表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

【番外編】灯りのともる前に

作者: 柚原 澄香
掲載日:2026/04/11

夜、ふっと何故か目が覚めた。

夢を見ていたような気もするし、

何も見ていなかったような気もする。


部屋は静かで、

窓の外の街灯が、薄く天井を照らしている。


喉が渇いたわけでもないのに、

胸の奥がそわっとして、

葵はゆっくりと上体を起こした。


そのときだった。


机の上のノートが、

開いたまま置かれていることに気づく。


寝る前は確かに閉じたはず。

でも、不思議と怖くはなかった。


ページの中央に、

見覚えのない筆跡で数行の文字が書かれている。


葵の字じゃない。

でも、誰のものかも分からない。


ただ──

その言葉は、

胸の奥がじんわり温かくなるほど優しかった。


---


及川さんへ。


君がこの言葉を読む夜が、

どんな夜なのかは分からない。

でも、きっと少しだけ胸がざわついて、

眠れなくなっているんじゃないかと思う。


そんな夜が、いつか君に訪れることを

未来の僕は知っている。


だから、ひとつだけ伝えたい。


焦らなくていい。


君がどんな速度で歩いても、

どんなふうに立ち止まっても、

未来の僕はちゃんと知っている。

君の歩幅は、いつだって君だけのものだ。


それから──

君はきっと、

「迷惑じゃないですか」

なんて言うんだろう。


あの日の君がそうだったように。


だから、未来の僕も同じように答える。


迷惑なわけないだろ。


君が頼ってくれることも、

弱さを見せてくれることも、

全部、僕にとっては大切なことなんだ。


君が笑っている未来を、

僕は知っている。


その笑顔に、

何度も救われてきた。


だから、どうか無理をしないでほしい。

君が君のままでいてくれたら、

それだけで十分なんだ。


君の心に、そっと灯りがともったら嬉しい。

それを僕は、心から願ってる。


---


葵はしばらく、

ページに書かれた文字を見つめていた。


胸の奥が、

ゆっくりとほどけていくような感覚がする。


誰が書いたのかなんて分からない。

見覚えのない筆跡。

思い当たる人もいない。


それでも──

その言葉は、

まるで自分のためだけに置かれた灯のように

静かに心を温めてくれた。


ページをそっと撫でると、

紙の感触が指先にやわらかく触れる。


「……ありがとう」


誰に向けた言葉なのか、

自分でも分からないまま、

小さく呟いた。


部屋の空気が、

ほんの少しだけ軽くなった気がした。


葵はノートを閉じ、

布団に戻る。


さっきまで眠れなかったはずなのに、

まぶたが自然と落ちていく。


胸の奥に残った温度だけを抱えたまま、

静かに眠りへ沈んでいった。


---


朝。

窓から差し込む光で目が覚める。


机の上のノートは、

きちんと閉じられていた。


昨夜の文字も、

どこにもない。


夢だったのかもしれない。

そう思ってもいい。


でも──

胸の奥に残る温かさだけは、

確かにそこにあった。


葵はそっと息を吸う。

昨日より、少しだけ呼吸がしやすい。


それだけで十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