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001 収穫の地球人

「くそぉ! 何が悲しくて男に告白され続けなきゃいけないんだ!」

 賑やかな酒場の席で、スバルは木製のジョッキに汲まれた牛乳を喉に流し込み、テーブルに豪快に叩きつける。スバルの口の上でひげのようについた牛乳を、ケイゴはハンカチで拭きとって続ける。

「まあまあ。落ち着けよ。可愛い顔が台無しだぞ」

「うっさい! そのベタな口説き文句、今この場で言うか! 絶対嫌味だろ!」

「ははッ。でも、誤解されても仕方ないだろ。このゲーム、本来は性別を偽れないんだろ?」

「うう~確かにそうなんだよね」

「どういう仕組みで現実そっくりなこのアバターを作ってるんだ?」

「ええと、このゲームを起動する時にさ、こめかみをHMDヘッドマウントディスプレイにチクっと刺されたよね?」

「ああ」

「採取した皮膚のDNAのヒトゲノムを採取解析して、このアバターの身体を本人そっくりに作ってるんだって。更にログインする度、簡易検査をすることで、他人のアカウントに不正ログイン出来ないようにしてあるみたいなんだよね」

「それは初耳だな。あれってそんなに凄そうな技術を毎回使ってたのか?」

「たかがゲームの異性なりすましと不正ログイン防止にさ。厳重すぎるよね」

「まあ、その技術の穴をすり抜けて、お前は今ここにいるみたいだがな。ちなみに誰に通報すれば、お前を警察に突き出せるんだ?」

「ちょっとぉ! 本当にやらないでよ!? このアカウントが不正行為で凍結されでもしたら、僕は姉ちゃんに殺されちゃうよ!」

「そういや今、お前の練度ってどのくらいだ?」

「まだレベル7だよ……姉ちゃんめ。『レベル上げ面倒くさいからさ、レベル50くらいまで上げといて。これ、命令な』だってさ! 出来ないと思ってたら不正ログインできちゃうし!」

「なんでできたんだ?」

「僕と姉ちゃんは一卵性双生児で、DNAが一緒らしいんだよ。姉ちゃんはそこに気づいて、自分のアバターに僕をログインさせて、ズルしてレベル上げしようと考えついたわけ」

「相変わらず悪知恵だけは働くんだな。俺、お前の姉はやっぱり苦手だ」

「はは、僕もさ……」

 スバルが自分の不遇さにため息をつき、頬杖をついていると他のテーブルの人間がいきなり声を掛けてきた。

「ねえキミ、もしかしてそれ、魔騎士(ダークナイト)の初期衣装じゃないか?」

「うん、そうだけど」

「まじかよォ!」「ええっかっけぇ!」「今度一緒にパーティ組みませんか!?」「つーかキミ可愛いね!」

 やんややんやと騒ぐ酒呑みたち。それもそのはず、スバルの職業は魔騎士(ダークナイト)。この職についたアバターを作るには、レベル90を超えた軽戦士(フェンサー)のアバターを同一アカウントにて所持していなければならなかった。そう言った制限解除の難しさ、スキルの凶悪な強さ、何より男心をくすぐる格好良さが授与者(プレイヤー)達の中で大人気だった。

 しかしスバルには無邪気な羨望の眼差しが痛かった。レベル90を超えるアバターを持つということは、かなりの熟練者をも意味していた。しかしスバルは未だ二週間ほどしかプレイしていない初心者でしかなかったために、こういった勘違いを気まずい中やり過ごすはめになっていた。

