剣奴たち
「――ねえ僕たち。得意なことはあるかい?」
「かけっこ。あと木登り」
「あと水泳も」
「サッカーもできるぜ」
「キャッチボールも」
「そうかそうか、みんな運動が大好きなんだな」
「うん、あとね――決闘ごっこ」
「決闘ごっこ? おじさんたちが小さい頃には、そんなのなかったなあ。教えてくれるかい?」
「えっと、まず、好きな枝を拾ってくるんだ。それから、おばさんには内緒だけど、孤児院の庭にある杉の板を持ってきて、それを剣と盾にする。それで決闘するんだ」
「そうかそうか。たくましい子たちだなあ! ――じゃあ、その決闘ごっこ、本物の剣と盾でやってみたくないかい?」
「いやだよ。切れたら痛いだろ?」
「ちゃんと練習すれば痛い思いはしないよ。それに、金属の鎧を着て戦うんだ。痛くないし、格好いいだろ?」
「うん、そうかも」
「かっこいい!」
「そうだろう? いま、おじさんたちは他の人たちも誘ってるんだ。その中でも君たちは一番才能がありそうだ! どうだい、いろんな人と戦ってどんどん勝てば、まるで英雄みたいになれる」
「おじさん、おれ行くよ! 全員やっつけて、ヒーローになってやる」
「でもジャン、そんなことしたらおばさんに怒られちゃうよ」
「大丈夫だろ、こっそり行けば」
「すぐばれちゃうって」
「ねえ君たち、そのおばさんってどこにいるんだい?」
「ほら、そっちの岩場。その左に見える丘の上の孤児院だよ。僕たちもそこで暮らしてて、おばさんが面倒見てくれてるんだ」
「やかましくて、時間にうるさくて、みんな嫌いだけどね」
「――よし、じゃあ、おじさんが説得しにいくよ。それで納得してもらえば、みんな怒られないだろう?」
「うん。だけど、あの人、絶対だめって言うよ」
「うん、きっとそう」
「日が暮れるまで遊んでたら、めちゃくちゃ怒るもんな」
「大丈夫、上手くやるさ。おばさんが許してくれたら、また詳しい話をしよう。すぐ戻ってくるから、ここで待ってるんだぞ!」
――これが始まりだった。その会話の仔細を一言一句、未だに覚えている。十歳かそこらのときの話だと言うのに。
その後、孤児院のちびっ子たちを勧誘したおじさんは、見事おばさんの『承諾』を得て戻り、夢を膨らませる少年少女たちを、裏に止めてあった自動車にぎゅう詰めにした。
今思えば、そこから〈アイランド〉までの旅路はなかなか劣悪な扱いだったのだが、子供たちはそんなことに微塵も気付かなかった。
昨今、剣闘士の成り立ちはほとんどがこんなものだった。暇を持て余す〈アイランド〉の住人が『未開の地』の若い人間を『勧誘』し、いくつか存在する訓練ギルドに入学させ、厳しい訓練を受けさせる。
孤児院での日常にうんざりしていたころの幼い期待は、ここに来て二日くらいで雲散霧消してしまった。
――こんなことをわざわざ思い出したのは、今目の前にいる人間が、そんな苦しみを味わってこなかっただろうからだ。
「君がカント・ナータスですね。ここまで生き残っていたとは、見事ですよ」
カントの前の男が、嫌味たらしい口ぶりと張りつけたような笑顔とともに、手を差し出した。
「頭突きをしてまで生き残ろうとするとは――。僕なら思いつきませんよ、もう」
「……それはどうも」
先に聞いたところによると、彼は自分より一歳年下らしい。しかし、上品なしゃべり方と表裏一体の高慢さは、まさに〈アイランド〉の上流階級を象徴していた。
日焼けとは無縁で過ごしてきたことがありありと分かる肌を持ち、細面に軽い嘲笑を浮かべているのは、ジョエル・セレスタン。〈アイランド〉財務局の大物の子息だった。
「君はこのギルド出身ですか? ここは僕の父が出資しました。あなたも感謝してください。偶然生き残れたのは、僕たちのおかげなんです。 ――もちろん、僕はこんな薄汚いところとは無縁でしたけどね」
僕は個人で手取り足取り教えてもらいましたが、とまでは言わなかったが、そう言っているも同然の青年を、カントはじっと見つめた。
いくら個人レッスンを受けようが、機体を磨く召使いがついていようが、討議会のルールとして、所属は決めておかなくてはならない。そこで、この訓練ギルドが選ばれたのだろう。
剣闘士という仕事は、巷では『汚れ仕事』であるという感覚が強い。人々の日ごろ受けてきた抑圧を発散させるために、自らの身をささげる。それは、どことなく水商売に酷似していた。剣に従い、客に媚びて生きていくのだから。
剣闘士は往々にしてとんでもない額の財産を築き上げることがあるが、我々は剣と契約した『剣奴』であり、人々から称賛される富と名声ではなかった。
だが、そんな薄汚れた金にも寄ってくる人間はいるにはいるようだ。
「……これから、よろしく」
高々な相手の鼻をへし折るわけでもなく、カントはごく無難に締めくくる。
振り返ってアーティーの姿を探したが、この会談が行われたガレージの中にはいなかった。彼のような、ふらふらと無駄口を続けるやつが、いまは必要だったのに。
自分の機体の左に、もう一機が整備題に固定されようとしていた。明日の初陣を控える、ジョエルの機体だった。
「……」
無意識の間に、並んだ二機を見比べる。
両機とも、鋼の色をそのまま映した銀色で、お互いの姿をその身に映していた。
兜のように、滑らかに隙なく固められた頭部の眼の位置にはカメラがのぞき、人間の比率からいけばやや細めの腕が太古の鎧のような肩飾りをつけて、同じく銀色に輝いている。
ただ、カントの機体の方は、機体の表面がいぶしたようにくすんでいた。なんどもなんども斬撃を浴び、へこみ、それを打ち直してきた結果だった。
なぜだか、その戦いの跡を見つめていると、気分が良くなった。隣の傷一つない機体と比べると、なおさらだった。
「そうそう、あなたに教えてあげますよ」
「え?」
ジョエルが芝居がかったやり方で、手でメガホンを作り叫んだ。
「ここは這いずり回って生き残る場所じゃなく、客を満足させるところだってね!」
カントは、その言葉の主には振り向かず、ライトに照らされた鋼の巨体を見つめて、目を細めるだけだった。
まあ、どんなに鈍くても、明日には気付くだろう。勝敗が何で決まるかを。