第1話 管理人
桜が散り、心地よい風が吹いている。
ボストンバッグを左肩にかけた女性が、かけている眼鏡を外し、風によって乱れた綺麗な黒髪を指で梳かす。
眼鏡をかけなおし、目の前の大きな一軒家を見つめる。
門には、表札替わりに文字が彫られている。
「ここが神谷荘……」
彼女から発せられた声は、その小柄さとは不釣り合いな、妙に冷静なものだった。
ボストンバッグを握り直し、インターホンを押す。
「はいはーい。どちら様ー?」
中からドタバタと出てきたのは、高校生くらいの男だった。
ピンでとめ、上げた前髪。
片耳にだけつけたピアス。
チャラチャラした外見だが、顔立ちは幼くて可愛らしい。
「はじめまして。今日からここの管理人兼住人になりました、神谷萌奈美です。」
「…は?」
男が口を開けたまま、目をパチパチさせている。
「失礼します。」
硬直している男の横をすり抜け、彼女──────神谷萌奈美が中へ入って行く。
初めて来たのであろうが、昔から住んでいる家の様に迷わずリビングまで進んで行く。
萌奈美が開いたドアの向こうにいたのは、4人の男だった。
「えっと、君………」
「ちょっと!どういうこと⁉」
先程の男が、またもやドタバタと走ってきて、中にいた男の声を遮った。
「改めまして、今日からここの管理人兼住人になりました、神谷萌奈美です。よろしくお願いします。」
驚く男達を気にせず、挨拶をする。
「萌奈美ちゃん…だっけ?」
リビングにいた男の内の好青年が、萌奈美に声をかける。
「どうかしましたか?」
萌奈美の表情は変わらない。
「ここ、男しかいないよ?
何かの間違いじゃない?」
「いえ、間違えてはいません。
これ、見てください。」
彼女が取り出したのは、一枚の紙。
先程の男が手に取り、読み上げる。
『萌奈美ちゃんへ♡
しばらくの間、僕の神谷荘の管理人をお願い。
住んじゃっていいからね♪
5人、男が住んでるから、何かあったらすぐにおじ様に連絡するように!
功作おじ様より♡』
「えっと、萌奈美ちゃんは功作さんの知り合い?」
どうやら、お互いに知っている人物のようだ。
「私の育ての父です。」
皆が呆然としているのに対し、一人だけ淡々としている萌奈美。
「なるほどね!そんじゃ、よろしくね。モナミン」
玄関を開けた男が、納得したように笑って萌奈美と握手する。
先程の驚き様とは打って変わり、あだ名までつけている。しかし、彼女の表情に動きはない。
「俺は、紫田 日向」
続いて、萌奈美の対応をした優しそうな男が口を開く。
「僕は、暮坂 翔。何かあったらすぐに言ってね。よろしく、萌奈美ちゃん。」
続いて、ソファに腰かけた金髪の男。
「俺は、真野 有希。よろしくな、モナ!」
ニカっと笑った時に八重歯が見える。
次は、先程から一言も言葉を発していない、無表情な男。
「藤岡 昌だ」
口下手なのか、それだけで終わってしまう。
最後は、美しい顔立ちをした男。
「俺は、紅月 真樹。萌奈美ちゃん、よろしく」
さり気なく近寄って手を握り、手の甲に軽くキスをする。
普通の女性であれば、今の行動だけで彼に好意を寄せるであろう。
「どうも」
どうやら、萌奈美には通じないようだ。
男5人に、無表情な女が1人。
一風変わった共同生活のはじまり───────────────────────