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剣闘士は鋼を駆る  作者: 鴨久知夢
装甲剣闘士
4/8

イーナ・アドウェル

 試合開始のブザーは、全く聞こえなかった。

 客の歓声のせいか、自分の心音のせいか。

「訓練通り、訓練通りだ――」

 誰もが通る道で、誰もが繰り返す言葉をつぶやきながら、カントは敵を睨みつけた。

 この戦いは、いわゆる前座試合だった。今の自分の相手であるベテランが、午後に再び試合を組まれていることからも分かる。

 新人の最初の試練。これは運だ。くじ引きの結果、自分とそう変わらない技量のものと、初陣で戦うこともできれば、闘技場のスターとぶち当たることもある。

 カントの場合は、後者だった。

 数十メートル先で敵機は傲然と剣を構える。細身で突きを主体とするレイピア。そしてソードブレイカーと呼ばれる、敵の剣を叩き折ることを目的とした短剣。それを左右に構え、怪鳥のようにこちらをつけ狙っているのは、闘技場でも五指に入る凄腕だった。

 名を、イーナ・アドウェルという。数少ない女性の『剣奴』にして、総勝利数四十六。

 カントは、観客の残酷な欲求にこたえるための、生贄でしかなかった。

「ふう……」

 彼の三度目の深呼吸が終わった時、それは始まった。

 突風。イーナ機が一気に彼我の距離を縮める。右手の剣を持つ者の死角である、左側に、踊るように回り込む。

「うわっ!?」 

 銀色の残像とともに、何かが振り下ろされた。しかし、反射的に盾で防いだものは刃ではなく、その柄だった。

 数トン級の打撃に目を回す暇も無く、さらなる攻撃が来た。今度は左手の短剣を使って。こちらの腹を薙ぐような軌道で迫ってくる。

「え?」

 とっさにそれを右手の剣で受けたカントは、自分で自分を殴りたくなった。

 彼の剣――セミスパタは、イーナ機の短剣、つまりソードブレイカーの峰の溝につかまっていた。

「――ええい!」

 後ろに飛びずさって危機を回避しようとするカントを、イーナは巧みな機動で追従し、まったく同じ間合いを保ち続ける。

「!」

 セミスパタを溝に絡めとったまま、イーナ機はひょいと手首をひねる。

 カントの生命線たる剣は、あっさり折れた。

 本来、ソードブレイカーは、レイピア等の細身の剣を叩き折るために使われる。レイピアよりずっと幅があり、強いセミスパタをどんな力加減で、どんなタイミングで手首を返せば――? カントの想像力では何も分からなかった。

「くそっ、とりあえず!」

 盾をかざして後ろに跳ぼうとしたとき、敵のレイピアが、カント機の左肩を突き刺した。

 フレームの関節部分を正確に狙った一撃。

 コクピット内に響く警告音を気にするまでも無く、左腕がどんな入力にも反応しないことに気付いた。

 すぐにレイピアを引き抜き、今度は指揮をとるかのように振りかざす。

 左腕が寸断された。

「なっ――ああ?」 

 火花を散らしながら一刀両断され、ごろりと地面に転げた自機の左腕。左半身の重量のうち数十パーセントを失ったことで、機体は大きくよろめいた。

 剣は先から半分が叩き折られ、盾は失った。もはや、こちらのリーチは拳を振りまわすことができる程度でしかない。

 容赦なく攻撃が続く。

 血糊のように刀身に付着したオイルや金属片を優雅に払った後、もう一度突きが繰り出された。

 今度は左腕。閃光はひじ関節を完璧に穿ち、その勢いで、カント機の二の腕はあらぬ方向に折れ曲がった。

「くそったれ――」

耳をふさぎたくなるような警告音の中心で、歯を剥きながら彼は叫んだ。

「死ねるか!」

 いや――死ぬのは確実だ。誰もがそれを納得している。敵も、観客も、自分も。

 それなら、せめて!

 両腕が使えない状態。しかも、初めての本当の危機。命の危機。それが、自分でもあり得ないようなバランス感覚を発揮させ、カントは機体を跳ばせた。

 思い切り、出るだけの出力で、前に。

「りゃあああ!」

 頭突きだった。

 こんなことをしたところで、大勢が変わらないのは百も承知だ。そんなことはどうでもよかった。

 このまま終われるか。

 自分が矢に化けたような感覚で、距離は一気に縮まった。レイピアの得意な間合いを飛び越え、拳が物を言う領域に――

 ざくり。

 突然、世界が消えた。

 モニターは全てブラックアウトし、死のショーにあれだけ騒いでいた観客の声もぱたりと止んだ。最後に聞こえたのは、ぞっとするような、鉄の装甲がひしゃげ、中身がかき乱される音。

「……」

 疑いようがない。頭部が破壊されたのだ。おそらく、一瞬で間合いを取りなおした敵機のレイピアで刺し貫かれて。

 そこからは、なにも分からなかった。

 蹴り飛ばされたのか、殴り飛ばされたのか、はたまた両足を切り飛ばされたのか。とにかく、機体が地面に倒れこんだ衝撃を感じるのは、そう遅くはなかった。

 敵機は、最後のとどめに入ったに違いない。

 もし生身だったら、目を閉じ、耳をふさいでいても、その剣風を感じ取れただろう。

「……」

 そして、彼は死んだ。

 目が覚めた。 


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