0、昔話
*一本槍のダニエルと宵闇の女神の物語 について
・この作品はフィクションです。実在する国家・団体・個人その他とは関係ありません。
・内容は某大学某サークルの2012年度卒業展示会部誌・別冊に寄稿されたものを若干加筆訂正したものです。
・原案:紅佩音嬢。印刷作業中の戯言をまさか小説化するとは彼女も思っていなかったようです。私も思わなかった。笑
・作者と友人の疲れと悪ふざけから生まれた話なので、ところどころ支離滅裂です。とりあえず「一本槍」は笑いどころだと思って……っていうかここで笑わないともう笑うところありませんよ。
・全体的にすごーく暇な方向け。元が内輪ネタなので期待はできません。
・それでもいいよ死ぬほど暇だよって方はどうぞ。
↓
その娘の名前はエリサという。
村いちばんの美人で、若い連中は誰もかれも彼女のことが好きだった。そんなエリサを射止めたのは鍛冶屋の倅のダニエルで、まあ、お似合いだったよ。
きっとふたりは幸せな夫婦になるだろうと、みんな信じていたんだ。
……あんなことが、なければね。
序:
その日、ダニエルは森に薪を拾いに出かけていた。エリサはいつものように井戸の水を汲んでいたし、俺は窓辺でそれを見ていた。
ああ、そのころ俺は帳簿をつける仕事をしていたんだ。
そこへあいつらがやってきた。初めはただ、見慣れないのが何人か広場にいるなと思っただけだった。そのうち誰かが声をかけるだろうと思っていたら、それをしたのはエリサだった。そうそう、井戸は広場の端にあったんだ。
すると奴らのうち一人がエリサの腕を掴んだ。
あ、と思った。エリサに何をしようとしているんだ。
俺は大急ぎで机を離れて広場に向かった。だからそのあと起きたことはほとんど見ていない。
ただ玄関を飛び出した瞬間に、眼の前がものすごい光と熱に包まれた。眩しくてほとんど何も見えなかったけど、あれは、赤黒い恐ろしい炎のようだった。あまりのことに足がすくんでしまった俺を、爆風によって閉じられた扉が室内に押し戻した。
茫然とした。やがてあちこちから悲鳴が聞こえるのに気がついた。
扉が使えないので窓を破って外に飛び出したら、村中があの炎に焼かれていたんだ。人びとが逃げ回っていて、地面には人の形をした黒っぽいものが転がっていて、それはまさに阿鼻叫喚の地獄そのものだった。
俺はとにかく逃げ場を探してあたりを見まわしたが、もう村のどこにも燃えていない場所はなかった。それに村からの出入り口もすべて炎によって塞がれていて、誰もこの地獄から逃げられないのは明白だった。
粉屋のおやじが賢明に水をかけていたけど、黒い炎は決して消えなかった。
俺は咄嗟に自分の家に戻った。大事な帳簿類を保管するための大きな棚は、どんな火でも七度焼かれなければ燃え尽きないというシイギルイ材でできている。その中に入れば助かるかもしれないと思った。
まあ結果として、このとおり両足の火傷のほかはほとんど無傷でここにいる。
……ああ、ダニエルか。森からでもあの恐ろしい炎が見えたのだろう、彼は大急ぎで戻ってきた。ところが彼が村に着いたころには炎はほとんど消えていて、真黒な燃えかすになった建物のほかには、もうなにも残っていなかった。
ダニエルは村中を見て回った。誰か一人でもいいから生き残っていないかと、そう、何よりも彼女が生きていることを信じて探し回ったのだ。
そのときに俺も見つけてもらった。火傷で足が動かなくなってしまっていたから、もしダニエルがあのとき俺の家を覗いてくれなかったら、そのまま棚の中で餓死していたかもしれないな。
ともかくダニエルに担がれて家を出た俺は、最後にエリサを見たのは広場だったと伝えた。
俺たちはそこへ行った。炭と瓦礫を押しのけ掻き分けて、必死にエリサを探す彼を、俺は横でただ見ているしかできなかった。
そしてダニエルは、あるものを見つけた。
腕だ。肘から先しかない、女のものだろう細い左腕。
炭と化した瓦礫の中で奇跡的にほとんど燃えずに残っていた。その肌の色は健康的で美しく、働き者の彼女を連想させるものだった。それだけじゃなく、ダニエルは腕の主が間違いなくエリサであることを知ってしまった。
指……中指に嵌った、鈍色の環。
こちらの風俗は知らないが、俺たちの住んでいた村では指環を婚約の印として贈る風習があった。それも、女は左手の中指、男は右手のそれと決まっている。
しかもダニエルは鍛冶屋の倅で、婚約指環には自分で拵えた世界でただひとつのものを用意していた。
ちょうどこの悲劇の前日、エリサにそれを渡したのだ。俺はそれを見ていたから知っている。親友として婚約に立ち会うのは村でのしきたりだったから。
「エリサぁぁぁああああああ!」
あの日のダニエルの慟哭を、俺はきっと一生忘れない。
愛する女を失った男の悲嘆の叫びほど、俺に響くものはないだろう。なぜならそれは、俺が心のうちでいつも叫んでいるものと同じだからだ。
ああ、そうだよ、俺もエリサを愛していたんだ。