08. Plan
「流石に手段が原始的すぎませんか」
僕は思ったことをそのまま言った。「それにスマートフォンを壊したところで、バックアップを取られてたら意味がない」
「もちろんそれは俺たちだって考えてる」
小山が言った。「ワイ」そういって安藤我為と目を合わせると、我為が静かに頷いた。
「吾妻さんは、上田のスマホを見た?」
安藤にそう問われた僕は、頷いた。
「見ましたよ。でも、それがどうだっていうんですか」
「あれ、背面にレンズが一つしかないから、かなり旧型の機種なんだよ。特定まではできないけど、かなり旧い世代のiPhoneだってことまでは分かる。それをケースも付けずに使ってて、背面も液晶もひび割れてる」
僕は頷いた。確かに上田のスマホを見たが、そこまでしっかりとは観察出来ていなかった。
「ここからわかることは二つ。上田が電子機器に興味がないってことと、これは希望的観測だけど、iphoneが古すぎて、icloudに対応していない可能性がある。そしたらバックアップ自体、iphone単体で出来ないんだよ」
「なるほど」
「受け入れのときに見たと思うけど、この施設にあるPCもかなり古い。埃が被ってるし、OSもとっくの昔にサポートが切れてる。少なくともこのPCを使って、上田がiphoneのバックアップを取ってるところは想像できない」
「でもiPhone自体は私物だろうし、家で私物のPCにバックアップを取ってる可能性はありませんか?」
僕が言うと、安藤は苦い顔をして頷いた。
「もちろんその可能性は否定できない。言い切れるのはあくまでバックアップが取られていない可能性が高いってことだけで、絶対じゃない」
僕は無言で頷いた。
それでもスマートフォンに撮影された大量の動画をどうするか考えたときに、そのスマートフォン自体を破壊するというのは一番簡単でかつ唯一取りうる手段だろう。
端末のバックアップを取られている可能性はあるとはいえ、その可能性が少なそうな理由というのも頷けた。やる価値はあるだろう。
「一先ずやることは分かりました。けど、どうやって壊すつもりなんですか」
僕が尋ねると、小山は再び視線で合図を送った。今度は奈路が動いた。
ベッドから立ちあがり、黒板まで歩くと、壁に掛けられていた温度計を手に取った。
それを机の上に置く。
「これ」
そういうと、自分のベッドに戻り、文庫本を開いて読書を再開した。
「は?」
僕はイライラしていた。
小山が慌てて説明を引き継ぐ。最初から全部一人で説明すればいいのに。
「つまりは水銀だよ。この部屋にある温度計は、中に水銀が入ってるんだ。表面に一滴でも垂らしたら、中の金属を全部腐食させてくれる」
確かに見たことがある。表面に傷がつけられた金属の板に、一滴だけ水銀を垂らすと、ねずみ花火のように表面が持ち上がり、煙をあげ始める。
しばらくすると、指で少し触れるだけで崩れるほど、脆くなるのだ。傷だらけのiPhoneにこれを垂らしたら、確かに壊すことができるだろう。
「ま、新入りが来たせいで少し予定が狂ったが、計画自体は明日実行する予定だ」
小山はそういうと、温度計の膨らんだ液溜まりを机の角にぶつけて割った。
「理科室から拝借してきたんだ」懐から小さなガラスのスポイトを取り出すと、液溜まりから水銀を吸い上げた。
「ばれないと思うが、一応な」
壊れた温度計は、ビニールの中に入れて、小山自身のバッグの中に入れた。
年長者として、あくまで責任は自分で取るという意思の表れだろう。
「とりあえず、知らないふりをすればいいんですよね」
僕は言った。
「そうだ。それだけでいい」
小山はそういって頷いた。少しだけ、恰好よく見えた。
計画は、聞いた限りではうまくいきそうな感じがする。ただ、僕の中にはそれとは別にある違和感があった。
それは、この施設に来てからずっと感じていたものだ。はっきりとした確証のない今は、まだうまく言葉にできないが、ただ、嫌な予感だけはあった。
しかしまあ、いいだろう。
実行犯は自分ではない。割り当てられた役割と言えば、口を噤むことくらいだ。
最悪の事態が起こっても、知らないふりをすればいいだけだ。その時は、それくらいに考えていた。
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