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冷笑罪  作者: airmokugyo


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13/15

13. 冷笑商売

 黒い砂利の地面に数台の車が止まっている。

 周囲には建物があるが、日が落ちて、背の高い街灯が照らす地面と自動販売機の付近以外は暗い。人通りの少なそうな場所だった。

 

「ちゃんと撮れてるか? 向けとけよカメラ」

 一人の青年がいった。暗がりにぼんやりと映る顔は、目が細く鼻がでかい。やや癖があるその顔には一切恐怖がなく、また、怒りもなかった。


「舐めてんじゃねえぞコラ」

 画面外からの怒鳴り声。

 いかにもというような、金の刺繍の入った白いジャージの上下を着たヤンキーが近づき、青年に殴りかかってくる。

 青年は大ぶりの右フックをバックステップで避けると、即座に強烈なハイキックをヤンキーの側頭部にあてた。

 ドミノのように人が倒れた。受け身も取れず、ヤンキーは青年が蹴り倒した方向に、画面上では右から左に勢いよく倒れ、そしてそのまま動かなくなった。

 カメラが揺れ、倒れたヤンキーに近づく。頭から血が流れているのを映して、動画は終わる。


 「喧嘩」というこれ以上ないほど簡潔なタイトルをつけてyoutubeに投稿された動画は、即座に拡散され、無断で転載され続けた。今では、その合計の再生数は十億回を超えている。


 こんなにも動画が再生されたのには理由がある。動画に映っていた青年が、数年後に格闘技のリングに上がったからだ。

 目が細く鼻がでかい。特徴的なその顔をみた瞬間に、観客は気づいた。あの動画の青年だ。

 ”駐車場の伝説” 平岡(いーぐる)。確信犯のような称号を付けられてリングコールされると、初めて青年の名を知った会場は沸きに沸いた。

 しかし、青年にとってはデビュー戦となるその日。対戦相手に選ばれたのは、その団体の元王者だった。つまり青年は、適当に話題を集められる噛ませ犬として呼ばれただけだったのである。

 

 ゴングが鳴る。

 あの動画と同じく、青年の顔には恐怖も怒りもない。

 かませ犬相手に判定は駄目だ。求められているのは1Rでの早期決着。結果を焦った元王者が青年に接近し、得意の右フックを撃つ。

 素人ではない。動きは洗練されている。

 ノーモーション且つコンパクト。無駄のない軌道で放たれた右フックをバックステップで避けると、青年はそのまま――。

 結果は動画と同じだった。

 ドミノのように倒れた元王者は失神し、頭から流血している。

 即座に連続で鳴らされるゴング。

 再び、今度は勝者として叫ばれる青年の名前。会場は、その日一番の歓声に包まれた。


***

 

 能礼小学校のレクリエーションの中に、若手のタレントがSNSに投稿した長文のポエムを探し、その投稿に「言語化うますぎ」とコメントし、さらにそのコメントに、「わかる。深い」と返信するというものがあった。

 ほかのレクリエーションと同じく、全く気が進まないものだったが、一点だけ、施設で禁止されている通信デバイスに触れられるという点だけはよかった。

 監視の目を盗み、レクリエーション用のアカウントではなく、自分のアカウントにログインする。別に何か目的があったわけではない。施設で用意されたアカウントよりもフォローが整理されている分、情報が得やすいだろうと思った。まあ、情報を得たところで何をするというのでもないが。

 数年ぶりに見るタイムイラインの感動は薄かった。最後に見たものと比べても少し広告が増えている以外に違いはない。サイドメニューから、DMの受信を確認する。企業や見知らぬインフルエンサーから連絡が来ている。

 その中にある、平岡鷹のアイコンに目が留まった。

 ヤスユキはその顔を知っていた。しかし、インフルエンサーとしてでも、格闘家としてでもない。

 

***

 

「さっそく配信回しちゃっていいですか?」

 平岡はジムの中へ案内し、六角形のケージを指すと言った。その中で配信を行うようだった。

 しかし、会って五分と経っていない。

「本当にいきなりなんですね。なんで僕に声を掛けたのかとか色々聞きたいですけど」

 平岡は全く表情を変えずに言った。

「まあ、それも配信の中で喋りましょう。やっぱり新鮮な状態で撮らないともったいないので」

「わかりましたよ」

 苦笑して頷くと、平岡がケージの扉を開ける。入ってみると中は意外と広い。対談のためか、中央にはパイプ椅子が二脚、斜めに向かい合う形で置かれている。

「直径が、大体9メートルあります。実際に興行で使われているものと全く同じサイズです」

 六角形の各頂点の上部に、一台ずつカメラが設置されている。またケージの近くの柱にモニターが二台、縦に並んで設置されている。

「六台のカメラをAIが適宜切り替えて、常に最適な画角で撮影してくれます。五分間の遅延をかけて、あのモニターに写ってるものと同じ映像が配信に流れます。上がリアルタイムで、下が配信と同期した五分遅延してる映像です」

 平岡の言う通りだった。上のモニターにはすでに平岡と僕が写っていたが、下のモニターは五分前の映像のためか、まだ誰も入っていないリングを映している。

「遅延ですか」

 わざと不満げに言った。遅延させて配信させるというのは、まあ当然そうするだろうとは思っていた。

 平岡が振り向き目を見る。

「五分でもかなり譲歩してます。完全なリアルタイム配信は流石にリスクが大きい。遅延が無理なら」

「大丈夫です。ただ聞いていない話だったので」

「そうですか」

 平岡は表情を崩さない。愛想笑いをしない男だった。

 僕は周囲を見回してからいった。

「人いないですね」

「編集は依頼してますけど、撮影は基本一人でやってます。それに今日はジム休みですから」

「なるほど」

 パイプ椅子に腰を降ろすと、平岡はスマホを取り出した。

「始めていいですか?」

 無言で頷くと、平岡も対面のパイプ椅子に腰を降ろした。

「じゃあ、始めます」

 柱に設置されたモニターに、「配信中」の文字が表示される。


***


 ネットカフェの個室をそのまま大きくしたような部屋だった。座椅子とローテーブル。ローテーブルの上にはやや大型のモニター。そして、安物のキーボードとマウスが置かれている。

 基本的にすべてのものが煙草の灰とヤニに汚れていて、空き缶もそこら中に放置されている。

「汚え我が家だ」

 小山学は言った。一か月ぶりに帰ると、改めて実感する。

 流石に掃除をしなければいけないとも思うが、しかしクッションのヘたった座椅子に腰を降ろすと、その気持ちごと落ち着いてしまった。

 PCの電源を入れて、久しぶりのネットサーフィンを楽しむ。

「大して変わんねえな」

 SNSのタイムラインを眺め、ネットニュースを見て、そのあとに動画投稿サイトを開く。

「なんだこれ」

 TOP画面に生配信が載っていた。平岡鷹という、格闘家兼インフルエンサーのチャンネルだ。

「冷笑罪で収容されて五年ぶりに釈放されたヤスユキ氏と対談」

 小山は無心でその配信をクリックして開いた。

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