13、女神を手繰る歌
十三:
ダニエルの身体に突如起きた変化は、それはおぞましいものだった。
膝の肉がぶくぶくと膨れ上がって服の生地を突き破り、鎧を押し上げている。さらに皮膚は不気味な鉛色に変化していた。
ジェミニが何かしたような気はしていたが、これは一体。
慄いている間にも肉は増長し、圧迫されていた鎧の留め具がひとつ外れた。そしてまたひとつ。
「うわ、あ、あああ」
鎧の隙間から伸び出したそれは、うねうねと蠢きながら奇妙な角型になった。
凄まじい光景に、女の歌声も途切れた。それに合わせてエリサも止まる。手の中の炎も小さくしぼんだ。
「あ……あああ!」
内側から肉が食いちぎられているような感覚だった。
痛みはそこから次第に薄れ、ただ膨らんでいく肉塊だけがある。ダニエルには、もはや右足が自分の身体ではなくなってしまったように感じられた。
肉はその間もずるずると溢れ出し、あの火傷の黒い部分までもが露出した。
ジェミニに触られたときのように火傷が煮え立って、火山から吹き出した溶岩さながら、どろりと肌から流れ出ていく。しかし、足の感覚はすでにない。ただ起きていることを見ているしかできない。
溶液が地に落ちると、触れた草木が焼け焦げた。
「おまえ……それをどこで……」
すっかり歌うのを止めてしまった女が、今にも消えそうな声で問う。ダニエルは少し躊躇いつつ、ジェミニに、とだけ答えた。
女はジェミニを知っていたのだろうか。悔しそうにダニエルの右足を見つめ、小さく唸った。
「あたくしが……このあたくしが、双極星に負けたというの……」
じゅう、と鎧の焼ける音がする。
「いいえ、まだよ……まだ、あたくしには女神がいる。
女神はあたくしの極たりえる……!」
まだ諦めていないらしい女は再び口を開いた。どこの民のものでもない言葉で、女神であるエリサに命令をする。
そのころにはダニエルも気がついていた。女が歌うたびに、その身体が朽ちていくということに。命を削っているように見えたのは、まさしくそのとおりなのだった。
女は身を賭して殺戮を果たそうとしている。
エリサが再び動き始める。相変わらずの悲しい無表情で、かつて愛しあったダニエルに炎を向けるのだ。繰り返される悲劇に、しかし抵抗するすべがない。
動かぬ身体で考えた。
ここであの女とダニエルがともに死んだら、そのあとエリサはどうなるのだろう。女の他にエリサを操る者がドゥンケルハイトにいるかどうかはわからないが、なんとなくいないのではないかとダニエルは思った。
でなければ、恐らくは組織内で高い地位にある女が死にかけているというのに、誰も助けに来ないのが奇妙だ。
ジェミニが言うには、ドゥンケルハイトが全力を注いでいる女神なのだ。女に何かあれば、そのあと女神を引き受ける人物が、今この場にいなくてはならない。それが現れないのは、女がいなければ誰も女神を制御できないからではないだろうか。
そもそも命を削らねば命令できない相手だ。だからこそ女神と呼ばれたのだろうし、そのような女神の操縦法を、そう何人もが習得しているとは考えづらい。
思えば女が執拗に女神の所有を主張したのも、自分だけが彼女を支配しているという矜持の現れだったのかもしれない。
ここでダニエルが死んだら、エリサは野放しになる。
もちろんエリサが破壊を好むとは思えない。だがテロ組織によって怪物に変えられてしまった彼女なのだ。どんな恐ろしい可能性も、ないと言いきれまい。
──俺が、止めてやらなくては。
ただ、未だにダニエルにはジェミニの言う「鍵」がなんなのかわからなかった。もう少し一般人にも理解できる表現をしてほしいものだが、今さらそれを言っても仕方がない。
どうすればいいだろう。無言で炎を集めるエリサを見つめながら、ダニエルはかすむ頭で考え続ける。
すると、エリサと眼があった。
ノールザルツで再会してから初めてのことだった。ダニエルは瞬きもできずにエリサを見る。……エリサも、こちらを見ている。
何があったのだろう、今になって急に。それは些細な変化だったが、表情さえほとんど変えないエリサにおいては重大なことであるように感じる。
「エリサ……?」
「……エリサ! ダン!」
ダニエルが彼女を呼んだとき、どこからともなく、別の誰かの声が被さってきた。聞き覚えのある声だった。
ああ、やっと来たのか、とダニエルは思った。
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