多数決
ふと、日常を過ごしていた僕はこう思いました。
――日常って意外と面白いなぁ。
そこでこの小説を執筆しました。この小説を読んで共感を持って頂ける方がおられましたら、うれしい限りです。
――多数決。
それは古代ギリシアに始まる民主主義の象徴と呼べる採決方法である。元祖である古代ギリシアでは国内の重要ごとの他に、民主制の崩壊を招く危険人物を追放する手段としても用いられた。それから、およそ二千数百年経った現代。この多数決という手法は日常の様々な場面で見かけるほどに、ありふれた存在になった。具体的には国の行く末を委ねる立法の最高機関の国会から社会集団の最小単位である家族に至るまでである。
……なぜ、なんでもかんでも、たすうけつで決めるんだろう?
一時期、そんな疑問を抱いた幼少期の僕はインタネットを駆使して、その疑問をとことん調べたことがある。そして、そこで分かったのは主に次の3つだった。
1,民主主義は人民が主体なので、一人一票という仕組みが採決方法として公平かつ平等で民主主義のモットーに合っていたため。
2,多数決を行う前に必ず、出案者同士の主義主張が展開されるので、一票を投じた本人はその一票の根拠をしっかりと持てるから。
3,1・2を総合して決まったこと・ものにはその投票に参加した人の総意という 確かな根拠が得られるから。
その時の僕は単純だったため、多数決のデメリットの方には触れず、たすうけつってすごいんだーっと感心して終わってしまった。そして、選挙には絶対に行かなきゃーという固い決心をするようにもなった。ちなみにその決心は高校3年生になった今でも薄れていない。
とにかく、何を言いたいかというと、僕はそれまで多数決を本気で平等なものだと思っていたのである。この日までずっとずっと――――
「それじゃあ、多数決取るぞー。他には案ないよな」
教壇で宮城君がしまりのない声を発した。
僕は持っていた文庫本にしおりを挟んでバックの中にしまう。黒板を見た。
相変わらず、宮城君がダルそうに文化祭の企画の進行をしている。そのせいか、気だるげな雰囲気が教室中に充満していた。
宮城君がダルそうにしているのは今回、やりたくもない仕事をやらされているからだ。以前にあった出来事だが、宮城君は森君の計略により、前の文化祭実行委員決めで、文化祭実行委員に選出された。まだあの時のことは、よーく覚えている。『森‼ てめぇ。文化祭委員長になったのはそういう根端か』宮城君が憎たらしげに睨み付けながら、放った最後の言葉は未だに僕の爆笑のツボだ。思い出すだけで、未だに口から笑いがこぼれてしまう。
そんな経緯があるので、宮城君のテンションが人並みにガタ落ちなのは当たり前か。いや、しかし、教室中にその空気が広がっているのはどうなのだろうか。流石に午後の六時間目に文化祭の出し物決めるのは無謀なんじゃ。寝る人、続出だし。
僕はぐるりと周囲を見回した。どうやら、この列で寝ていないのは僕だけらしい。他はみんな頬を机に密着させて、スヤスヤと寝息を立てている。前の席の高橋君に至っては口から垂れた涎が小規模の湖を形成していて、机が見るからに大変な事になっている。
――今のは見なかったことにしよう。次の席替えの時はあそこだけにはならない事を祈る。
慌てて目を逸らしつつ、今度は遠目に教室中を見渡す。やっぱり、教室中もこの列と変わらない。起きているのは少数で、寝ている人が殆どだった。見るから催眠効果のある光景である。そんな教室の状況に自然と欠伸が出てしまった。
わあー、ダルそうだなぁー。まあ、実は僕もダルいんだけどね。ほんと、早く授業終わってほしいよ。
