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冷笑罪  作者: airmokugyo


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03. 入所

 迎えに来た警官は、昨日と同じく安達と今藤の二人だった。どちらも制服を着ている。

 前日に受けた説明の通り、千葉の鴨川にある矯正施設にパトカーで直接向かうらしい。

「これって一人一人パトカーで送ってるんですか? 送ってくれるのは嬉しいですけど、結構遠いですし、施設に入る人が電車とか乗って各自で向かった方がよくないですか?」

 移動中にそう尋ねると、安達が苦笑した。

「私もそう思いますよ。ただ、冷笑罪の位置づけとして、刑罰ではないけど、矯正施設への収容は強制されるので、なんとも微妙で曖昧な建付けなんです。なので、手錠はつけるけど、鑑別所は無しで、翌日パトカーで移送なんていう、なんともいえない形式になってしまっているんですよ」

 説明を受けても、わかったようなわからないような、微妙な感じだ。

「なんにせよ出来立ての法律ですから。多分もう二、三年したら、もう少し効率的になるんじゃないですか」

「はあ」


 その後は特に会話はなかった。

 車内は強い芳香剤の香りがして気持ち悪かったが、久しぶりに早起きしたせいで瞼が重く、シートに身を預けている内に眠ってしまった。

「吾妻さん。着きましたよ」

 肩を揺すられ、口に手を当ててよだれを拭いながら、シートベルトを慌てて外す。

 ドアを開けると、空気が澄んでいた。

 千葉県鴨川市〇〇町。周囲には田畑が広がっていて、遠くある山並みがはっきりと見える。

 車から出て、伸びをすると、目の前にどこか懐かしい埃臭い匂いのする建物があった。

 背の低いスライド式の門は解放されていて、門の柱についた色褪せた銅製の表札には、「能礼小学校」という文字が刻まれていた。

 廃校になった小学校を利用しているというのは本当らしい。ここが矯正施設なのだろう。

「のうれい小学校。なんかダジャレみたいですね。No冷笑って」

「皆そういいます。ただ正確にはのうれいじゃなくて、のらいと読むんですがね」

「はあ」

 この辺り一帯がそういう名称なのだろうか。市街地からは離れていて、見回しても田畑しかなく、背の低い建物がたまにポツンとある位だ。

能礼所礼性空寂のらいしょらいしょうくうじゃく

「は?」

「仏教の用語ですよ。もしご興味があったら調べてみてください」

 そういわれてポケットの中を探るが、スマートフォンや電子機器の類は施設に持ち込めないため、家に置いてきたことを思い出した。

「出所するときに覚えてたら、調べてみます」

 言いながら苦笑する。多分忘れるだろう。


「我々が案内するのはここまでです」

 今藤が言った。

「え? 施設への受け渡しみたいなことはしないんですか?」

「はい」

 今藤が端的に返事をすると、安達が笑って話し始めた。

「中途半端でしょう? 流れは昨日渡した紙に書いてありますし、中にも案内があるので、多分混乱はしないですよ」

「とりあえず分かりました。ここまでお手数かけてすみません。ありがとうございました」

 礼を言うと、二人は本当にそのままパトカーに乗って、走り出して言ってしまった。


 施設から出所するときもパトカーで送ってもらえるのかとか、ここで僕が逃げだしたりしたら、誰が責任を取るのかとか、いくつか疑問が思い浮かんだ。

 しかし一先ず行くしかないだろう。


 門に入ると、外からも見えていたが二宮金次郎の像があった。表面に雨が垂れて出来た縦に長い錆びが何本もあり、両足の間には蜘蛛が巣を貼っている。


 四階建ての校舎の壁は白く塗装されていて、一部が剥げてひび割れていた。

 テープ跡が残る黄ばんだガラス扉を押すと、難なく開いた。屋内は電気がついているが、人の気配はない。

 

 建物の中に入ると、懐かしい埃臭いにおいは一層強くなった。

「小学生に戻ったみたいだな」

 石畳の広い玄関があり、奥に廊下が続いていた。

 案内があるということだったが見当たらない、玄関の端の方に下駄箱がぎゅっと寄せて置かれているのが目に入った。

 下駄箱の中には靴が入っていないし、かなり頑張って手を突っ込まないと入れられなさそうだ。

 だから多分、靴は履き替えなくてもいいのだろう。


 すいませんと大声を出そうとした寸前で、学校机の上にベルが置かれているのを見つけた。

 ベルの隣には、「←不在時押してください」と殴り書きのポストイットが貼られている。

 

