表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣闘士は鋼を駆る  作者: 鴨久知夢
装甲剣闘士
2/8

その偶然

 馬のいななきのようなブザーとともに、二対の剣闘士はゆっくりと動き始めた。泡立つような歓声。

 全く同じ形をした五メートルの巨人は、お互い鏡のように円を描き、互いに回り込もうとする。

 これは喧嘩ではない。同じ機体を用い、自らの肢体を用い、全ての上で敵を圧倒するものだ。その理路整然とした戦いには、なにより名誉が求められた。そして、無慈悲さも。

 カントは、ペダルを慎重に操作しながら、乾いた闘技場の地面をなでつけるように機体を横移動させ、相手の様子をうかがう。

(機体をオシャカにしてくれるなよ)

 彼は、整備主任のアーティーの言葉を反芻した。

 この戦いでは、散々間合いを取りあった末、一打ちで勝負が決する場合も多い。負けるか、全くの無傷か、どちらかなのだ。

 大体、機体がオシャカになった時には、たいがい自分も死んでいる。

 先ほどの犠牲者のように。

 慣習として、勝負が決まり、どちらかが相手に剣を突き付けた状態になった時、観客は敗者の運命を決めることができる。処刑か、助命か。

 観客たちの機体に応えられず、無様な負け方をした先に待っているのは、たいていの場合、死刑宣告だった。

 二週間前の人生最初の試合、自分は観客の納得する戦いをしたとは言い難い。一撃のもとに剣は折られ、地面に叩きつけられ――

「……馬鹿野郎」

すんでのところで自分をいさめる。

 誰が好き好んで、前回死にかけたことをこの場で思い出すだろうか。カントはモニター越しに敵を睨みつけた。

 すでに試合開始から二分が過ぎようとしている。壁のように席を埋める観客も、ボリュームをひねったように静かになっていった。幾度となく血を見てきた彼らは知っているのだ、そろそろどちらかが踏み出すことを。

「!」

 見えない円周上の道から踏み出し、突進を始めたのはカントではなかった。敵はほんの数歩で間合いを縮め、その運動エネルギーをそのままに、突きを繰り出す。

「おわっ」

 危なかった。あと数瞬、先ほどの暗い思索にふけっていたら、盾をかざすことも間に合わなかっただろう。ぎりぎり、跳ね上げた盾は、カントと凶刃との壁になる。

 しかし、その攻撃に乗せられた質量を跳ね返すことは不可能で、カント機は大きくのけぞった。

「ちくしょう!」

ペダルを蹴り飛ばし、軸足を後ろへ振ることで、なんとか転倒だけは避けることができた。しかし、

「ここまでだな」

そう観客の声が、聞こえてきたように感じた。

 体勢が大きく後ろに傾いている状態では、下半身はこれ以上ないほど無防備であり、相手もそれを逃す気はなかった。

 武器は使わず、足をすくうように蹴り飛ばしてくる。

「……!」 

 剣戟とはまた別の重い衝撃から立ち直ったカントが見たのは、仰向けに転んだ自機に切っ先を突き付けている敵だった。

 ジャッジの時間だ、そう思うまでも無く、集音マイクから、観客の足をふみならす音と、怒号が聞こえてくる。

 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ――

 自分に突き付けられた切っ先を見た。それは胸から数寸のところにある。その装甲の奥には、操縦席があり、自分がいる。

 この機体は――装甲剣闘士はとても高価だ。おいそれと買いそろえられるものではない。操縦士も高くついていることは間違いないが、観客の決定には逆らえない。ならば機体の損傷を出来るだけ少なく、「中身」のみを一刺しにする――それが主催者の喜ぶところだと聞いた。

 自分の命を絶てとの叫びは、だんだん大きくなってくる。その叫びに押され、少しだけ敵の切っ先に力がこもったような気がした。

 さらに膨れ上がっていく処刑宣告。ここで何度も何度も繰り返されたルーチンワーク。観客にとっては、ありふれた半端者の死だ。そんな死は、あっという間に忘れ去られる。

もちろん、敵にとっても。きっとそうだ。

 そして、待った。

「……おい」

死を確信したほんの瞬き一回分、覚悟したそれは訪れなかった。敵の鋼の頭が、ほんの少し揺れ動いた。それは、ためらっているのか。

「おい!」

カントはどこから来たのか分からない怒りにまかせて、右のペダルを思い切り踏んだ。

 やっと覚悟を決めたかのように、切っ先が落ちてきたのは同時だった。

 必殺の突きは、剣腹が振りあげた右足に当たって捻じ曲げられ、胸部装甲を大きく削りながら地面に突き刺ささる。

「この野郎!」

今度は左足を突き出す。足裏が相手の機体の腹を強打し、相手は地面に突き刺さったままの剣を支点にして、ごろりと横に転げた。相手の剣が、その手から離れた。

 じたばたと、決してスマートとは言えない挙動で機体を立たせたカントは、相手の頭部を力任せに踏みつけ、同じように切っ先をつきつける。

「……」

 今ごろになって、カントはいま自分が取った行動を、その結果から確認しようとした。

 だが、どうもうまくいかなかった。

 再び、審判が下される。

 気まぐれな判事たちは、なんの抵抗も無く判決を覆した。

 殺せ、殺せ――そこの臆病者を殺せ――そこの半端者を殺せ――

 足の下から、擦れるような金属に悲鳴が聞こえた。

「くそ……」

 これはただの偶然だ。相手が今のように自分を踏みつけていたら、隙を見て蹴り飛ばすことは到底かなわなかっただろう。

 なにより、相手がためらいなく、その刃を押しこんでいれば。

 自分は一分前に死んでいた。

 何一つ、こちらは相手に勝っていない。

「こんなことで――」

 こんなことで。

 生死が決まっていいのか。

 こんなことで。

 自分が相手を殺していいのか。

 喉が苦しげに鳴った。わずかな手の震えが、ちいさな誤動作を引き起こし、ほんのわずか、切っ先が相手の胸に近づいた。

 いいぞ――びびるな――やっちまえ――

 大騒ぎの観客席から、そんな叫びが聞こえてきた。

 そこのびびりとの違いを見せてやれ――

「この――」

 そうだ。違いがあった。敵との違い。

 人生が偶然によるものなら。

 偶然が道を開くなら。

「この――」

 自分は、その偶然を勝ち取ったのだ。

「この野郎!」

 コンマ幾秒で、カントの突き降ろした剣は地面に達した。

 装甲板も、電子機器も、中の人間も、全てが同じ手ごたえだった。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