コチラ幽霊です。化けて出ますか?
パパッと読める短いお話。
「報告しますっ! 今日も無事、オシゴト完了しましたっ!」
ピッと敬礼をしたのは年齢不詳。髪の長さ足首以上。服と口元にベットリと赤が付いたすさまじく色白の女。
その視線の先には、草臥れたスーツを着て、目の下に隈を飼っている冴えない三十代前半の女。
「よろしい。私も今日も今日とて仕事を完了しましたくそが」
「もう! お口が悪いですよっ! ささ、例の物をそなえて下さいな!」
さぁさぁ、と爛々と輝いていそうな声色でボロを纏った女性がクローゼットを指さす。
女は頷いて、湯気を立てているナポリタンをラップをした皿に盛っていく。
「ああ、美味しそう……仕事終わりはナポリタンですよねぇ」
「確かに美味しいけど。今度はチキンライスでいい?」
「オムライスの方が良いんですけど、でも、チキンライスもいいですね」
その皿は、カラーボックスの上に置かれた。
ついで、ペットボトルから可愛らしいマグカップに注が荒れるコーラ。
「フォークと……あーサラダは? カット野菜盛り付けたやつだけど」
「欲しいですっ! 栄養バランス悪くなっちゃいますからね」
「……栄養バランス、ねぇ?」
供えられた瞬間、二倍になって手元へ現れたナポリタンに食らいつく女を胡散臭そうに一瞥し、自身は冷めたコーヒーを飲んでいる。
部屋に響くキーボードを叩く音とナポリタンを啜る音だけが室内に響く。
ふと、女の動きが止まり途中でサラダとペットボトルのコーラを備えたっきり、しばらく同じ光景が広がっていた。
いたって普通の、壁が薄く古臭い部屋の中で女は呟く。
「お。報酬早速入ってる。『スッキリしました! これで前に進めます』だってさ」
「ほんとうですか? ふふ、この仕事始めてよかった。私でも役に立てることがあるなんて……才能があったのかもしれませんね!」
きゃっきゃと押し入れの中で口の周りを赤く汚し喜ぶ姿に、女は目を細めた。
何言ってるんだこいつ、というような表情のまま押し入れに背を向けた。
「才能、ね。お互い男運が壊滅的になかっただけでしょ」
「あ。ひどーい。事実ですけど、ついでに家族運もなかったじゃないですか、貴女の場合は。私はちゃんと家族はいて、多分泣いてたと思いますもん」
「どうせ保険金の額が少なくて後悔したとかその辺でしょ」
そういい捨てて女はため息を吐きながら、液晶画面に映し出されたメール一覧を開く。
そこにはもう、新しい依頼が二つ入っていた。
「……仕事、また来てるよ。一つはスパム。もう一個は、ああ……不倫されている妻からの依頼だと思うから、ちょっと公衆電話に行ってくる」
「はぁい。証拠残ると不利になるんでしたっけ? 人間の社会って面倒ですよねぇ」
肝心な時に役に立たないのにぃ、なんて機嫌よく笑う声を背に女は立ち上がる。
ぼさぼさの髪。熊の居座る目の下と太っても痩せてもいない体形を更に隠すように大きなスカジャンを羽織る。その上、しっかりと帽子をかぶった。
女の趣味ではないが、仕事上必須なのだ。
女は気怠そうに、ややガニ股歩きを意識しながら近所の寂れた公園の奥にある公衆電話へ向かう。スマホはポケットの中にあるけれど、それを取り出す素振りはない。
古いその公衆電話の扉を開けて中に入り、慣れた様子で小銭を詰む。
小銭を入れつつ、スマホ画面に表示された電話番号に従って数字を押し込んでいく。
数秒の沈黙とつかの間のコール音。
『は、はい』
「こちら『御返し屋』です。周りに人は?」
『今は一人です。主人も相手の女の所にいるので戻ってきませんし、子供は部活で』
「わかりました。まず、プランの説明をします。プランは二つ。心筋梗塞や事故などで終わらせるものと、精神的に追い詰めて懲らしめるコースの二つですね」
『……終わらせて欲しいです。モラハラやぎ家族との関係ももうウンザリ! 二度と顔も名前も見たくないっ』
「わかりました。依頼料ですが、こちらのコースだと百万になります。払えますか」
『百万円……ですか』
「はい。払うのは難しくないと思いますよ……生命保険の掛け金を上げて下さい。それと、興信所などの依頼はしなくてもいいですし、探偵も雇わなくていい。自力で証拠を集めたと言いましたね? お仕事の目途は?」
『正社員で働いています』
「なら、生命保険の掛け金をぎりぎりまで多くしてください。受け取り主が自身であることを確認。もしそうでないなら、離婚をちらつかせて契約変更、あと家があるなら名義変更も。もちろん、離婚届は出さない様に……死んでからにしてくださいね」