はっきり言って、僕もこの時間が苦痛でしょうがない。一年生の時はアニメなんかで高校の文化祭にすごく憧れていて、かなりやる気だったけど、流石にもう三回目となると熱は冷めてしまった。だってラブコメ的な要素は一切ないんだもん。やっぱり、それが現実というものなのかなー。
――暇だし、僕も寝ようか。
本の続きを読んでも良かったが、何となく寝ることにした。周囲に習って僕も机にうつ伏せ状態になる。
「ああ、もうやめにしましょうよ。俺たちは寝るべきです」
ダルい声の実行委員の進行に混じって、やたらに威勢の良い声が聞こえた。
思わず、顔を上げる。
「だってそうでしょう。こんな状況でやっても無意味でしょ」
見ると、前列の真ん中の男子生徒が立っていた。鋭角の斜め後ろから見ているため、顔は確認できない。しかし、後ろからでも見える丸刈りにされた頭とハッシュドビーフ並みに焼けた肌、それに特徴的な席順から僕は発言者の正体を理解した。
……ああやっぱり、矢沢君か。こう言う時にでしゃばってくるのって、色々と問題行動を起こしている矢沢君しかいないよね。まあだから、あんな睡眠もナイショクもできない前列の真ん中の席(僕らは牢獄と称している)に強制移動させられたんだけど。
みな同じ結論に至ったのか、現在進行形で寝ている人以外を除く殆ど生徒全員が一斉に頷く。
それに対し、それまでクラスの非効率な進行を陰ながら見ていた担任がやれやれといった感じで教壇にやって来た。そして、教壇に立つと、目の前の矢沢君に対してある提案を提示してきた。
「じゃあ、今すぐに授業は始めるか」
物騒な提案が返って来た。
「「「えっー‼」」」
これには思わず、クラス全員が悲鳴を上げる。
えっ‼ さっきまで殆ど寝ていたのにいつの間にか、全員が起きてるよ。どういう反射。聴覚神経の反射能力、凄っすぎでしょ。授業って言葉にそんなに過敏なの。ええっ‼。
僕はこの状況を違う意味で驚いていたが、勿論クラスとしてはいきなり状況が思わぬ方向に悪化したことへの焦りだろう。授業なんてやりたくない……そんな各々の逼迫とした願いが緊張した教室全体から感じられた。
全員が『どう責任取ってくれるんだよ』とか、『早く収拾しなさい』といった非難の視線で矢沢君を見る。
そんな状況に、おそらく何にも考えずに発言していたらしい矢沢君は予想外の答えに面喰らって慌てている様子だった。
「いっいやいや……。冗談ですよ。イッツ冗句ですよ」
「本当に冗句か」
「そりゃあ、そうっすよ。大人の英語教師がこんなアメリカンジョークを知らないなんて先生失格っすよ」
「おお、そうか」
「そうですよ」
男子スマイルで笑う、矢沢君。少しというか、かなりバカな発言も多く含まれていたけど、うちの担任はそこを肯定する。担任の必殺技、流しボケである。こういったことも、うちのクラスで担任が好かれている理由だ。
その担任の反応にクラス全体が安堵する。
「じゃあ、せめて議論くらいは真面目にやれ」
「「「ういーっす」」」
クラス全員がダルそうに声を上げた。その返事を聞くや否や、担任は再び教壇から離れていく。
「さて、じゃあ先生もそう言ってるから、全員に訊いてくぞ。これらの案に一人一票な」
「「「おー」」」
担任の言葉に促されて、宮城君がやや真剣になった口調で話し出す。宮城君が黒板を指した。
そういえば、それまでずっと本に集中していたから、全く文化祭の方の話を聞いてなかったっけ。選択肢に何が上がっているんだろう。後で選ばないといけないから、見ておかないと。
僕は黒板を見ると、もう一人の文化祭委員である九条さんが書いた大きくて見やすい美字が適当な間隔で書いてあった。
