23話 <残影>起動
合流したマヒロとラッテは一直線に格納庫へ向かった。
ラッテが前衛で道を切り開き、マヒロが後ろからナビとサポートを行う。シンプルにしてベストな配置だ。ふたりは破竹の勢いで進行し、RR用の運搬通路まで侵入した。立ちはだかるマーキュリアをものともしないまま、目的地前へ到達した。
格納庫前では、2機のRR型のマーキュリアが扉を破ろうと、体当たりや銃撃を仕掛けていた。マーキュリアの侵入を想定して頑丈な造りになっているが、猛攻のためか僅かに扉が歪み始めている。後詰めはいない。たった2機しかいないのは、この我が家がモルフォシティの地下であるからだろう。
ふたりでRR型から隠れつつ、マヒロはラッテに問いかける。
「扉の向こうに目的のRRがあるんだけど、それが操化されているか分かる?」
「分かる。扉の向こうにマーキュリアはいない。操化されてない」
その回答ひとつで取るべき行動が決まった。ラッテも役割を理解している模様だった。
話を切り出したのはマヒロ。
「君、今の僕たちの装備で、あのマーキュリアを倒せる?」
「無理。でも囮ならできる」
「3分……いや5分欲しい」
「2匹だけなら、よゆう」
「その間に僕が中のRRを起動する」
「殺せる?」
「倒すよ」
「2匹とも?」
「2匹とも」
「すごい」
「自慢の機体を使うんだ。余計に負けられないよ」
「期待するね。囮、行ってくる」
「気を付けて」
マヒロが心配そうに声をあげると、ラッテは「ん」と小さく声をあげ、マヒロの眼前に拳を掲げた。何事かと拳を見つめてると、気合の入った表情でラッテが答えた。
「私にお任せ。約束のグータッチ」
「あ、ああ。なるほど」
マヒロが戸惑いながら拳で触れると、ラッテは「またね」と言いつつ手をひらひらさせ、飛び出していった。きっとマヒロに心配をかけまいとする、ラッテなりの気配りなのだろう。兵器と呼ばれるには似合わない愛嬌だ。
(でも、これほど信頼できる約束はない)
広い通路内を縦横無尽に立ち回り、敵の攻撃を躱している彼女の表情に焦りはない。「よゆう」の即答に偽りなしであった。
彼女が敵を十分に引き付けていることを目視してから、マヒロは扉まで走り、認証を通過させて格納庫の扉を解放した。ゆっくりと扉が左右にスライドしていく。マヒロはスライド中の扉の隙間に身体をくぐらせて中に侵入し、<残影>の元まで一直線に駆け寄る。
<残影>の胸元のハッチを開け、中のコクピットへ。一般的な規格のコクピットのため、やはり小さなマヒロの身長では持て余す。肩部のベルトはそのままにして、腰部のベルトだけを装着する。身体の自由を許す代わりに安全性は疎かになるので、シミュレーターの<残影>が見せたような機敏な動きは再現できない。
だけど、この<残影>ならば。
コンソールを操作し、起動開始を行う。
【パイロットの搭乗を確認。システム起動チェックを開始――】
平坦でゆっくりとした口調で男性のAI音声が流れ始める。本来の起動順序では、ここから起動確認と複数の認証の数々を、じっくりと時間をかけて行う必要がある。ましてや慣らし運転すら済んでいない初回起動である。それこそ、5分などと生易しい時間では完全起動までに至らない。
しかし問題ない。こういう緊急時のために、マヒロは魔法の呪文を仕込んでおいたのだ。
「コード『緊急出撃』。開発者特権で起動!」
【受領。各部チェックキャンセル。状態良好として緊急起動します】
マヒロの掛け声を受け、循環式電励機関が唸りを上げて始動し、各関節のロックが外される。そして頭部のバイザーが仄かに光り、起動が完了した。
マヒロはラッテに向け、外部スピーカー越しに叫ぶ。
「<残影>、起動した! いつでもいける! 敵を中に入れて!」
伝えた直後、ラッテは格納庫の中へ逃げ込んだ。そのラッテを追って敵のRR型が扉を破り、格納庫へ侵入する。
『2匹とも脳核は頭の真ん中! ぶっ潰せ!』
敵の攻撃を避けていたラッテが戦線から離脱したことを見届けてから、マヒロは戦闘を開始した。<残影>の左手に放電ナイフを、右手には<残影>標準装備のハンドガンをそれぞれひとつずつ持たせ、敵のRR型に向かって疾走する。量産型である<クラストー>はもちろん、<キャサード>ですら体験できない、高いGが全身にのしかかる。
ラッテに気を取られて<残影>の対応に遅れた1機の顔面にナイフを突き立て、ナイフの放電機能を解放した。パァンッ、と弾けるような感電音が敵から響き、即座に敵は動きを停止させた。
