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英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~  作者: 東出八附子


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25話 バトン・タッチ

 

 モーター動力のリミッター解除。出力20%増という恩恵を得る代償は、数分間の動力停止であった。

 背後でラッテが不安そうにマヒロを見つめる。対するマヒロは落ち着いていた。一番の対処法は、電源復帰時、いかに落ち着いて操縦に戻れるかということを知っているからだ。

 

「奥の手を使うとこうなるんだ。まあでも、逃げ道は確保してあるから問題ない」


 マヒロは得意そうな表情で、開いたハッチを指さした。勝利後の状況を見越したハッチ開放である。

 

「復活にどれくらい時間がかかるの?」

「正確には分からない。たぶん5分くらいじゃないかな」

「間に合わないよ!」


 ラッテは周りを見渡しながら叫んだ。敵がすぐ近くに迫っているのだろう。そんな焦る彼女に、マヒロは優しく笑顔を向ける。


「だから機体を破棄して脱出しよう。先に脱出していてくれ。僕はやることをやってから後を追うから」

「いやだ」


 ラッテはマヒロの提案を即答で否定した。ラッテは今にも泣きそうな顔をしている。


「貴方が脱出する気なら、もうベルトを外してる。私(ラッテ)が考える貴方なら、そうしてるよ」


 ラッテの指摘を受けて、マヒロは困った表情を浮かべた。図星である。

 

「……解像度、高いね」

「貴方はここで死ぬ気だ。私(ラッテ)を逃がすために。あの女の人と同じ顔してるんだもん、化け物の私(ラッテ)だって分かるよ」


 ぐうの音も出ない、完全な論破だった。マヒロは痛む左腕を抑えてシートにもたれこんだ。


「左腕の感覚が、けっこう無くなってきた。今までも割と怪しかったけど、最後のヤンチャでかなり消耗したみたいだ。もうまともに走れるかどうかすらも怪しい。これ以上君と一緒だとお荷物になってしまう」

「私(ラッテ)が守るよ。だから一緒に逃げよう。諦めないで」

「だめだ。このまま離れたら、<残影>が操化されるかもしれない。僕のせいで<残影>が人間を殺してしまうかもしれない。それだけは絶対に許せない。死んでも死にきれない」

「そんな……そんなの……!」


 だからマヒロは決断した。ラッテと分かれ、自分は囮になる。そして敵を1匹でも多く道連れにするのだと。

 その考えを理解しているからこそ、ラッテも返答を詰まらせているのだろう。歯がゆそうに尻尾をギュッと握りしめている。


「化け物の私(ラッテ)のために、どうして命を差し出せるの?」

「君が心優しい人間だからだ」


 マヒロの即答を聞き、ラッテははっとして彼を見つめた。


「僕の考える『化け物』の定義はね。人間を何の感情も持たず殺して回る奴なんだ。でも君は僕らを何回も必死に守ってくれた。〝ドクター〟を助けられなくて悲しんでいた。君を『化け物』のカテゴリーに入れられないな」


 我ながら恥ずかしい事を言ってるな、と思ってしまった。だがどうせ最期だ。死ぬ前のかっこつけなんて恥ずかしくない。自分のかっこつけで、ラッテが自分のことをもっと大切にしてくれるなら、それでいい。

 

「マーキュリアから人間を守る。そのために僕は訓練を続けてきた。今日の僕が取ってきた選択を、間違いとは思っていない」


 死は不平等に、突然のタイミングで訪れる。だからこそ今この瞬間を精一杯生きる。人生は太く短く、今できることをやりきる。シミュレーターで何度も死を味わい、そして至ったマヒロの信条(モットー)であった。

 沈黙する<残影>の元に複数のRR(レイドランナー)の足音が近づいてきた。先ほどの部隊のものだろう。発見も時間の問題だ。

 

「まあ、僕がもっと強かったら、君を安全に外まで連れ出せたんだろうけどね……ごめん、弱くて」

「……弱い? 貴方が?」

「もう時間が無い。早く脱出してくれ。大丈夫。死ぬのは慣れているんだ。冗談じゃなくね」

「違う……絶対に違う!」


 彼女は叫びを聞き、思わずマヒロは振り向いてしまう。

 

「HERO(ヒーロー)さんは間違っている! 貴方は強い子だ!」

「強っ――えぇ!?」


 そして予想もしなかった呼ばれ方をされ、マヒロはぎょっとしてしまった。


「待って待って!? なんで君が僕の認識コードを知ってるんだ!?」

「シミュレーターで私(ラッテ)と戦ったよ。<残影>に乗ってたの、私(ラッテ)」

「はいぃ!?」

「貴方がライフルのリロードをした時にピンときたよ。やっぱり間違ってなかった」


 マヒロは一瞬でパニックになった。彼の想像していた『UNKNOWN』は茶目っ気で余裕のある大人のナイスガイだったのだ。蓋を開ければ自分と同年代の可愛い女の子なのだから、認識がズレすぎて脳みそだってバグる。