「なんだよこれ。もう少し分かりやすく書けよ」

 不満を述べたあと、ベルを押す。本当に来るのだろうか。廊下の奥にも、人の気配は感じられない。 

 チン。

「はい」

 ベルが鳴るのとほぼ同時に、背後から不機嫌な声が聞こえた。


「うわぁあっ」

 驚きすぎて腰を抜かしてしまった。振り向くと、小さなおっさんが立っていた。


「吾妻さんね。主任の三河です。案内しますよ」

 こちらが驚いているのもお構いなしに、脇を通り抜けて、ツカツカと廊下の奥に歩いていく。

 

「え、居ました? 瞬間移動しましたよね絶対」

「トイレ行ってたんです。最近尿が近くて」


「トイレ? ええ? だいぶ見回しましたよ」

「よく影が薄いって言われます」

 そういう問題なのだろうか。僕は出入口のすぐ近くに立っていて、トイレがあるのは多分廊下の奥だろう。この状況で僕に気づかれずに背後から声をかけるのは可能なのだろうか。


 土足だったが、先導する三河が革靴のまま廊下を歩いていたので、僕もそれに倣って靴を脱がずについていった。


 ガラガラと扉を開けると、事務机と、オフィスチェアとパイプ椅子だけがある狭い部屋に案内された。


 オフィスチェアに座るよう促され、三河が事務机の近くにあったパイプ椅子に座った。


 事務机には型式の古い分厚いノートパソコンが置いてあり、うるさくファンを回している。


「はいはい。吾妻さんね。はいはいはい」

 小さなマウスを何度かカチカチ操作したあと、画面が見えるように、ノートパソコンをくるりとこちらに回転させた。


「一応確認ですけど、こちらで合ってます?」

 

 画面には自分の簡単なプロフィールが、ギザギザのフォントでまとめられている。

 吾妻(あづま)弘樹(ひろき)。年齢は1997年生まれ。28歳。都内IT企業勤務。2025年〇月×日〇時○○分冷笑確認。

 丁寧に証明社員まで添えられている。運転免許証から取ったのだろう。

 

「はい、合ってま」

 言い切る前に、三河はエンターキーを大きな音を立てて叩いて、印刷を始めた。

 ウィーウィーウィーウィー。ガシャン。

 事務机の端に置かれたキャノンのプリンターから何枚かのコピー用紙が排出され、地面に落ちた。


「拾って」

 こいつマジで。


 椅子に座ったまま手を伸ばして、床にばら撒かれた三枚のコピー用紙を拾い、端をそろえて事務机の上に置こうとすると、三河は、僕の腕からかっさらうように奪い取り、一枚一枚を事務机の上に並べた。

 引き出しをあけてボールペンを取り出し、キャップを外して背につけると、並べた資料を数ヶ所叩いた。


「印鑑持ってきた? じゃあこことここサインして、ここ印鑑ね」

 はい。という風にボールペンを渡される。


「中見てもいいですか?」

 差し出されたペンを受け取らずに尋ねると、眉を寄せ、全く隠さずに、とてつもなく嫌そうな顔をしながら、「いいよ」と答えた。


 コッ、コッ、コッ、コッ。キュポッ、キュポッ、キュポッ、キュポッ。コッ、コッ、コッ、コッ。キュポッ、キュポッ、キュポッ、キュポッ。

「すみません。それうるさいんで辞めてもらっていいですか?」


 ボールペンで机の上を叩いたり、キャップをつけたり外したりがうるさかったので指摘すると、「ああ、ごめんね」と謝り、ボールペンを机の上においた。

 そして、カカカカッ。カカカカッ。と爪でアルペジオを奏で始めた。


 ざっと読んだところ、矯正期間中の規則と罰則が書かれていて、それに同意する旨の記名スペースがあるだけだ。

 規則と罰則の中身についても、前日に警察署で渡された矯正施設のリーフレットに記載されていたものと概ね変わらない。

 そもそも中身を確認する必要もないようなものなのだろう。だからといって両手に自由意思を持たせていいわけではないが。

 

 名前を書いて捺印すると、三河は「はいありがとう」と早口で言って紙をかっさらった。

 クリアファイルに入れて引き出しにしまうと、条件反射のように素早く立ち上がる。


「じゃあ、部屋まで案内するから」

読んでいただきありがとうございます。

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