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14、息苦しい探究の果て

十四:


 少年は眼を開ける。資料を敷き詰めた薄暗い研究室の床で、ぼろきれに包まって寝ころんでいるのは、胎内回帰に少し似ている。

 彼はここから出たことがない。昔から外に行くのは相方の役目だった。その代わり少年には誰にもない才能があったし、ここでの生活を不自由だと思ったことはなかった。

 彼らは双極星として生を受けた。つねにふたりで生きてきて、ゆえにジェミニと呼ばれている。

 この狭苦しい世界の真理を解き明かすことが、少年たちに与えられた存在意義だ。

 逆を言えば、それを手に入れてしまいさえすれば、もう彼らがいる必要性はなくなってしまう。だからある意味では彼らは真理を疎んじる。同時に、そこに手を伸ばさずにはいられない性に縛られている。

 目下彼らが気になっているのは、宵闇を信奉する人びとがよりによって女神を創ってしまったことだった。

 人間の女性を器とし、すでに失われて久しい古代の炎を再生して、肉体に注ぎ込むと女神は生まれる。もちろんそれは便宜的な呼び名であって、何か彼女に特別な権威が備わるわけではない。挙げ句、かつて女神になり損なった者が、女神の意志を代行しているらしい。

 大問題である。女神になり損なった者というのは、かつて少年らと同じく真理を追い求めた人間なのだ。

 彼女は呪炎を生み直すことに成功した。それでも一向に見えぬ真理にいら立ち、あるいは肉体の滅びと魂の老いに怯え、それを己の身体に与えようと試みた。

 愚かな企みは失敗に終わり、彼女の心をいびつに歪める結果になった。

 届かない真理なら滅ぼしてしまえばいい。いっそ世界ごと創り変えてしまえば、自分が真理そのものになる。そして彼女には幸か不幸か、女神を創るすべが残されていた。

 そんな彼女の許に馳せ参じたのも、やはりこの世にやりきれない恨みを抱いた者ばかりなのだろう。

 幾度となく残酷な実験を繰り返し、女神の器たりえる女性が見つかってしまったのが七年前。バイスラントと国境を接していた、小さな村に住む若い女性だったらしい。

 ジェミニはいつもそうした情報に接してはいるが、こちらから干渉することは難しい。自分に不都合なことになれば、手を出せないのが歯がゆいこともままある。今回はダニエルという女神と繋がりのある男と接触できたし、彼はとても重要な人物であったから、外から支援することでどうにか対処できそうなのが幸いだ。

 かくして宵闇はジェミニの想像したとおり、完全に世界と相対するものになった。ジェミニが現在身を寄せているバイスラントにも少なからぬ被害が出ているし、何の策も打たなければシュタインブルクとて安全ではない。

 一刻も早く女神が止まらなくては困るのだ。ジェミニは感覚を鋭くして、いつもその瞬間を待っている。


「アリース、鍵は開いた……」


 少年は呟く。そうだね、と返事があった。

 彼の小さな世界には、ふたりしか存在していない。


「ダニエル・ギュルテンは女神の鍵そのもの。彼が傍にいるなら、じきに女神も開くだろう。これできっと終わる……」

「でもシルヴァ、フレデリク・ベルンケを行かせてしまってよかったのかな? 彼はきっと邪魔をするよ」

「大丈夫、彼には鍵穴を塞ぐ力はないから」


 そも、ふたりはどうして「ふたり」なのだろうか。双極星と呼ばれて久しいが、ジェミニの本質はひとつだ。身体こそ別れているが、内面に境界はない。

 忙しすぎて身体がひとつじゃ足りない、と冗談めかして言ったのはアレイスターだったが、じつはそれが真実なのかもしれない。それを含めて世界にはひとつの真理が巡っていて、ジェミニはそれを遠回りに求めるだけ。

 あるいはいつか、統合する日がくるのだろうか。


「ねえアリース」

「なんだいシルヴァ」

「いつ戻る?」


 彼らの脳裏にはいつもあらゆる事象が渦巻いている。それを整理して資料にまとめているが、量が膨大になるばかりで何年続けても先が見えない。ほんとうに忙しい。

 まだジェミニは終わらないのだと、安心する。

 存在の死を恐れるような俗っぽさを、ジェミニは存外気に入っていた。


「女神の停止を見届けたら、すぐにでも」

「そう……」


 アレイスターの返答に安堵して、シルベスターは再び眼を閉じる。できることならそのまま眠ってしまいたい。

 次に眼を開けたときに、ひとつになっていたらいいのに。



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