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第8話 Obsidian




『ミラー‼ロウー‼アキー‼』

あるライブハウス。

悲鳴にも近いほど大きな歓声が、あちらこちらから飛んでいる。

歓声たちの視線の先には、それぞれに楽器を構えた、1人の女と2人の男。

どうやら、彼等のバンドのライブ中らしい。

ミラという呼びかけに反応し、挑戦的な微笑みを零した女は、蜃気楼のような儚げな、でも凛とした美しさを持っている。

美しい金髪に、青い瞳。



「萌奈美か……?」

観客たちの中、疑問を持った男が1人。





◆◇◆◇◆◇◆



「皆‼」

バン!という音とともに、目を輝かせた日向がリビングに飛び込む。

「なんだよ、うっせえな。」

ソファーで目を閉じていた真樹がイラついた声を出す。

「聞いてくれよ!チケット!取れたんだよ!」

手には、6枚のチケットを握りしめている。

「何の?」

有希が、興味深々になって聞く。

Obsidian(オブシディアン)のライブ!3年ぶりにやっと復活したんだよ」

「本当か⁉またミラたちに会えるのか?」

翔が、珍しく興奮している。

「なんだ、そのObsidianってのは?」

真樹が問う。

「うるさい。ギャーギャーと騒ぐな。」

キッチンからコーヒーカップを持った昌が出てくる。

萌奈美以外の住人が全員揃っている、現在木曜日の午後21時34分。

ここの住人たちは、なぜだか自室にはあまり居らずにリビングに集まっている。

「3ピースのバンドだよ。メタルからダークなものからポップスまで、なんでもこなせるすごい人達。」

懐かしむように翔が話す。

「よくわからないけど、復活ライブするらしくてさ、ちょうど6枚チケット取れたんだよ。

再来週の土曜日の夜、皆空いてるよね?モナミンも誘ってライブいこうぜ!」

日向が続いた。

「ま、たまにはいいんじゃねえの?」

真樹が笑う。

有希は、俺も行く!と、張り切っている。

黙っている昌は、賛成しているととっていいのだろう。

「あれ、萌奈美ちゃんは?」

翔が首をかしげた時、

「ちょっと出かけます。」

萌奈美がリビングの扉を開いた。

肩には、ギターケースのようなものを担いでいる。

「こんな遅くに?あれ、ギター?」

萌奈美を心配したような顔で翔が見る。

「遼が一緒ですから。」

翔が萌奈美の担いでいるものに触れたことに返答はない。

「2日ほど留守にしますので、何かあったら連絡ください」

頭をペコッと下げ、萌奈美が出て行った。

外からは車のエンジン音。

遼が迎えにきているのだろうか。

「いってらっしゃい」

翔が言うよりはやく、萌奈美は玄関を出ていた。

「モナ、何してるんだろうな」

有希がうーんと唸る。

日向の携帯電話が鳴る。

「ま、俺たちが余計な詮索してもモナミンは教えてくれないと思うけどね」

日向が、言いながら携帯を一瞥し、立ち上がった。

「部屋戻るの?」

何気に翔が聞く。

「ちょっと倉庫までね。どっかのチームが来ちゃったみたいだから。」

困ったように微笑んだ。

昌が、日向に視線を向け、何か言いたげな顔をした。

「心配しないでくださいよ。昌さんに迷惑かけたりしませんから。」

なぜだか、昌にだけは敬語の日向。

「…ああ、気抜くなよ」

一体、何の話なのだろうか。

翔や有希、真樹にはわかっているようだ。




──────数日後。

萌奈美は家に帰ってきていた。

部屋に篭り、食事を作る時以外は全く出てこない。

出てきても、その両耳をヘッドフォンが塞ぎ、萌奈美が誰かの呼びかけに気づくことはない。

部屋からは、ギターよりも低い、重圧感のある音が聴こえていた。

それに乗せ、聴き取れはしないが、萌奈美が歌を口ずさんでいるのも聞こえた。


何日かに一度、遼が萌奈美を迎えにきて、そのまま数日帰って来ない。

帰ってきたと思ったら部屋に篭りっぱなしという生活が続いた。

日向がチケットを取った、『Obsidian』のライブの日も、同じく、萌奈美は家にいなかった。

結局、萌奈美のことを誘うことは叶わず、5人で行くことに。




しばらくぶりに復活したObsidianのライブ会場は、言い様のないほど凄まじい熱気に包まれている。

「すげえな。」

真樹が口を開いたその時、照明が一気に落ちる。


『キャーッ!!!!!!』

そう、それが開幕の合図。

ステージにスポットライトが当たる。

1人の女と、2人の男。

女は中央のマイクの前に立ち、ギターよりも低い音でリズムを刻む、ベースを手にしていた。

女も男も、酷く美しい容姿をしていた。

特に女の、金髪に青い瞳は、人を引き込む美しさを持っていた。

初めて彼等を見た有希、昌、真樹は固まっていた。

昌だけは、眉間に皺を寄せ、女を見つめている。

「皆、久しぶりだな。」

女が、口角をぐっと上げる。妖艶なそれは、神が創り出した完璧なもの。

観客たちが歓声を上げる。

「あたしらのこと、覚えててくれてありがとな。あたしも、久しぶりにここに立てて嬉しい。こんなバンドで良かったら、これからもよろしく。ミラでした」

女が、ウィンクする。

それを、合図に、ドラムがカウントをとり、曲が始まる。

脳に直接響いてくるような、力強いドラム。

それに乗せて、幻想的かつ、芯の強い、尖ったギター。

そして、それを支え、しかし、打ち消されることのないベース。

歌詞が始まり、女がメロディー紡ぎ出す。

ダークな曲調によく合う声。

その次のポップな曲にも、意外と女の声ははまっていた。

誰もが、その空間に酔いしれ、目を奪われていた。



「萌奈美か……?」


鳴り響く爆音のメタルの中、1人呟いた声は、誰にも届かない……

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