流石、硬筆書写検定2級。字が達筆で、綺麗だ。僕の字もあんなふうだったら、いいのに……。
黒板の脇に立つ九条さんを羨望の眼差しで一瞥した後、僕は順番に選択肢を見ていく。
○一つ目『ラーメン屋』
まあ、普通だね。確か、このクラスには無類のラーメン好き、年平均200杯の石倉君がいるから、凄く凝りに凝ったラーメンができるかもなあ。うん、良いアイデアだね。
○二つ目『メイド喫茶』
ラノベや漫画の定番だね。うちのクラスはかなり可愛い女子も多いし、相当な売り上げが見込めるかもしれない。絶対、そうだ。そうに違いない。こんなに可愛い女子たちが接客する姿を見たら、男子は男の性が許さない。やるんだったら、間違いなく僕は店員のシフトをサボって、何回も来店するよ。クラスの売り上げに貢献するのもクラスメートの義務だしね。でも、女子とか、嫌がらないのかな。まあ、こういうのとかって好きな人がいそうだしね。
○三つ目『メイド喫茶(男性オンリー)』
女子の反論来たーっ‼ というか、男性だけってメイド喫茶じゃないよね。これ、完全にコスプレ喫茶だよね。誰が出したんだ。まさか、女子の中に男子のそういった格好を見たがっている奴でもいるのか‼ これは油断ならないぞ。これは男子勢、一団となって否決しにかからなきゃ。
○四つ目『ゲイバー』
類似案来たーっ‼ なんだよ、これ。結局、そっちの方面に行きたいの。ゲイバーね。僕は絶対にやりたくないぞ。最近、流行っているみたいだけど、あれを強制されるは嫌すぎる。女の子らしいとか言われるけど、僕は絶対やんないぞ。やっちゃったら、いろいろと尊厳が吹っ飛んじゃう気がする。でも、待てよ。この流れだと、次も男子に不利な意見なんじゃないか。それは本当にマズいよ。次こそ、男子の意見が出てくれ。
○五つ目『てつおの部屋(森 哲夫をいじる部屋)By 宮城』
全然、違ったーっ‼ 大きく話題がズレた気がする。てつおの部屋? 絶対、某テレビ局の『徹子の部屋』から来ているよね。あの真面目だったり、おかしかったり、いろいろな意味で結構内容の濃い番組がこんなところに。最近、時間帯が変わったから、それにあやかってるのかな。でも、それにしても( )の以下の内容を何とかしようよ。全員で森氏をいじったら、ただのいじめじゃないか。それが文化祭の出し物って。黒柳さん、カンカンだよ。流石にこれは、マズいよ。そして、他には提案者の名前がないのにこれには……By 宮城。絶対、前のこと根に持ってるよね。なんか、宮城君、気のせいかな。不敵な笑みが見えた気が……。そして、森氏。宮城君をかなり威嚇してるんだけど。
とにかく、どうでもいい選択肢は論外として無視しよう。でも、これじゃあ女子への対抗意見がないままだよ。誰か、女子の横暴に待ったをかけた勇者はいないのか。
○六つ目『キャバクラ』
…………。
一応、対抗意見なんだろうけど、なんか、この具体例だとアダルトな感じがして逆に支持ができない。これは女子に同情しそう。まさか、内容は一八禁じゃないよね。文化祭で一八禁とか、倫理上マズすぎるよ。
次に目線を移す。しかし、見えたのは黒板の外枠だった。
つまり、候補は以上の六つか。困った。実に困った。意見出しに参加してなかったのはこっちが悪いけど……でも、この選択肢はね。うーん。まあ、投票するなら一つ目の『ラーメン屋』か、二つ目『メイド喫茶』なんだけど。それにしても決めかねる。やっぱり、ここは普通に『ラーメン屋』か。しかし、『ラーメン屋』は仕事も多そうだし、『メイド喫茶』なら、仕事をサボって客として来店できる。うーん。