 そんなマヒロに構わず、ラッテは彼に告げる。


「聞かせて。私(ラッテ)は弱かった?」

「とんでもない! <残影>を僕以上に乗りこなしていた君に、勝てる見込みなんて全く無かった!」

「私(ラッテ)だってそう思っていたよ。確かに私(ラッテ)は勝った。でも楽勝じゃなかった。撃墜でもなかった。耐えて、生き延びた。軍の偉い人でも無理なことを、貴方はやってのけた」


 マヒロはラッテから目が離せなかった。彼女の言葉の熱量が、決して慰めではないと分かったからだ。

 

「私(ラッテ)と逃げている今だって、普通の人なら何回も死んでいた。それでも不可能が可能になる奇跡を、貴方は何度も何度も見せてくれた。私(ラッテ)はずっと感動しっぱなしだったんだよ」


 ラッテは自分の尻尾をぎゅっと抱きしめた。おそらく感情が昂った時の癖なのだろう。


「あの女の人が伝えてくれって言っていた。『強い子になった』って。一緒に乗ってみて、はっきり分かった。あの人の言うとおりだ」

「〝ドクター〟……」

「自信を持って。貴方は、強いんだ。それも強いだけじゃない。優しくて、立派で、素敵な人だ」

「僕は、強い……」


 マヒロは思わず反芻していた。圧倒的な操縦技量を持つラッテ。そして訓練に関しては自分を褒めなかった〝ドクター〟。そんなふたりから認められた。素直に喜びたい気分だ。

 でも、今は駄目だ。目視できる距離までRR(レイドランナー)型(タイプ)が迫っている。

 

「貴方のような素敵な人、こんなところで死なせたくない。絶対に守りたい」


 ラッテは決意を固めた瞳でマヒロを見た。


「HERO(ヒーロー)さん。私(ラッテ)、これから<残影>を操縦する。それならまだ戦える」

「これからって……機体にかなり無茶をさせた。もうシミュレーターのような動きはできない」

「問題ない。それよりもひとつお願い。私(ラッテ)の操縦、ものすごく荒っぽい。死んじゃうかもしれない。つらいと思う。でも頑張って耐えてほしい」


 確かに、ラッテの操縦は非常にアクロバティックだ。かかるGも相当なものになるだろう。しかも不安定な立ち乗りで耐えなければならない。片手を封じられた状況では自殺行為である。

 とはいえ、彼女の操縦技術は自分よりも遥かに上だ。可能性があるなら賭けよう。根性を見せるときだ。

 だが。マヒロにはどうしても彼女に直してほしい事があった。


「ひとつ、条件を飲んでくれ。そうしたら頑張る」

「どんなの?」

「『HERO(ヒーロー)さん』呼びはやめてほしい。僕の名前はマヒロだ」


 理由はシンプル。マヒロはHERO(ヒーロー)呼びが嫌いだから。それだけだ。きっと彼女とは長い付き合いになる――ならば呼ばれかたくらい、変えてもらいたい。ただそんな、しょうもない理由である。

 そう告げられたラッテは一瞬、きょとんとした表情になった。しかしすぐに、どこか楽しそうに、少しだけ微笑んだ。

 

「分かった。じゃあHERO(ヒロ)にする。頑張ろうね、ヒロ」


 可愛い。


 初めて見せた彼女の笑顔は、普段の無表情も相まって、マヒロの脳裏へ鮮烈に刻み込まれた。

 だが見とれている場合じゃない。席を交代せねば、彼女が操縦できない。


「時間がない。急いで場所を交代しよう」

「ううん。ヒロはそのままでいて。とても揺れるから、しっかり捕まっていてね」

「そのままって……君が操縦できない――」


 マヒロの声を遮るようにラッテは尻尾の先端をコクピットの床に振り下ろした。カァンッ、と甲高い金属音を立てて尻尾の先端が床部に突き刺さる。直後、ラッテの尻尾の中に青白い閃光が走った。そして循環式電励機関《サーキュレイト・モーター》の静かな起動音がコクピット内に木霊し始める。

 電源を取り戻したディスプレイが再点灯した。


【不明なデバイスが接続されました】

「へ?」


 マヒロの声が裏返る。<残影>のナビ音声がありえない台詞を再生したからだ。

 

【ただちに接続を中止してくださ――】【――プログラム再定義(オーバーライド)、開始(スタート)】


 無感情なナビ音声が途中で途切れ、代わりに聞こえてきたのはラッテの静かな宣言。その声は彼女の喉ではなく、機体内のス(・)ピ(・)ー(・)カ(・)ー(・)から発せられた。

