05. 冷笑ルームメイト
開かれたドアから、髪を濡らした三人の男が入ってきた。
「うおっ」
先頭の男がびくりと震えながら呻く。三人の中で、男は一番老けて見えた。卵型の顔で髪が薄く、表情にもどこか疲れが見える感じがした。少なくとも三河と同年代か、それより上に見える。
「小山さん。朝言ったでしょ。今日新しい人来るからって。こちら吾妻弘樹さん」
三河が言った。
「確かに聞いたけど、いきなり部屋に居るとは思わんだろぉ」
小山と呼ばれた男が答えた。
「小山学さんです。この部屋では最年長になります」
三河に紹介されると、小山は僕を見ながら気まずそうに会釈した。
そこからは、自然と自己紹介のターンに入った。
「安藤ワイです」
肩まで髪を伸ばした、線の細い男が言った。自分の名前を言うだけで声が少し裏返っていた。
「Y?」
僕は聞き間違いかと思い尋ね返した。
「ははっ、やっぱそうなるよな」
小山が笑う。
「我に為で我為って読むんです」
消え入りそうな小さな声で言う。
「ほら聞こえんぞ。もっと腹から声出せ」
小山が言った。
「っさいわぼけ」我為が少し大きな声で言い返すと、「怖いなぁ。キレんなよ」と、小山が全然怖がらずに言った。
「キレてないわ。俺キレたらもっとやべえし」
我為はそういいながらうつむく。
「こらこら、そこらへんにして。じゃあ最後ナロさんで」
「奈路安智」
呼ばれた奈路は自分の名前を言うと、すぐに自分のベッドに腰かけ、カバーの掛かった文庫本を開いて読み始めた。
三河が手を叩いた。
「はい。じゃあ親睦を深められたということで、最後浴場だけ案内するから吾妻さんだけついてきてください」
浴場の案内は、三人の濡れた髪を見て思い出したのだろう。
僕は簡単に荷物をまとめると三人に小さく会釈して、部屋をあとにした。
小山のあとについて、一階まで階段を降り、校舎を出て、外廊下を渡る。小学校に風呂があるわけがないから、浴場も元々別の目的の部屋だったものを改装したのだろう。何を改装したのかを予想しようとしたが、移動中に殆ど答えがわかってしまった。
渡り廊下が終わると、風呂のマークが描かれた洒落た暖簾が見える。
中に入ると下駄箱があり、男湯と女湯に分かれている。三河はそこまで案内するといった。
「どうでした? これから一週間、ルームメイトたちとは仲良くやれそうですか」
「それは大丈夫だと思います。なんというか全体的に、大人しい感じの人が多いのかなと」
暗い人といいかけたのを、頭の中で大人しい人に変換していった。冷笑が禁止されているのならば、他人を嘲笑するような言葉も避けた方がいいだろう。
しかし本音をいうならば、安藤と奈路は言わずもがな陰気な感じがしたし、ただ一人ハツラツとしていた小山も、なんというか、自分よりも暗い者しかいない集団の中でイキり散らしているだけのように見えた。小山が働いている会社で人を引き連れているような印象は抱かなかったし、実は引きこもりなんだといわれても驚かない。
「そうですか。それはよかったです」
三河はそういうと、「では、私はこれで」と暖簾をくぐって出ていった。
その背中に「ありがとうございました」と声を掛ける。
そのまま入浴してしまうつもりだったから、僕は部屋をでるときにバスタオルと着替えを持ってきていた。
男湯の暖簾を潜り奥に進む。
監視の目がなくなった感じがして、ふうとため息をつく。
床にすのこが敷き詰められ、宿泊室にあったものよりも、一回り小さいロッカーが並んでいる。脱衣場のようだった。
服を脱いで、ロッカーに押し込んだあとさらに奥に向かう。
予想通り、浴場はプールを改装して作られたものだった。25メートルプールを長辺で二等分して、プールの底から浴場の天井までを、引き出しの間仕切りのように仕切っている。反対側は女湯になっているのだろう。
プールに直接お湯をいれるのではなく、底に浴槽を設置して、その中にお湯をためていた。半分に仕切っているとはいえ、プールをそのまま浴槽として利用すると、必要な水量が多くなってしまうからだろう。
浴槽だけではなく、シャワーもプールの中に、縁に沿って設置されているため、何をするにもまずはプールの中に降りなければ行けなかった。
体を洗い終えると浴槽に向かう。すでに一人先客がいたが、構わない。自分で運転をしていないとはいえ、朝早くに起き、何時間も車で移動したため、風呂に浸かりたかった。
「新入りの方ですか? 」
声を掛けられ、顔を上げる。男は自分より一回りか二回りほど年上に見えた。髪は短く刈り上げている。彫りが深いが、どこか特徴を掴みかねるような顔だった。
何故か、どこかでこの男の顔を見たことがあるような気がする。どこだったか。まあどうでもいいか。
「今日、入所したんです」
「そうですか」
それ以降、会話はなかった。自分からも話しかけようかと思ったが、なぜだかその男が近くに居ると、自分から何かをしようという能動的な感情が一切沸いてこなかったのだ。
しばらくすると男が立ち上がり浴槽を出て、静かになる。
湯につかりながら、あのルームメイト達からは自分がどう見られていたのかを考える。
おそらく、自分が抱いたのと、ほとんど同じ印象を自分も与えているだろうと思った。
お互いに冷笑しあっているのだ。
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