで三杯、砂肝のにんにく炒め一つ、あとスバルちゃん一つをお持ち帰りで頼む! だはははは!」
中年客はそう言ってスバルのスカートの上からお尻を触る。一緒に飲んでいる者達もセクハラに大爆笑していた。
「ひゃあ!? ちょっと、やめてくださいっ」
「『ひゃあ』だって! 反応か~わ~うぃ~い~! わしらの仲じゃ~ん。別に良いじゃんねー?」
「良くないですね。ここはそういうお店じゃないんで」
片付けを素早く終えたウェイター姿のケイゴがいつの間にか客の背後に回りこんで見下ろしていた。眼光鋭く睨まれて、中年客達は怖気付く。
「そ、そうだねぇ。おじさんちょっとはしゃぎ過ぎちゃったよ。ご、ごめんね?」
「理解が早くて助かります」
「ちょっと、ケイゴ! お客さんを脅してどうすんの!?」
スバルはケイゴの耳を引っ張ってそう耳打ちし、客に頭を下げて謝る。
「お客様、大変失礼致しました、ごめんなさい!」
頭を下げないケイゴの脚をスバルはつねって謝罪を促す。遅れてケイゴも頭を下げた。
「あの、触るのは怖いのでダメですけど、お話程度ならお付き合いするので、ゆっくりしていってくださいね」
スバルは完璧な営業スマイルでニコッとした。後光がさしても遜色ない程に可愛らしい笑顔だった。
「いや~いいんだよ~。おじさん達、スバルちゃんと話すの楽しみでここ来てるからさ~。こちらこそ触ってごめんね~えへへへへ」
鼻の下をデレデレと伸ばす中年客達。ケイゴは顔をそむけて不貞腐れた顔をしていた。
「スバル姫~! こちらも注文頼むでござるよ~」
「はーい! 少々お待ちくださーい」
スバルが声の方へ向かうと、十二回目の告白をしてきた召喚師の男性と、似たような雰囲気の男性が3人いた。
「スバル姫がここで働いているというのは本当だったんですな!」
「お久しぶりです! ええと、オノウメさん、でしたっけ?」
「姫! 拙者の名前はウオノメでござるよ! しかし姫はウェイトレス姿も……デュフフ、最高に可愛いですなぁ~!」
「ど、どうも」
ウオノメの言うとおり、スバルはこのウェイトレス衣装が良く似合っていた。フリルの付いた白いブラウスにピンクのミニスカート、その上にハイウエストなピンクのエプロンを掛けており、肩紐とウエスト部分が胸の周りを締めつける事で胸の膨らみを強調している。男性客の視線を釘付けにするフェミニンな格好だった。
「拙者達、今日も頑張って空創獣を狩ってきたんでござる! これを見てくだされ! ドロップした〈生命の髪飾り〉ですぞ! 説明しよう!! これにはLP上限が上昇する付加魔法が付いており、LPが低い魔騎士のスバル姫にはかなり有用なのだぁ! はいどうぞ!!」
「これ、僕にくれるって事ですか?」
「もちろん! これをつけて、いつも元気でいてくだされ!」
ウオノメが髪飾りを差し出す。スバルは髪飾りを手にとって観察する。花を模した細金細工に大小の宝石が散りばめられていて、幼気なデザインだった。
「へー……可愛い。えと、ありがとうございます。使わせてもらいますね」
「ひゅー! ウオノメさんかっこいー!」「くー! 俺もなんかドロップしたらスバル姫にプレゼントするもんね!」「姫ー! 俺は今度ニーソックス持ってきますね!」
盛り上がるウオノメ一行。その後もスバルは男性客にひっぱりだこで、雇った店主も大満足の繁盛ぶりだった。閉店時間を1時間も過ぎてようやく全ての客が帰った。
「スバルちゃん、ケイゴくん、今日もお疲れ様。もう上がっていいよ」
「はい! マスター、お先に失礼します!」
「失礼します」
二人は二階の自室に戻る。スバルは部屋に入るなりエプロンを脱ぎ捨て、ベッドに身体を沈めた。
「あ~疲れた。もうお風呂入らずに寝たいー」
「せめて着替えてから寝ろよ。制服結構汚れてるだろ」
「わかったよぉ」
スバルは身体を起こし、メニュー画面を広げて装備欄を展開、衣装を外した。一瞬で下着姿になる。ピンクを基調にしたパンツとブラジャーが美しい肢体を艶美に飾り立てていた。ケイゴはそれを見てしまい慌てて顔を背ける。
「あれ、間違えた。装備を外すんじゃなくて、パジャマに装備を変更するんだった」
「お前、それを戦闘中にするんじゃないぞ……」
ケイゴは言ってから気づく。戦闘。空創獣と戦い、命を奪う。これから先、そんなことが出来るのだろうか。ケイゴは傷心したスバルを憂う。スバルはコボルトを斬り殺して以来、食事があまり喉を通らなくなってしまっていた。生活リズムも勤務時間のお陰でズレており、先程見た身体も、前より一層細くなっていたような気がする。スバルが呑気に食事をする所をまた見たいと、ケイゴは思った。
「風呂入ってくる」
ケイゴは下着姿のスバルを視界に入れないように出て行った。
スバルはケイゴが出て行ったことを確認すると、アイテム欄の〈生命の髪飾り〉を出してみる。寝転がり、髪飾りをかざす。部屋の天井にある魔法灯の光が宝石に乱反射してキラキラと輝いていた。
「……えへへ、これ、やっぱり可愛いなぁ」
ベッドの上を転がり、姿見の前に行く。髪飾りの櫛部分を髪に平行にさして、実際に付けてみた。
「おお~、似合うじゃん」
スバルは髪を手櫛で整え、顔の角度を何度も変えて見た目を確認する。魔騎士衣装を装備し、表情やポーズをとってみる。
「へへ、僕って結構可愛いかも」
ガチャリ。いきなりケイゴが部屋に帰ってきた。鏡の前でポーズをとるスバルを目撃してしまうケイゴ。二人共固まる。
「……すまん。干してたタオルをアイテム欄に入れ忘れてな……あー、その、なんだ。可愛いと思うぞ」
「うっさいノックしろバカ! もういい僕が先にシャワー浴びる!」
スバルは涙目になりながらケイゴを押しのけて部屋を出ていき、洗面所に向かった。身につけている装備を全て外して浴室に入り、暖かいシャワーを浴びながらぼんやり考える。3Dameに閉じ込められてからは周囲に女性として扱われ続け、それに答えている内に自分がすっかり女らしくなってしまっていることに今更気づいた。
「はぁ……僕、何やってるんだろう」
スバルは鏡に写る自分の身体を見つめる。濡れた黒髪が顔や首に纏わりつき、張りのある柔肌には細かな水滴がついている。乳房を軽く持ち上げると心地いい感触と重さを掌に感じた。
このまま女の身体で居続ければ、もっと心が女らしくなってしまうかもしれない。けれど身近には自分が元男だとよく知っている男友達がいる。スバルの元男としての尊厳が、心も女になることを必死に拒んでいた。
災難の元となった女神の所まで辿り着けば、一つだけ願い事を叶えてくれると言っていた。地球に帰ることを願えば、また男として暮らせるはずだ。しかし旅は死の危険と隣合わせであり、レベルを上げる為に空創獣を殺す事にもなるだろう。自分のエゴで命を奪うのは嫌だった。
泡のように思考が膨らみ弾け、考えが纏まらないまま、今日も夜が更けていく。