「はは……僕、用事があるので失礼しますね」

「えー!?」「話聞かせてよ!」「せめてフレンドに!」「そうそう!」

 酒呑みたちに食い下がられる。愛想笑いを浮かべるしか出来ないスバル。

「すみません。こいつ、大事な用事があるんですよ。話があるなら、俺が聞いて言伝(ことづて)しますけど、どうしたいですか?」

 ケイゴがぬっと立ち上がり、丁寧な口調ながらも威圧感のある低い声で話に割って入った。

「あーいや、大丈夫ですぅハイ」「し、失礼しました」「ごめんなさいっ」「ちっ」

 酒呑みたちは慌ただしく勘定を済ませ、何度もこちらに会釈しながら店を出て行った。

「ケイゴ、年上相手にズバッと言えるなんてすごいね。お前のそういう男らしさ、憧れるよ!」

 子犬のようにキラキラした目でケイゴを見上げるスバル。ケイゴは照れくさそうに頬を掻いてスバルの背中をバシッと叩く。

「いてっ、なんだよ? 人が褒めてんのにさぁ!」

「憧れてる暇があったら、もう少し自衛出来るようになれ。色々隙だらけなんだよお前は」

「えーそうかなぁ」

 喧騒の中でボーンボーンという音が微かに耳に届く。音の方を見やると、振り子時計は22時を指していた。

「あ、もうそろそろ寝なきゃ。ケイゴ、また明日ね」

「おう」

 スバルは手を横に振るう。ゲームのメニュー画面が浮かんだ。ログアウトの画面を開き、ゲーム終了の項目に触れる。しかし反応はなく、何回押しても変わらなかった。

「ん? なんだろこれ。バグかな」

「どうした?」

「ゲームを終了出来ないんだよ。項目を押しても反応がないんだ」

「はぁ?」

 チリリーン。鈴の音がスバルの脳内に響き渡る。それは他人との通話回線が繋がった効果音だった。メニュー画面に三人の女性が華やかな庭園にいる姿が映る。

『えーもしもーし。皆さん聞こえてますかー? 聞こえてるなら返事をしてくださーい』

「「「「「もしもし?」」」」」

 酒場にいるゲームプレイヤー全員が返答していた。

『ひいいいうるさーいっ!』

『バカねっ! こうなるのは当然でしょっ!』

『早く本題はなそーよ……』

 聞こえてくる女性三人の音声に戸惑うスバル。あたりを見回すと、ケイゴ含め皆が困惑の表情をしながら画面を見つめていた。

『えー、皆さんとの双方向通信は残念な事に煩いのが判明したので、これからは一方的に話しまーす! 質問は受け付けませーんっ!』

「おい、これってなんだ?」「お前も聞こえてるのか?」「しっ聞こえないだろ静かにしろよ」「GM(ゲームマスター)の回線か?」「段取り悪くね?」

 先ほどまで静まり返った酒場が一転、当惑の声がざわざわと上がりだす。スバルとケイゴは黙って回線に耳を傾け続ける。

『実はですね、貴方達がやっているこのゲーム、DayDreamDimensionデイドリームディメンジョン、通称3Dame(スリーデイム)ですが、実は、ゲームじゃありません! 実際に現実に存在する、異世界なんですよー!』

 唐突な言葉に面食らう面々。女性はなおも続ける。

『実は私達の世界3Dame(スリーデイム)では人類の繁殖が上手くいってないんです~。妹が〈空創獣(モンスター)〉と呼ばれる強力な生命体を作るのにはまっちゃって無計画に沢山作ったら、その空創獣(モンスター)達がこの世界の人類〈夢幻民(テイラー)〉を沢山殺しちゃったんです。彼らが積み上げてきた独自文明も衰退しちゃいまして、知能水準も下降の一途を辿り、最近煮詰まってたんですよねぇ』

 女性は唇を突き出し両手の指をつんつんと合わせながら続ける。

『一転、貴方達の住む世界の神様は、堅実に世界法則を構築した数学好きな傍観者さんなんですけど、人類が繁殖しすぎて地球の資源が尽きそうだとぼやいてるのを小耳に挟んだんです。これはいい取引が出来ると思って、こちらの世界に人類を誘致出来ないかお願いしたんですよ。そしたら、「地球とは肌があわないと感じている人間ならば、多少連れて行っても私は気づかないだろうな」って、周りくどいOKをしてくれたんですっ。なので、VR(仮想現実)式のMMORPG(多人数同時参加型遊戯)という、地球の現実から逃避したい人にぴったりな題材を用意して、誘致した〈地球人(アースリング)〉が貴方達というわけです! ふう。一気に話したから喉乾いちゃった』

『お姉ちゃん……これ……』

『あー! スクルド、ありがとっ! ――ぷはぁっ! 久々に言語での意思疎通を図っているから疲れちゃうねっ! えー仕組みを詳しく話すとですねっ! 貴方達の魂を、地球の肉体と、それを精巧にコピーした3Dame(スリーデイム)での肉体、二つの肉体を幽体離脱させて行き来させていたんです。ちなみにHMDヘッドマウントディスプレイはほぼお飾りで、不正ログイン検査と睡眠誘導しかしてないんですよ。割安な価格設定にしておいたから許してねっ? そしてそして、二つの世界が繋がりやすくなるよう、時間の流れを同期したり諸々調整したり、頑張りました! で、ようやく地球規模で「多少」の地球人(アースリング)が同時ログインしてくれたので、地球世界との時間同期をやめ、帰れなくしちゃいました! 人間が農作物を収穫(ハーベスト)するみたいなものですね! こういう経緯で、貴方達はここ3Dame(スリーデイム)で一生を暮らすことになりました! おめでとうございまーす! 貴方達がこの世界を楽しめるよう、私達も清く正しい世界運用をしていきますのでよろしくお願いしますね~っ!」

