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第1話(後編)「月下の侍」

村人への炊き出しが終わったエスペラは滞在する村を少し見て回ることにした。

王家の血筋に並ぶものとして、民の暮らしを知ることは何よりも大切だと信念を持っている。


そんなエスペラの後ろを歩く騎士のウォードは、常に危険がないか周囲を警戒していた。


(ウォードったら、いつもこうなのよね)

エスペラは小さく笑みを浮かべた。


御者、炊き出し、護衛──何をこなしても一切疲れの色を見せない彼は、エスペラが最も信頼を置く家臣の一人だ。

エスペラ自身は対等な関係性を望んでいるのだが、王女の盾であることに誇りを持っているウォードは、その要求を爽やかな笑顔で躱す。

『お嬢様をお守りすることこそ、私の存在意義ですから』──彼の中では、それが対等な関係なのだ。


ふと懐かしさを覚えたエスペラは、ウォードに対して声を掛けた。


「この村は決して食料が豊富とは言えないですが、住民同士が助け合い明るく生活しているのがとても印象的です。」

「はい、お嬢様。ところで広場にいた金髪の少女ですが、彼女はこの村において目を引きます。西方からの出身ではないでしょうか。」

「決めつけるのはよくありませんよ。ソルレグ王国にも国外出身の方もいらっしゃいますから。」


村の印象について話している二人は、とある民家の裏手にある平板状の墓が目に入った。

「あれはソルレグ王国のお墓と様相が似ておりますね。ここまで来る間の近隣の村々では共同墓地が一般的のようでしたが・・・」

エスペラが不思議そうに思った瞬間、墓の前にある一本の剣が目に入った。


「あれは王家の紋章・・・!!」

エスペラが鍔に刻まれている王家の紋章を見間違えるはずはない。

ソルレグ王家の証である太陽の紋章がそこにはあった。


「先王の日記で読んだとおりだわ。間違いない、ルナガルド家の末裔が、この村にいる・・・!」

エスペラの探し求めた剣をようやく見つけ、胸の前で強く両手を握りしめた。


◆ ◆ ◆


その夜、村人の計らいにより空き家を借りた王女一行は一日の出来事を共有していた。


「お嬢様、先程村人たちから情報を聞いて回ったところ、どうやら近隣の村々で野盗の襲撃が発生しているようです。彼らは金品より食料を目当てにしているようです。」

執事のアルフレッドが柔らかい口調で報告した。

エスペラが幼い頃から面倒を見てくれているアルフレッドは、執事というよりエスペラにとって祖父のように思える存在だ。

しかし、今は王女としての振る舞いが求められている。


「ありがとうございます、アルフレッド。いつも情報収集が早くて助かります」

エスペラは立ち上がり、窓の外を見つめながら思案した。


考えがまとまったエスペラは従者たちに向き直り、考えを伝えた。

「もし野盗が襲ってくるのであれば今夜中でしょう。私たちが行った炊き出しのことは耳に入っているはず。王国から持っていた塩や胡椒をはじめとした食糧を狙ってくるでしょう。」

そこには常に優しい表情をしていたエスペラはおらず、想定される危機を迅速に排除せんとする軍師がいた。


「私とウォードは馬車を村の食料庫まで移動させ、野盗の襲撃を迎え撃つ準備を。道すがら防衛にあたってくれそうな方に依頼を出しましょう。アルフレッドとリリアは野盗の姿が確認されたら速やかに村人への避難誘導をお願いします。」

エスペラは即座にまとめた計画を指示した。

「「お嬢様のおおせのとおりに。」」

アルフレッドとリリアは口を揃え、仕える主に対して深々と礼をした。

「お待ち下さい!!」

すかさずウォードが口を挟んだ。

「お嬢様も安全な場所に避難をされるべきです。御身になにかあれば死んでも死にきれません。」


「・・・・・・」

一時の静寂が部屋を包んだ。

ウォードの言うこともっともである。

彼らは自らの命より主君を優先することをエスペラは知っている。


「ウォード・・・ありがとうございます」

重い口を開いたエスペラは微笑みながらウォードを見つめた。

「あなたの忠義心は誰よりも深いことはこの場にいる誰もが知っています。それは疑いの余地がありません」

エスペラは真っ直ぐにウォードを見つめた。


「しかし私が目指している真の指導者は、安全なところから眺めているだけのお飾りの王女ではありません。常に先頭に立ち、皆を鼓舞する存在でありたいのです」

ウォードはエスペラの信念が一度たりともぶれたことがないのを理解している。

その勇敢さに心打たれ、仕えていることに何よりも誇りを持っている。

(この方を何があっても守り抜く・・・!)


