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5、受け入れがたい真実

五:


 ジェミニが用意したというのは、なんとも珍妙な外観の台のような機械だった。全体的にかなり汚れて古ぼけていて、そのへんのごみ捨て場にあってもおかしくないほどだ。

 大きさは個人用の浴槽ほどもあり、なんとなくダニエルは嫌な予感がした。

 それを知ってか知らずか、ジェミニはその上に寝るように指示を出す。……やっぱりか。案の定というか、そこに近づいた瞬間、強烈なかびと埃の臭いがした。

 正直不快かそうでないかと聞かれたら最悪に不快だと答えていい。

 何をされるのか不安になったダニエルに、ジェミニのひとりが傍寄ってくる。なんだろうと顔を向けると、その手には何やら怪しげな瓶が握られている。

 口を開けろと言われ、嫌々ながら従った。


「う」


 ジェミニは手にしていた瓶から謎の液体を数滴、ダニエルの口内に落とした。かなり苦かった。わけも分からず反射的に吐き出しそうになったが、呻き声が漏れただけで身体が動かない。


「何を!」

「別に危ないものじゃない。きみの呪炎を読みとるだけだ」

「ついでに安全のため、少し行動を制限させてもらうよ」


 ダニエルはそこでようやく気づいた。台から鉛色をした細い紐のようなものが何本も出て、ダニエルの身体に纏わりついているということに。服の隙間から侵入したそれは、肌に寄生してダニエルの神経に作用していた。

 ジェミニたちは楽しそうに喉を鳴らしてダニエルを見下ろしている。

 両手に護謨製の手袋をして、さらにはメスの類と思しき細身のナイフを持ち、ふたつの小さな口からはちょろりと舌が覗いていた。色彩の弱い室内で肉の赤さが毒々しい。

 ──改造される!

 どこからきた発想かわからないがダニエルは咄嗟にそう思った。いくらジェミニたちがいたいけな少年の形をしていても、たびたびの言動から、その中身がどれほど常識から乖離しているかは知れているのだ。何をされてもおかしくはない。