 酒場の空気が騒然とする。ログアウトを試みるもの、罵声を画面に飛ばすもの、口を開けて放心するもの。反応はそれぞれ異なったが、満場一致でこの世界に閉じ込められたという事実に対して不快感を示していた。夢幻民(テイラー)である酒場の店主や店員にはメニュー画面の映像が見えてないらしく、いきなり阿鼻叫喚し始めた地球人(アースリング)を戸惑いながら見ていた。

 スバルは帰れないという事実に呆然とし、ケイゴを見やる。ケイゴは眉間に皺を寄せながら熟考していた。スバルが自分を見ていることに気づき、頭を撫でてやる。ケイゴはスバルの不安を和らげてやりたかったが、なんと言葉をかければよいのか、わからなかった。

 画面の女性はこの反応が予想外だったようで、戸惑っている。

『えー、あれれ、おかしいな。伝え方が悪かったならごめんなさい! 貴方達のようなゲーマーと呼ばれる類の方々は、既存の決まりきった物理法則や数学でガチガチに構成された地球世界より、法則がゆるゆるで不確定事項が多発するような世界に行くことを望んでいると、そう捉えていたのですが、違ったみたいですねっ? ――むむむ計算違いでした。数学を学んだほうがいいのかしら』

『もういいわ。ヴェルダンディー、貴方の言葉は軽すぎます』

 後ろに座っていた女性が前に出て話し始めた。

『申し遅れたわね。私はウルド。この世界の創造主である三女神の一柱です。突然こちらの世界に閉じ込められて、不服そうね。それもいいわ。文句があるなら、私達の所まで来てみなさい。願いの一つくらいなら聞いてあげるわ。ただし、神の加護抜きで来れたら、だけれど』

『お姉ちゃん……加護がなければ、全員死んじゃうと思うけど……』

『お黙りスクルド。この世界の元々の住人はそれでも生きています。軟弱者は死して魂の循環に帰ればいいわ。さて、貴方方にはここをゲームだと錯覚してもらうために、数々の厚遇をしてきました。が、これから貴方方は客人ではなく、住人になるのです。よって、種々の特権を剥奪します。全てを説明するのは億劫なので、重要な点を三点お教えしましょう。第一に、肉体の習熟度や持ち物の初期化。レベル・スキル・アイテムその他諸々は全て没収します。今までの楽な環境で培った肉体の能力や財力など、仮初(かりそめ)に過ぎませんから。第二に、転移門(ワープゲート)の廃止。街から街へ転移できる貴方方が本格的にこの地に住み働けば、都市交通のインフラや経済の流れが変わってしまいます。それは私達の本意ではありません。第三に、痛覚遮断と復活の廃止。此度以降に傷つけば、地球世界と同じように痛みを感じるようになります。死ねば、貴方方は絶対に生き返りません。今までは肉体が死に絶えるつど、肉体のコピーを転移門(ワープゲート)にて生成し、魂を移していましたが、そのような待遇はこれ以後ありません。以上の三点を熟慮した上で、私達の住む最果ての地〈ヴァルハラ〉へおいでになるか検討してください。困難を乗り越え辿り着いた方にのみ、願いを一つ叶えてさしあげましょう。皆さんのご健闘をお祈り申し上げますわ』

「無茶苦茶だ!」

 スバルは思わず叫ぶ。その声は理不尽に対する怒りに震えていた。取り乱す人々の悲鳴がこだまし、頭が痛む。腰のズキズキとした痛みが強まる。頭からは血の気が引き、思考が朦朧とする。スバルの意識はここで事切れた。

「おい、大丈夫か!?」

 ケイゴは崩れ落ちかけたスバルの華奢な肩を抱く。絹のように柔らかく、軽い身体だったが、それゆえにケイゴの心に重くのしかかる。彼の頭も整理が追いつかず、混乱の渦に翻弄されていたが、これからの指針がひとつだけ見えていた。親友のスバルを守ること。それだけがこの混乱の荒波でも消えずにすんだ篝火だった。

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