「それに、いざとなったらあなたが私を守ってくれるのでしょう?」

エスペラの屈託のない笑顔を向けられたウォードは歓喜のあまりその場に膝をついた。

「はっ!!」


皆の意志をまとめ上げたエスペラは窓際に向かい夜空を眺めた。

「それでは行動を開始しましょう!」

きらめく満月が作戦の成功を告げているようだった。


◆ ◆ ◆


カーンッ!カーンッ!カーンッ!


静けさを増していた村中に警鐘が鳴り響いた。

何事かと目を覚ました母親のそばでこの時を待ち構えていた桜はおもむろに目を開けた。


「母上、王女一行の予想通り野盗が現れたようです。我は彼女たちに加勢し、野盗を成敗してまいります。」

侍として敵に背を向けることは言語道断。

守月家の一人として、民を守るべく出陣の決意はすでにできている。

「わかりました。私は影虎さんと一緒に避難所へ向かいます。私のことは心配せずに守月家の人間としての使命を果たしなさい。」

伏しがちな母であったが、その眼差しは桜を見つめ力強さを感じさせた。


「御意!」

桜は短く返事をした。


「うい~邪魔するぞ~」

神妙な空気が漂っている中、間の抜けた声が部屋の入口から発せられた。

二人が同時に目をやると、影虎がヒゲを掻きむしりながらのそっと顔を出した。


長年影虎の道場に通っている桜だが酒瓶を持っていない師匠を見るのは初めてだった。

驚きに目を丸くしている桜に対して、影虎は不満げな顔を作った。

「なに素っ頓狂な顔をしてやがる。おまえさんは早く行った行った」

桜は邪魔者を払うかのような身振りをする影虎の横を風のように颯爽と駆け抜けた。

「母上をお願いします!!」


遠くなる足音を聞きながら影虎は桜の母に声を掛けた。

「まったく今日は騒がしくて落ち着いて酒も飲んでられねぇ」

不貞腐れる影虎を見て桜の母親はクスクスと笑ってしまうのであった。


◆ ◆ ◆


食料庫の前。


ガキィンッ!

ウォードの盾が野盗の攻撃をかろうじて防いだ。

負けじと剣を振るったが、野盗たちは容赦なく距離を詰めてきた。


「姫様、お下がりください!」

ウォードの声に、普段聞いたことのない焦りが滲んでいた。


エスペラは後方で短剣を強く握りしめていた。


すでに二名の野盗は制圧し、村人が縄で縛り上げている。

しかし残り五名──数で押されている。

ウォードの呼吸が荒くなり、剣を振る動きが遅くなり始めていた。


(このままではウォードが危ない・・・)

エスペラの頭の中で戦術が浮かんでは消えた。

(援軍を呼ぶ?──間に合わない)

(短剣で牽制?──数で押されている今は無謀)

案が浮かんでは霧散していった。


「そこに転がっている仲間を解放してくれたら、この場は見逃してやってもいいぜ」

野盗から予想外の提案が投げ込まれてきた。


(見え透いた嘘を・・・)

野盗の要求を飲んでしまえば一気に形勢を逆転され、村人にまで被害が及んでしまう。

それが理解できないエスペラではない。


しかし、徐々に野盗たちはその距離を詰め寄ってきた。

ウォードが一歩、また一歩と後退した。


(ウォード・・・ごめんなさい。私がもっと強ければ・・・)


その時──


「待て!」


静寂を切り裂く凛とした声が、月夜にこだました。


「誰だ!!」

野盗たちが一斉に顔を上げた。


エスペラも思わず声の方向を見上げた。


月明かりに照らされた屋根の上。

逆光の中、シルエットのみが浮かび上がっている。

長い髪が夜風になびき、刀身が月光を反射してきらめいた。


(あの方は──!)


「我が名は守月桜──」


刀を構えた。


「──侍だ」


【第1話(後編)終了──第2話に続く】

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