 ディスプレイの中では目まぐるしく画面が切り替わり、目に追えない速度でプログラムが次々と書き換わっていく。もはやオカルトだ。

 

「なんだよ、これ!? 何をしてるの!?」

 

 恐怖に駆られたマヒロが全てのベルトを身に着け、振り返った先で見たものは、瞬きもせず立ったまま微動だにしないラッテの姿。その髪と瞳の色は、元の明るい灰色から、鮮やかな桜色に変化し、波打つように光り輝いている。謎の現象により外気との温度差が生じたのか、ハッチになだれ込む突風で彼女の長い髪が踊るように煽られていた。

 もはや神々しさすら感じる彼女の変貌に、マヒロは呼吸を忘れて凝視することしかできない。

 そして彼女が放つ桜色の光。マヒロには見覚えがあった。


「マーキュリアの……操化……」


 マヒロが呟くと同時に<残影>が立ち上がり、コクピットハッチが閉じられる。

 そしてカメラの機能が復活した。ただし映し出されている視界が今までとは別のものだ。潰されていたカメラも復活し、全方向の視界が確保されている。


「そんな馬鹿な!? 破壊されたはずだ!」


 マヒロは無我夢中でコンソールを操作した。反応を示すも、機能は大幅に制限されており、レーダーの観測や整備用のカメラを起動するのがやっとであった。

 胸部に設置された整備用のカメラを頭部に向ける。そのカメラに映し出されたのは、破壊された頭部バイザーの上に浮かぶ、左右ふたつ並んだ光の輪であった。

 疑う余地はない。これはカメラじゃなくて、『瞳』だ。


「まずい、撃たれる!」

 

 『瞳』が捉えた敵影を見てマヒロが短く叫んだ。後続のRR(レイドランナー)型(タイプ)がこちらに接近していた。既に銃口はこちらを捉えている。


「はやく起動を終わらせないと!」

 

 マヒロの願いも虚しく、敵の一斉射撃が開始された。マヒロは咄嗟に視界を右手で覆う。

 銃弾で全身をバラバラに引き裂かれる痛み――その代わりに襲いかかってきたのは、今まで感じたこともない強烈な横揺さぶりのGであった。視界外で起こった衝撃を受け、おもわず「ぐぇっ」と情けない声を上げてしまう。

 右手をどけてカメラ映像を見ると、<残影>は既に敵の目前まで接近を終え、敵の胸部を手刀で貫いている光景だった。あの銃弾の嵐を避けて、無理やり接近したのだ。


【再定義(オーバーライド)・完了(コンプリート)】


 手刀で貫いた敵の脳核(コア)を<残影>が握りつぶした直後、ラッテの機械音声がスピーカーから放たれた。彼女に操化された<残影>は、貫いた腕を無理やり動かして敵をバラバラに解体すると、千切った敵マーキュリアの腕を掴み、思いきり敵めがけてぶん投げた。回転鋸のような勢いで放たれた腕に巻き込まれた敵の上半身が抉れ、そのまま活動を停止させた。

 あまりにも暴力的なアクション。その狂気を目の当たりにしたマーキュリアは、恐怖で竦んでいるかのように警戒したまま動けないようだった。


「お前たちはいつもそうだ、マーキュリア」


 ラッテの口から怒りの籠もった呟きが漏れた。そして深く吐き出された吐息と共鳴するかのように、<残影>の排熱口から熱気が吹き出し、機体周囲の空気を歪ませ陽炎(かげろう)を生み出す。彼女の操化に感化された循環式電励機関《サーキュレイト・モーター》が熱暴走を起こしているのだろう。

 彼女の表情は変貌していた。心優しいラッテから、怨敵を前に闘志を漲(みなぎ)らせた戦士の表情に。


「お前たちは大切な人たちの未来を奪っていく。私(ラッテ)はそれが、許せない」

 

 マヒロは戦慄した。先ほどの一瞬で感じたGの感覚は、先ほどまでの最大駆動など比較にならないほどの強さだった。ほんの一(・)瞬(・)ですら、である。死を覚悟しろと言ったラッテの忠告は、決して誇張された表現ではなかったのだ。

 <残影>が深く腰を落として加速の体勢を取る。マヒロは歯を食いしばり、身体を固定するベルトを力いっぱい掴んだ。


「どけ! 私(ラッテ)とヒロの前に立つ敵は、全部ぶち殺す!」


 ラッテが吼える。<残影>が大地を踏みしめて疾走する。

 耐え難い衝撃が、マヒロの視界とカメラの風景をぐにゃりと歪ませた。


 

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