「それじゃあ、端から訊いていくぞ。どんどん、自分の正直な意見を言ってこい」
思案に暮れている僕は宮城君の抑揚のついた声で我に返った。それと同時にクラスメイトの声が聞こえ始めた。そしてそれを聞き取った九条さんが黒板に綺麗な『正』の文字を書き連ねていく。
教室の半分くらいに来たところで、宮城君が次を指名せず一端止めた。
「今のところ、一番が『ラーメン屋』で10票だ。その他も、まだ拮抗してるから、まだ分からないぞ。少数派も巻き返しだって、有り得る」
何が言いたいのー。絶対、これは0票の『てつおの部屋』の宣伝だよね。
「健闘を祈る。グッドラック!」
なに、それ。なんか、最後のカッコいい。でも、間接的に『てつおの部屋』に入れろって脅してない。ちょっと、宮城君こっちにアイコンタクトしないでよ。それでも、僕は『メイド喫茶』に入れるからね。どうせ、『てつおの部屋』なんて、宮城君以外投票する人なんていな……。
「『てつおの部屋』に一票‼」
教室中にどよめきが起こる。僕自身の頭も混乱に見舞われる。誰だ。一体誰が投票したんだ。
見ると矢沢君が俺っ凄いだろうとドヤ顔で周りに手を振っていた。それを見て少し落胆した気持ちになる。
なんだ、目立ちたいだけか。なるほど、矢沢君ならやりかねない。しかし、他には投票する人はいないだろう。
しかし、何故か、次の人へ繋がらない。宮城君が「次の人」と指示出さないのが悪いのかもしれないが、とにかく、一瞬沈黙が起こった。黒板にはすでに『てつおの部屋』の下に『正』の一画目が書かれている。後ろの人はどう行動すべきか、成行きを伺っているようだ。
そんな沈黙を破ったのは宮城君だった。そして、宮城君はいきなりこんなことを言い出した。
「矢沢‼ 本当に一票でいいのか!? さあ締め切るぞ」
何かを期待させる言い回し。そして、特定の相手を挑発させる言い方。
……『締め切る』? 一体、どういうつもり。宮城君は何がしたいんだろう。
教室中がクエッションマークでいっぱいになる中、矢沢君だけは何かを理解したらしく、調子に乗った張りのある声で叫んだ。
「10票だ」
訳が分からない。どうしていきなり十票なんて叫んだんだろう。
それを聞いた宮城君は何故か、矢沢以上に勢いづいた声で周りを呼びかけるように大きな声で言った。
「さぁー。さぁー。今、10だよ。その上はないか。締め切るぞ。終わりだぞ」
ああー、なるほど。オークションか。宮城君はオークションをこれからやるつもりなんだ。だけど、なんで多数決中にオークション?
その声が聞こえた辺りから、急に教室中が賑やかになった。そして、教室はオークション会場と化す。教室中に様々な生徒の声が飛び交う。
「12」「15」「18」「19」「20」「25」「30」「100」
……「100」。どこまでも続きそうな思えた数字の応酬は「100」を境に急に止んだ。教室中が真面目に思案する空気に変わる。突如、
現れた意味不明な状態に僕はひたすら困惑する。
なんで無限まで積み上げられるオークションで悩む必要があるの。しかも、さっきバカ発言していた矢沢まで真剣に悩んでいるよ。これって僕も真剣に悩まないとマズイの?
そんな沈黙を破って、一人が険しいながらも確固たる覚悟伺わせる面持ちでゆっくりと手を挙げた。
堀口君。なんで、そんな険しい顔つきなの。これはただの遊びのオークションなのにどうしてそこまでするの。
「150‼」
「「「おー」」」
教室が感嘆の声に包まれる。クラスのあちこちから「堀口、あんたは勇者だ」とか「堀口は男の中の男だよ」とか、堀口君を讃える呟き声がこだまする。
なんで、クラスが一体化してるの?