もう1機の敵が銃を構える。<残影>はナイフを突き立てたままの敵を引き寄せて盾代わりにしつつ、右手のセミオートマチック・ハンドガンで相手の頭部に向けて3連射を行った。敵の弾は全て盾となった敵の背中に吸い込まれ、こちらの弾丸は3発とも相手の頭部へ叩き込まれた。銃弾の勢いに押されて倒れ込んだ相手のRR型はそれきり動かなくなる。撃破だ。時間にして30秒にも満たぬ攻防であった。
機体の外で交戦を見守っていたラッテは目をまん丸にして「おおおおお!」と感動の叫びを上げていたが、当のマヒロ本人もまた仰天の表情をしていた。
量産機の操縦では味わえない脈動感と精緻な動作。それでいて敵機体を軽々と持ち上げる力強さ。マヒロが想像した以上のパワーと反応速度である。我ながら上手く作りすぎだ。
「……やばい。惚れそう」
<残影>の圧倒的性能の余韻に浸りつつ、ラッテをコクピットに招き入れる。ラッテは未だに興奮冷めやらない様子だった。尻尾が盛大に左右ぶんぶんと振り回されている。まるで大型犬のような感情表現だ。
「すごい! はやい! 強い! ざんえい、かっこいい!」
「いやその……君が弱点を教えてくれたおかげだよ。ありがとう」
べた褒めするラッテの様子を見たマヒロは、自分が褒められたような気分になって、感謝の言葉がしどろもどろになってしまう。しかし浮つくまいと気を引き締め直す。はしゃいでいる場合じゃない。
「ごめん、<クラストー>や<キャサード>より狭く作ってあるから、僕の後ろで立ち乗りになる」
「尻尾が動かせるなら平気」
「ベルトはしっかり着けてね。たぶんいっぱい揺れるよ」
ラッテが滑りこむように背後の立ち乗り用のスペースへ移動し、身体を固定させたのを見届けてから、格納庫内のRR用ライフルと予備弾を回収した。
ラッテは周囲にくまなく視線を送っている。もしかしたら〝ドクター〟が見送りに来ているのではないか――そんな希望的な願いだろう。だが、やはり彼女の姿は無い。
「ごめん〝ドクター〟。後で絶対に助け出す」
決意を言葉に出してから、マヒロは<残影>を発進させた。
搬入通路では、自分たちを追いかけてきた小型のマーキュリアたちが出迎えていた。しかし<残影>の走りには付いてこれない。容赦なく轢き潰しながら搬入通路を進みつつ、索敵のためにレーダーを起動する。レーダー反応がディスプレイに出力されるものの、敵の密度と数が多すぎて、もはや役割を果たせていなかった。
順調に走破を続けていたマヒロだったが、途中、ズンッ、と重い地響きが走った。
「上……大きいのがいる」
背後にいるラッテが上方向を見上げ、不安そうな表情を浮かべながら呟いた。後方はマーキュリアだらけの袋小路。上方には謎の巨大マーキュリア。そして前方に控えるのは、数百を超すマーキュリアの群れたち。いくら<残影>が強力な機体だからとて心配するだろう。
「このまま街の外まで駆け抜けて正面突破する。窮屈なままでごめんだけど、上手くいくよう祈ってて」
ラッテは無言のまま頷いた。マヒロは決意を固めるべく操縦桿を握りしめる。負傷した左腕がずきんと痛んだ。万全ではない。でも最善は尽くす。
「外に出るよ!」
マヒロたちが我が家から脱出して外に出た瞬間。<残影>の背後、数km先で何かが爆発するような音が響き渡った。爆発音は連続して発生し、その音量は徐々に大きくなっていく。連鎖的に爆発しながら<残影>に近づいているのだ。爆発の勢いで巻き上がった家屋の破片が夕立のように降り注ぐ。<残影>のカメラが捉えたのは、体高20m近くはあろうかという、6足歩行の巨大な鉄の獣が家屋を薙ぎ倒しながら暴走する姿であった。その頭部には10mに迫る、長大な鋼の一本角がそびえ立っている。
「砕角型! サイ型マーキュリア! でっかい!」
「この付近の主だ! あいつも呼び寄せられていたのか!」
数あるサイズのマーキュリアでも、砕角型は大型に属する個体だ。巨大すぎる質量と頑丈な角を活かした体当たりを得意とし、進路上の物体をただひたすらに轢殺する災害級の化け物である。討伐するにはRR単騎の携行火器など話にならない。それこそ一個小隊が、複数機運用の兵装を駆使してようやく撃破を検討するレベルの相手。
そんな質量の固まりが――
「嘘だろ!? 洒落になんないぞ!」
自分たちめがけて全速力で突っ込んできていた。それこそ道を必要としない最短距離で。
「逃げるよ!」とラッテにひとこと告げてから、マヒロは砕角型に背を向け、<残影>で全力疾走を始めるのだった。