いくつかお金を手元に残す手段を伝える。
メモは取るな、と何度も口にしていることから証拠が残らないよう細心の注意を払っていることが分かった。
『先に伝えておきますが、この依頼を外部に知られると心象が悪くなるので、着信履歴なども消す様に。仕事はします。仕事後に振り込みを……踏み倒すと、アナタも同じ目に合うだけです。お子さんを残していくわけ人は行かないでしょう?』
『……はい。あの、でも養育費を一括でって』
「先に搾り取っておいた方が良いんです。死んでからはいろいろ手続きが面倒ですが、ま、死んだ人間からは搾り取れないんで」
確かに、と相手が了承したのを感じて女は薄く笑う。
「成功報酬ということなので、成果がでていなければ払う必要はありません。ただ、事故や突然の不幸のように見える形になりますから……偶然だから、払わないというのは通用しないと覚えておいてくださいね」
『は、はい。わかりました』
「相手を間違うといけないので、数日いただいて相手の事を調べます。調査完了と遂行前日に連絡を取りたいのですがこの時間で?」
『この時間でお願いします。誰かがいたら『はい』しか言えないと思いますが』
「かまいませんよ。では」
あらかた話がまとまった時点で女は受話器を置いた。
気怠そうに歩き、自身の巣でもある家へ戻った。
ドアをあけるとそこには機嫌良さそうに照明の周りを回っている人だったものが。
「幽、仕事。メールはコレ。辿ってける?」
「おっけー。いけるいけるぅ。ちゃんと依頼には目を通したよん。こういうクズ男への殺意なら誰にも負けないから今回も楽勝間違いなし。鈴ちゃん、あとはよろしくぅ」
ふん、と力こぶを作ってみせた女は、まるで湯気のようにパソコン画面へ吸い込まれていった。
女はそれを無感動に眺め、やがて冷蔵庫からビールを取り出す。
苦、と盛大に顔をしかめながらもチビチビ缶を傾け、押し入れへ目を向ける。
「地縛霊と呪殺ビジネスしてるなんて、元家族と元婚約者は思いもしないんだろうな。まぁ、それどころじゃないと思うけど」
何せ、父親は心を病んで引きこもり、元婚約者は会社で肩身の狭い思いをし、ついでに寝とった後輩女も散々な状態だ。
まともだった人間は全て離れ、それ以外が残り、残ったものには容赦のない制裁を下した。
「幽も中々なクズ男に殺されたけど、私も結構だよねぇ。事故物件で破格値だったここに入居した当日だったし」
懐かしむように目を細めて、自身のベッドへ腰かける。
この部屋の住人であある鈴は、入居してすぐ悪霊の幽に襲われた。
が、何もかもを失って、失望や絶望といった感情が一回りし、怒りに満ちていた鈴は強かった。悪霊をしのぐほどの強い怒りを持って幽をひっつかみ、愚痴のはけ口へ。
そのうち、悪霊になっていた幽も少しずつ、頭が冷えて『あれ私何してたんだっけ』みたいな生前の人格を取り戻す。
元は人懐っこいタイプの女だった幽。死んでから本名は忘れたが、憎い男の事は覚えていたのだ。
それを聞いて、憂さ晴らしを兼ねた鈴の発案で復讐を果たすべく、元住居へ。
中で女とよろしくやっている現場を綺麗にスルーし、鈴は途中でかった怪しい仮面をつけて男にいいはなった。
「あんた、女に取りつかれてもうすぐ死ぬよ。これ、女の贈り物だろ。これも、これも、これも。教えてやった駄賃代わりに貰っておいてやる」
と相手が瘴気に替える前に、鈴は部屋を出た。
そしてそのまま建物の脇に隠れ、男の怒鳴り声を聞いていたが、男は警察に通報するという手段はとらなかった。
数時間後、深い深い夜が来て、そして男は錯乱状態でベランダの窓から飛び降り自殺。
部屋にいた女は行きずりの女だったらしく、とうに誰もいなくなっていたと幽から報告を受けている。
その後、気をよくした幽は鈴の事情を聴き、元婚約者、寝とった後輩女、そして鈴を切り捨てた家族、ついでに最後まで元婚約者を庇ったぎ家族を追い詰めに行った。
目を閉じて、そこまで回想した鈴は自身を嗤った。
「くそみたいな人生だけど、同じ悔しい思いをしてる女は放っとけないし……幽が成仏するまでは食いつなげるかな」
幽が成仏してしまえば、もう未練はない。
いたって俗物的な理由で『御返し屋』は出来たのだ。
そして多分、これからも不幸だった女たちが助けを求める限り、営業を続けるだろう。
続きはしないけど、続けられそうな話。