どうやら、状況を理解できていないのは僕だけらしい。でも、この状況をどう取ればいいのだろうか。
感嘆の声が冷めやらぬ中、それを断ち切るようにして宮城君の声が響く。
「もうないか。151以上はないか。締め切るぞ。終わるぞ。ほんとにいいのか。いいのか……はい、決定‼」
宮城君は手で思いっきり教卓を叩いた。その後ろで宮城君の声に従って、九条さんが書きかけの『正』の下に150と書いた。
書くんかい‼ 遊び半分のオークションが本当に投票数になるのかよ。これじゃあ、それまでの多数決の意味がないじゃないか。これってもしかして、無限ってだったら、∞って本当に書いてたのかなー。
「じゃあ、次、松田。何に投票する」
宮城君がなんでもなかったような感じで次の人を指名した。当然の如く、矢沢の次の席の松田君はかなり動揺している。そりゃあ、そうだよね。この状況で動揺しない方がおかしいよ。
指名された焦り半分困惑半分といった感じでオドオドしながらやけくそ気味に答える。
「……えっ‼ じゃあ、一つ目で」
まあ、そうだよね。現在の投票数が、
○ 一つ目『ラーメン屋』 正正正一
○ 二つ目『メイド喫茶』 正正
○ 三つ目『メイド喫茶(男性オンリー)』 正
○ 四つ目『ゲイバー』 一
○ 五つ目『てつおの部屋(森哲夫をいじる部屋)』 一 → 150票
○ 六つ目『キャバクラ』 一
じゃあ、しょうがないよ。どう考えても残り人数で150票稼ぐなんて不可能に程がある。
ここまで来ると、今度は森氏が心配になった。この状態では宮城君の復讐の成功がほぼ確定した。森氏の心境はどうなんだろう。
森氏を見ると、やはり悔しそうに自分の唇をきつく噛んでいた。敗北は完全には受け止めてはいないだろうが、殆ど諦めている表情である。裏目ったらしそうに睨み付けてる目が常時、宮城君の方へ向けられている。
「じゃあ、次。三河島」
急に僕の名前が呼ばれた。慌てて顔を前に向ける。思っていた以上に松田君からの回転が速かったらしい。まあ、一票入れても無意味だからね。
そんな訳で僕はかなり投げやりな答えをする。
「……1つ目で」
さっきまで2つ目にしようと思っていたけど、どうせ無理なら何でもいいや。
後ろも、そのまた後ろも適当な感じで答えるのが見なくても分かった。その結果、とてつもない速さで投票は終わった。
当たり前のことながら、結果は『てつおの部屋』が151票と圧勝。『てつおの部屋』の上の部分に小さなはなまるが描かれる。クラス中の様々な生徒がその様子を複雑な思いで見ていた。しかし心残りはあるものの、その結果に反論しようとする者はいなかった。つまり、宮城君は反論を許さないほど完璧さに多数決をやってのけたのである。まさにここまで一連の彼の行動はパフォーマンスという名の芸術と言っていい。だから、認めなければいけない。それがこのパフォーマンスの終焉だから。サーカスで観客が料金を払うのと同様に、僕たちはそれを認めることが彼のパフォーマンスに対しての義務なのだ。
よって今僕たちができるのは黙ってそれを認めるだけ……。
「さっきから見ていれば、なあーにバカなことしてんだ」
いつの間にか、教壇に移動した担任が全ての元凶の頭を軽くチョップした。
まさかね、そんなわけないじゃないか。結局、違法的な決め方には変わりないし、仮に宮城君のパフォーマンスに入場料なんかあっても僕は踏み倒すから。一瞬、洗脳されたけど……。危ない。危ない。ナイス、先生。タイミングもばっちグーです。
「あー、一通り見ていたが、俺はどこからツッコミを入れたらいいんだ。やれやれ、お前が実行委員に選ばれた時から、嫌な予感はしてたんだ」
担任が呆れた視線でことの元凶を見つめる。それには、宮城君も反論があるようで、担任に真っ向から突っかかっていく。
「じゃあ、なんであの時止めてくれなかったんですか。そして、今だけは止める。先生は卑怯だー」
