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冷笑罪  作者: airmokugyo


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09. Do

 次の日。天井の隅にあるスピーカーから、前日と同じくペールギュントの朝が流れて目が覚める。一晩寝ただけだが、寝具に慣れてきたおかげか前日より寝覚めはよかった。

 

 隣を見ると、小山はすでに身を起こしている。

「おはようございます」

 挨拶をすると、ワンテンポ遅れて返事が返ってくる。

「ああ、おはよう」

 なんだかぼんやりした声だった。顔を見ると目が血走っている。


「まさか寝てないんですか」

「寝たよ。一時間くらいな。すぐに目が覚めて、起きてることにしたんだ」

 小山はそういったあと、欠伸をして、その終わりがけに大きなくしゃみもした。

 おっさんのする大音量のくしゃみに身をすくませる。そのあとに尋ねた。

「大丈夫なんですか?」

「少し眠いだけだ。今日は午後からだから大丈夫だよ。顔洗ってくる」

 小山はそういって、廊下に歩き出した。思いのほか足取りは軽そうだった。

 昨日の説明によると、スマホの破壊は小山がすることになっている。

 大丈夫だろうか。まあ、役割が大きいだけに万が一ばれたときに責任を追及されるのも小山だ。


 午後から、というのはレクリエーションの時間のことだ。じゃあその間は何をするのかというと、特に何もしない。部屋でダラダラしていてもいいし、図書室に行けば、(多少古いが)本も読める。


***


 僕はとくに何もせず、ベッドの上でだらだらと時間をつぶしていた。「少し仮眠をとる」といった小山はいびきをかいて熟睡している。これだけ寝られるなら心配なさそうだ。


 午後一時になると、レクリエーションルームこと、体育館に集合した。

 小山は目をこすっていたが、朝いちばんに見たときよりはマシな感じだ。

 外廊下を歩いている途中で、パーティションをはさんで隣に宿泊している受刑者たちとすれ違った。

 小島以外の三人は初めて見るが、みな元気がなさそうだ。小島が「おっすー」とこちらに挨拶してきた。「どうも」と返して会釈する。


 体育館から来たということは、直前まで例のレクリエーションに参加してきたのだろう。

 ほかのメンバーに元気がないのはあたりまえだ。

 ふと、小島はなぜここに居るのだろうと思った。もちろん、何らかを冷笑したのだろうが。

 同時に、同室の安藤、奈路、小山の犯した冷笑についても気になった。今日のレクリエーションが終わったら聞いてみるか。

 

 体育館ではいつもと同じく、上田が仁王立ちしている。手を二回叩き、「集合!」と怒鳴った。


 今日はほかの三人に遅れることなく駆け寄り、体育座りをすることに成功した。集団行動をするのは久しぶりだったが、慣れるのは早い。多分体のどこかに沁みついているのかもしれない。

 上田は満足そうにうなずく。そのあとに不思議そうな顔をする。

「どうした小山」

 二回りも上の受刑者を呼び捨てる。小山は右手を挙げていた。下げたままの左手は震えている。

「今日で最後なので、前に踊ったダンスを見返してもいいでしょうか」

 手は震えていたが、声ははっきりとしていた。


「そっか。一週間だから、小山は今日で最後か」

 上田が言った。


「はい。正直踊りのレパートリーがなくなってきて、最初の方になにやってたか見返せば、なにか思いつきそうだと思い」

 毎回オリジナルの振付を要求されるため、レパートリーが尽きるというのはもっともだが、小山の振付はいつも手を無茶苦茶に振るというだけのものだった。

 レパートリーもクソもないと思うのだが、奇跡的に通じたらしい。


「しょうがないなぁ、分かったよ。はい」

 上田はそういうと、例の傷だらけの古いIphoneのロックを解除し、小山に渡した。


「この中に全部入ってるから」

「いやはや、ありがとうございます」

 

 小山は大げさに礼をした。左手でそのIphoneを受け取りながら、右手をポケットの中に突っ込んだ。

 そこに水銀が入っているのだろう。


「あー、なるほど、こんな感じだったかぁ」

 そんなことを言いながら、水銀で濡らした右手の指先で、iphoneの充電口に触れ、背面の傷に触れ、ひび割れた液晶に触れ、各所に水銀を塗っていく。

 途中、不自然にならないような頻度でポケットを経由して水銀を指に足した。


 五分ほど操作すると、上田に端末を返す。

「満足した?」

「はい、大満足です」

 よせばいいのに、大げさに頷く。


 上田は返されたスマートフォンを操作するが、動かないようだった。

「あれ? 電源つかない」

 端末を握りしめ、振ったりしながら言った。

 そんなことをすれば、余計端末の内部に水銀が回っていってしまうだろう。


「ええ、本当ですか? ついさっきまで動画見れてましたけどね」

 小山はそんなことを(うそぶ)く。ついさっき小山自身が壊したのだから当たり前だ。


「っかしーなー」

 そうつぶやきながら、ホームボタンを長押ししたり、画面をなんどもタップしたりするが、相変わらず反応はないようだ。

「ようやくついた。でもなんか画面がちらつくなー」

 上田がそういって顔を上げたとき、今度は安藤我為が手を挙げた。

「あの、ちょっといいですか?」

「ん?なに?」

「言いづらいんですけど、実は今日僕、朝から体調が悪くて」

「なんだってー?」

 我為の隣に座る奈路も手を挙げ、平然とした感じで言った。

「僕もです」

「本当に? でもまあ体調不良なら仕方ないか」

 三人目として手を挙げるか、僕は迷った。どちらにせよiPhoneが壊れるのならば、また醜態を撮られてもいいだろう。


「あー。でも駄目だ。つかない。体調不良も二人いるしな。じゃあ今日はもう中止で」

 上田が言った。

 僕はほっとする。三人目の名乗りを上げなくて済んだ。

 僕らはバラバラに立ち上がり、重い鉄扉を開けて外に出ようとした。

 上田がまた後ろから声を掛けてきた。

「小山さん」

 背筋がひやりとする。流石に気づかれたか。急にスマートフォンが壊れ、二人も体調不良を申し出れば。


「はい、なんでしょ」

 少しだけ声が裏返りかけ、それでも落ち着いた様子で、小山が返事をする。


「お疲れ様です。今回は一週間だけですけど、再犯したりしたら長くなっちゃうので、気を付けてくださいね」

「は、はい。ありがとうございます」

 小山がそう返事をすると、僕ら四人は体育館の外に出て、ごみ箱の蓋を閉めるように鉄扉を閉めた。

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