「や……やめろ!」


 恐ろしかった。なすがままに服の前をはだかれながら、ダニエルは奥歯を噛みしめてそれに耐えようとした。

 そのうえ抵抗できない不安感のために、ダニエルの恐怖は助長されていく。


「怯えることはない、ダニエル・ギュルテン。きみは医学の進歩に貢献することになるだけだ」

「きみの真理を見せてごらん。あ、暇ならきみの好きそうな話をしてやってもいいよ」


 言いながらジェミニは間違いなく手にした刃物をダニエルの脚に突き立てたが、施術台の触手めいた拘束具か霊傷のせいか、まったく感覚がなかった。

 それが逆に気味悪さを煽る。いっそのこと意識も奪ってしまってほしかった。

 何をされているのかわからないのに、ずるずると不穏な音だけが耳に届いてくるのが、これまたおぞましかった。


「アリース、何の話にしようか」

「えーと……そうだな、まずはドゥンケルハイトから」

「そうだね、そうしよう」

「ダニエル・ギュルテン、きみは彼らを知っているかい」


 ジェミニの問いに、ダニエルは失神しそうになりながら答える。もちろん、否、である。

 彼ら、と言うからには人名か何かなのだろうが。


「組織だね。研究組織……」

「僕らと同じで古代精神医学をやっている」

「でも彼らは美しくないね」

「そうだね、あれは僕らの美学に反する……ダニエル・ギュルテン、きみも見た、炎を司る宵闇の女神のことさ」


 宵闇の女神。

 その単語を受けて、ダニエルの脳裏にひとりの女の姿が浮かんだ。エリサの顔で漆黒のドレスを纏ったあの女。たしかに炎を操っていた。


「バイスラントは後手後手だから、このまま行くとシュタインブルクも女神の手に落ちるだろうね」

「それは困るねシルヴァ。都が消えるということは、僕らの真理もまた燃え尽きることを意味している」

「まったくだね。彼らはそれが本懐だろうけど」

「彼らは女神を作り、自らそれにかしづいた。世界を焼き滅ぼすと誓ってね」

「畢竟、世界の再編成といったところか」

「全真理を前にした否定だ。ゾマはそれを顧みず、我欲のために力としてのドゥンケルハイトを利用している」

「最後には己が闇に飲まれるのを知らずにね……」

「……この世界はまるごと呪炎によって滅ぶ。ゾマとて例外にはならない。その点において女神は平等だ」


 アレイスターが血塗れの手をダニエルに向けて続ける。


「ダニエル・ギュルテン、我々に残された選択は少ない」

「幸い宵闇は、女神にすべてを注いでいる。返せば女神の他に彼らを支える柱は存在しない」

「つまり女神さえ奪えば、彼らは力を失うわけだ」

「そこで選択とは……女神に屈してゾマもろとも滅びるか、逆らって生きるか……」


 四つの眼がダニエルに注がれる。

 ジェミニたちの不可解な微笑は、ダニエルにそれを選べと言っているようだった。バイスラント公や騎士団長のバスコではなく一个の騎士ダニエルに。

 ジェミニたちの言うことをダニエルの理解できる範疇でまとめるなら、恐らくバスコの言う無国籍のテロ組織の名前が「ドゥンケルハイト」で、あの黒炎の女はそこに属しているということだろう。そしてゾマは彼らを利用している。しかし、いつかバイスラントを含む大陸全土の国家が滅ぶと、残ったゾマもまた呪炎に燃やされることになる……と。

 後半の突飛な話やドゥンケルハイト自体の目論見についてはさっぱりわからないが、それよりダニエルが気になったのは、どうしてこの話をあの会合ではしなかったのか、だった。

 バスコは組織のことを知りたがっていた。国防のため、騎士団長としては当然のことである。

 それなのにジェミニは、何も話すことはないと、突っぱねていた。


「……どうして俺に、そんな話を?」


 なので、そう問い返した。


「きみは女神を見、彼女の呪いを受けている」

「それに何より女神の素体と知己である」


 ダニエルは眼を見開いた。今、ジェミニは何と言った。

 女神の素体?

 知己である?

 それは、いったい何を意味する? いつかの嫌な想像が再び顔をもたげ、ダニエルに迫ってくるような気がした。長い髪を振り乱してこの身体の上を這い上がってくるような。

 それを確かめたくなくて、恐ろしくて、考えるのを止めようとしていたのに。

 ジェミニはそれを許さない。双子のうちどちらかがダニエルに顔を寄せて、満面の笑みで話し始めた。身体の自由を奪われているダニエルには、耳を塞ぐこともできない。


「彼らは長年女神に相応しい器を求めていた。古い呪炎をその身に納めることのできる才能の持ち主をね……そして七年前、突如として女神は生まれた。彼女の初めての功績は、シニツァという小さな村を焼き滅ぼすことだった」


 べたりとジェミニの手がダニエルの顔に触れる。指が鼻の傍を通ったとき、かすかに血の臭いがした。

 そのまま人の顔に絵でも描くように指がすべっていく。


「きみの故郷が滅んだのは、女神の誕生による余波だ」


 ダニエルは唸った。己でも驚くほど低くかすれた声で、獣が吠えるように喉を震わせた。

 そんなことがあっていいのか。

 いいやこれは嘘だ。ジェミニの虚言に決まっている。

 一瞬フレデリクの顔がよぎった。黒炎の怪物をエリサだと断じ、探しにいくと言って去っていってしまった友。彼がこの話を聞いたらどう思うのだろう。

 俺たちの愛したエリサが、異能の女神に仕立て上げられてしまったとしたら。

 いや、フレデリクとて愚かではない。口には出さなかっただけで、マリエからエリサに似た怪物の話を聞かされたときにでも、その可能性を考えたろう。シニツァを滅ぼしたのがエリサだったかもしれない、その可能性を。

 それでもエリサを探すと言いきったフレデリクは、冷静ではなかったと言っても、ダニエルよりはるかに心が強いのかもしれない。

 エリサへの想いが、それだけ、強い。

 やがてダニエルの咆哮が止んだのを見て、ジェミニは顔を見合わせた。


「今日はこのあたりにしようか、シルヴァ」

「そうだね、こちらもちょうどきりがついた……」


 シルベスターは再び何やら呟き始める。ダニエルからは見えなかったが、さんざん弄りまわされた脚の傷が、ぞろりと肉を繋いで塞がっていった。

 埋められていく肉の中に、わずかに質感の異なるものが混ざっていたことも、もちろんダニエルは知らない。


「ダニエル・ギュルテン、女神を炎から解放する手立てがあるとしたら、その鍵はきみが持っている」

「きみは世界の選択者。僕らの真理を護る者。協力は惜しまないよ」

「だからこれは、僕らからの贈りものだ」


 ふふ、と笑うような声。

 そこでダニエルは急激な眠気に襲われた。状況からしてジェミニになにかされたのだろうが、どのみち身体が動かないので、そのまま大人しく昏睡するほかなかった。

 まどろみの中でジェミニの言葉が反響して聞こえる。

 ……女神は……覚えている……。

 ……気をつけたほうがいい。どこにでも、彼らの内通者がいるからね……。

 僕らはいつも……きみを見ている。

 粘りつくような視線を感じながら、ダニエルの意識はそこで途絶えた。



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