「今のはしょうがないだろ。俺は担任として役目を果たしたまでだ。じゃないと、あんなよく分からないものがクラスの出店に決定するからな。まあー、クラス全員が承知してるっていうんだったら認めてもいいが、今回はクラスの意見を無視した明らかな不正だからな」
「だからって。なんで、ここで……。あと少しで森の奴に仕返しが出来たのに」
「だから、それがダメなんだ。お前個人の暴走にクラス全体を巻き込むな‼」
確かにその通り。文化祭は全てのクラスのみんなの意見が反映されてこそ、成功するんだ。先生の言う事は正しいよ。
宮城君は地面にへたり込み、教室の床を叩いている。口々には「あともうちょっとだったのに」だといった悔しさの詰まったことを何度も何度も呟いている。名探偵コナンに出てきそうなシーンだなぁー。主に逮捕のシーンとかに……。悔しい気持ちは分からないでもないけど、あれは完全に違法投票だから、こうなるのはしょうがないよ。違法投票は民主主義のタブーだからね。これは自業自得だよ。
そんな心理的に戦闘不能に陥った宮城君に代わり、担任が役割を代行する。
「それじゃあ、改めて再び決を採り直したいが……。……時間的にちょっと無理か」
担任が黒板の上の時計を見つつ、困り顔をする。宮城君の暴走のせいで、気付かなかったが、六時間目もほとんど終わりに近い。具体的に言えば、あと五分で終了のチャイムが鳴るくらいに押していた。
「しょうがない。苦肉の策だが今日中に決めならきゃいけない案件でもあるし、さっきの集計の二位を採用するのはどうだ?」
担任がクラスに向かって問う。
しかしそれに対するクラスのみんなの対応は素っ気ないものだった。担任が問うた提案にクラス全員が無関心そうに肯定した。ある者は帰る準備をしながら賛成の声を上げ、ある者は涎をティッシュで拭き取りながら頭だけで頷いて見せる。見るからにみんなもう完全にどうでもいいと言わんばかりだ。
何となく、あの展開の最後のオチはみんな読めていたみたいだね。そしてそのオチが決まった後は興が一様に冷めてしまったらしい。人間は関心がなくなると急に冷淡になるんだよね。
しかし、そんなクラス全体の対応を見ても、担任は怒り出さず、努めて冷静に結論をまとめた。
「じゃあ、うちのクラスの出し物は『ラーメン屋』で決定だな」
ここで激怒するという愚を犯さないところは担任自身の許容範囲の広さの現れだろう。そう言った一面も、僕たちが担任を好いている理由だったりする。
まあ、『ラーメン屋』でもいいかな。なんか、面白そうだし。大変そうだけど、高校生活最後の文化祭なら、やってみてもいいかもね。そうか、今年で文化祭は最後なんだよね。
そんなことを考えていると、さっきまで全然なかったやる気が自然と湧いてきた。
――なら、最後まで楽しまないと。
最後の文化祭に期待に胸を膨らませていると、ナイスなタイミングで終了のチャイムが鳴った。
「起立! 礼っ!!」
掛け声と共に、クラス全員が席を立ち上がり、声に合わせて礼をする。
「ありがとうございました」
それが僕たちの学生日常。
みなさん、笑っていますか?
Are you ready?……みたいなノリですみません。初めまして August と言います。
さて、これは学生だった私の作品を推敲したものになります。掲載した当初は、あまりに高校時代の思い出に執着がなかったため、PCの隅に眠っていた作品ではありましたが、最近になり、何回か読み返しているうちに勿体ないなぁ~と感じまして少しずつ手直しをしております。当時の私としては平凡な毎日の一つだったですが、今思い返すと個性的だったなぁ~と感慨に耽るばかりです。
次作がいつになるか、まったく見通しが立っておりませんが、それでも腹の底から暖かくなる小説を投稿したいと思います。
To be continued