003 値にならない経験
「で、これからどうしようか?」
町にあるレストランのバルコニーで、スバルとケイゴは朝食を摂っていた。食器には焼いたソーセージとマッシュポテトが豪快に盛り付けてある。ソーセージには香草が入っており、噛むと香ばしい匂いと甘い肉汁が口いっぱいに広がる。
「んん! ほへほいひぃ!」
「飲み込んでから喋れ。まずは自分たちの現状でもさらうか」
ケイゴはパンを噛じりつつメニュー画面を開く。しかし未だに勝手がわからないのか、眉間に皺をよせ、選択画面を選ぶ指が所在なさげにふらふらしていた。
「ふふ、ケイゴって本当こういうの苦手だね。お爺ちゃんみたい」
「煩いな。今まではゲームやパソコンがなくてもやっていけてたんだよ」
スバルは席を立ち、ケイゴの横に来てメニュー画面を押してやる。
「ケイゴが見たいのって、これとこれとこれかな?」
三つの画面が空中に展開される。ステータス画面で表示されているケイゴのレベルは1に戻っている。これは二週間の経験値稼ぎの努力が不意になったことを示していた。スキル画面も当然習得スキルがなくなっている。更にアイテム欄を確認する。3Dameでの通貨・Gが460、回復注射器10個だけしか残っていなかった。
「やっぱりゲーム開始直後の状態に戻ってるな」
「だね。僕の所持金は500Gだけど、何に使ったの?」
「宿代30G、綿花代10Gってとこだな」
「貨幣価値は大体アメリカドルくらいなのかな。金策が見つかるまで慎重に使っていく必要があるね」
「そうだな」
「下においてる麻袋、アイテム欄に入れておいたら?」
「わかった。ええと、こうか」
ケイゴは椅子の横に置いていた麻袋を持ち上げて、アイテム欄に押し付ける。フッと麻袋が消えた。画面を見ると麻袋1個、綿花34個と表示されている。
「そうそう! 直感的で簡単でしょ? 色々便利だから、メニュー画面はそのまま使えてよかったよ」
スバルは席に戻り、ほくほくとしたマッシュポテトを頬張る。ジャガイモの甘さを微量の塩が引き立たせており、薄味だが食が進む味付けだった。
「んん。これも中々! ご飯は美味しいみたいでよかったー!」
「はは、良かったな」
美味しそうに食べるスバルを、ケイゴは朗らかな顔で見つめる。
「楽しく食事している所に水を差したくはないんだが、金の話を続けていいか」
「ん! ほうはへ!」
「二人合わせて960Gが今の所持金だ。綿花を買うついでに宿を見てきたが、大体相場は一人30~50G。相部屋の場合10Gなんてのもあったが、治安がこれからどうなるかわからない以上、女の身体であるお前は控えたほうがいいだろうな」
「っんく。そっか。でも節約するならさ、交渉して一人部屋の宿を借りれば良くない?」
「なんだよ。俺に床で寝ろっていうのか?」
ケイゴはグラスに入った冷水を呷る。
「僕とケイゴの体格差なら、一緒のベッドで寝れるでしょ」
飲んでいた水を吹き出すケイゴ。
「大丈夫!?」
スバルは立ち上がろうとするが、ケイゴは手でそれを静止する。俯いて口元を手で押さえ、ゴホゴホと咳き込む。
「昔はよく一緒に寝てたけど、女の身体になった今の僕とは流石に無理かぁ」
「ごほっ……部屋が一緒ならまだしも、一緒のベッドはやめておこう」
「んー、そうなると金欠になるまで早いなぁ。一食5Gとして一日二人で30G。宿も一日二人で100G。合計130Gは一日で消費する計算になっちゃうよ。生活必需品も揃えたら、一週間で所持金は消えちゃうね」
「となると、早いとこ金を稼がないといけないな。空創獣を狩って素材を集めて売るか、この町でバイトでもするか、だな」
