15. 論破王
学生の頃、僕は酷く虐められていた。
人の目を見て話すことができなかったし、吃音も酷かったからだ。
どの集団の中にも人を虐めるのが得意な人種というのがいる。
親の都合で転校を何度か繰り返したが、どの学校に行ってもそういう人種は居て、そいつらは僕を見逃さなかった。
それに一貫した特徴はない。あからさまな不良がそうの時もあれば、優等生のような見た目をした者がそうの時もある。一貫した特徴はないのだけれど、僕は顔を見れば一目でそれだと分かる。
僕が虐められなくなったのは、先手を取って、そいつらに痛い目を合わせるようにしたからだ。
そういう顔をしたやつが会話で些細なイジリをしたり、ちょっとしたいたずらをしてきたときには、僕は迷うことなく暴力を振るった。
言葉には言葉で、暴力には暴力で、とにかく自分がされたことの二、三倍を相手にやり返す。そしたらそいつはターゲットを変える。虐める相手は誰でもいいからだ。
それで、ようやく僕は平穏な日々を手に入れることが出来たのだけど。それだけでは満足しなかった。
僕の代わりに、何にも悪くない田中君が虐められ始めたからだ。
そのときクラスで一番のいじめっ子は佐藤君だった。佐藤君は先頭に立って虐めをしていたわけではない。一番酷いことは大抵ほかの生徒がやっていた。
何なら、ほかの生徒たちがあまりに酷いことをし始めたら、それを諫めることすらあった。
それでも一番は佐藤君だ。顔を見れば分かる。佐藤君は自分のしていることに何の罪悪感も抱いていなかった。あるのはどこまでも素朴な残酷さだけだ。
ある日我慢できなくなった僕は、佐藤君を殴り倒した。
「急になにすんだよ?」
「お前の顔がキモいから」
「は?」
「見てるだけでイライラするから。だから今日からお前が視界に入るたびに、お前を殴ることにするわ」
「意味わかんねえよ」
「分かる。ずっと黙ってたけど、佐藤ってイライラするよな」
見ていたほかの生徒が言った。それで風向きが悪くなっていることを感じた佐藤君は早口でまくし立てる。
「なんなんだよマジで。分かったあれだ。田中虐めてるからだろ? じゃあ虐めるの辞めるよ今日から。それでいいか?」
「違うよ」
僕は佐藤君を殴った。
「なんなんだよ。何が悪いんだよ。あれか?転校したてのころ、お前のことちょっと虐めてたからか? でもあれ全然軽かっただろ。何ならそのことも謝るし」
「それも違う」
「じゃあなんなんだよ」
「最初に言っただろ。お前の顔がキモいからだよ」
僕は佐藤君を殴った。何度も。何日も。
佐藤君が不登校になって、ほかの生徒とは別の時間で登校するようになると、やっとその不快感は治まった。
なんだ。こんなことでよかったのか。
自分の精神の落ち着け方を知った僕は、その後も自分の所属するコミュニティが変わる度にそれを繰り返した。
ある人種に対する暴力。そういった人種は、コミュニティの中でも実際は嫌われていることが多かったから、ある程度雑な排斥をしても責められなかった。
とはいえ、中学高校と進学すると、段々と直接的な暴力の手段は取りづらくなるため、言葉で排斥を行うことが増えていった。
暴力とは違い、言葉は皆抵抗してくる。ペナルティが少ないからか、口喧嘩は喧嘩よりも競技人数が多いのだ。それもあって僕は、言葉で相手の逃げ道を塞ぎ、追い詰めるのが格段にうまくなっていった。
時代が代わり討論番組に呼ばれるようになると、そのろくでもないスキルは遺憾なく発揮されることになる。
僕が話すと、相手はすぐに口籠る。当然だ。僕がしているのは議論ではなくて排斥だからだ。目的は合意の形成ではなく、一方的な言葉の暴力だった。
しかし短い時間で区切られた討論でそれに気づくのは難しく、気付いたとしても、そのときには相手は押し黙ることになる。
論破王というのは、その様子をみた馬鹿な視聴者が僕につけた称号だった。僕のしていることの実際に気づいている者も多かったが、そいつらは、何も言わずにただ僕を視界に入れることを辞めるだけだった。直接自分に関わるものでない限り、不快なものはそもそも目に入らないようにするというのは一番良い選択だろう。僕だってそうする。
今思えば、僕がしていた排斥も、僕を認めないものが僕にしていた排斥も、種類は同じだったろう。まとめて冷笑と呼ばれるべきものだ。
ただ僕のしていた冷笑は最も目立って視覚化されていたために、法律ができると、僕は国内で一番目に冷笑罪で収容されることになった。
僕は、平岡鷹に会ったことはない。彼が有名になるころには冷笑罪で収容されていたから、名前を知ったのも、アイコンに設定されていた彼の顔を見たのも、矯正施設の中で、SNSのダイレクトメッセージを確認したときが初めてだ。
それでも僕は一目で分かった。コイツはあの人種だ。それも、今まで叩き潰してきた中でも一番の。
平岡の職業が格闘家だと分かると、僕はとても幸福な気分になった。
久しく禁じられていた手段で、僕は排斥ができるのだ。今度は実刑になるだろうが、構わない。
迎えに来た警官の言葉によると、僕はすでに人生を失っているらしい、すでに失ったものと引き換えるなら後悔はない。
久しぶりに暴力が振える。実は言葉よりも好きで、得意だった。