「えー、バイトォ? 元の世界でもやったことないのに、見知らぬ世界でいきなり働くなんて、怖くて嫌だよ」
「それじゃ、空創獣を狩るか。この町の近くで狩ってただろ。コボルトだったか? あれなら大人しいし、怪我することもないんじゃないか」
「そうだね。行ってみよっか」
二人は残った料理を口にかきこみ、朝食の料金を払うと町の郊外へ向かった。
木々が点々と生えた草原に二人はついた。最弱と言われる空創獣〈コボルト〉が餌の小動物を追っているのか、二足歩行でトテトテ駆けまわっている。日本に生息する柴犬のような顔を持つ獣人だった。
スバルはメニュー画面を開き、ケイゴとパーティを組む。これで空創獣を倒せば経験値がパーティ全員に分割して入る仕様だった。
「よぉし! じゃあ、そこら辺にいる奴を手当たり次第に狩ろっか!」
「楽しそうだな」
「空創獣倒すのは好きなんだ! スカッとするじゃん!」
スバルは大鎌を装備欄から出し、嬉々として駆け出した。重い鎧を着込んだケイゴが後を追う。
目当てのコボルトはこちらに気づいたようで、威嚇するように吠え出す。
「ガウガウッ!」
「えいっ」
スバルはコボルトめがけて大鎌を斜めに振り下ろす。コボルトの身体は遅れてずり落ちた。
「おおっ。序盤の空創獣相手なら、大鎌の切れ味はやっぱり十二分に強いね。これならレベル上げもしばらくはサクサク進めるよ」
そう独りごちながらスバルが振り向くと、ケイゴは険しい表情をしていた。無言でずんずんとスバルに近づき、身体を抱き寄せ、手で目を覆う。
「ちょっと、なんだよ? いきなりどうしたの?」
「町に帰ろう。スバル、多分お前に狩りは向かない」
「何も見えないよ! 離してってば!」
スバルはケイゴの手を無理やり剥がす。目の前には、コボルドの死体がある。しかし、見える光景は今までと違った。肉体の断面、漏れ出る内臓、広がる赤黒い血がぼやけずに、鮮明に見えていた。断面や内臓は外気に触れ湯気だっており、先程まで生きていた命の残骸であることを如実に物語っていた。
「うっ……」
スバルはケイゴから離れ、岩陰でこみ上げたものを出した。ケイゴはスバルの元へは行かず、眼下の死体をしかと見据えていた。
「今まで狩ってきた空創獣も生きていたんだろう。死体や傷口を見るとぼやけるのは違和感があったが、見えない方がいいもんだな……お、コボルトの毛皮がパーティのアイテム欄に入ったぞ。死体から剥ぎ取るまでは、これからもしなくてすむらしいな」
ケイゴは平然とスバルに語りかけた。
「ケイゴっ。お前、なんで平気なんだ? あんな、あんな……」
スバルは手が震えた。昨日までこの世界はリアリティのある仮想現実だと思っていた。空創獣も、その延長線上だと。しかし、生きていた。血肉を持つ、生き物だった。本物の命をもて遊ぶように奪った罪悪感に、押しつぶされそうだった。ケイゴはスバルの方を向かずに話す。
「俺は母方の実家が田舎でな。夏休みによく遊びに行ってた。害獣である熊や鹿を殺すような所でさ。死んだ鹿の解体作業をしている所を、食育だって見せられたよ。正直言って、泣きべそかいた。自分たちが食べている肉は、命を殺した先にあることを見せつけられてな。最初はしばらく肉が食えなくなったさ」
「そうなんだ……」
「みんな、命を奪って生きているんだ。お前が特別悪いわけじゃない」
ケイゴはコボルトの遺体に合掌し黙祷する。それを終えるとスバルの元に歩いて近づいた。
「ほら、一緒に帰ろう。俺も初めてだから緊張するけどさ、町の人に頭下げて、バイトでもなんでもやってみようぜ」
スバルは目から涙が止まらなかった。ケイゴはスバルの手を強引にとって先を歩き始める。ケイゴの手はゴツゴツとして骨ぼったくて、じんわりと暖かかった。