11. お前の友達
収容期間の延長を宣告された僕らは、廊下を歩き宿泊室へ戻った。
移動する間、僕ら四人は終始無言だった。奈路も我為も表情は暗く、小山に至っては、死刑でも宣告されたような顔をしている。
「どうだったー?」
宿泊室の扉の前まで辿り着くと、そんな僕らの様子にはお構いなく、全く対象的な明るい調子で、小島が声を掛けてきた。
「うるせー」
我為が小さな声で言った。
「なんでそんなこと言うのさー。ねえ、何があったか教えてよ。気になるー」
食い下がる小島を無視して、僕ら四人は部屋に入る。この時ばかりは僕も我為と同じ気持ちだった。
乱暴に、体を叩きつけるようにしてベッドに横たわると、悲鳴を上げるようにパイプが軋んだ。
少しすると、隣のベッドから断続的にドン、ドンと音がし始めた。見ると小山が自分のベッドを殴っているようだった。
その音は大きく、かなり気にさわった。
「小山さん、うるさいです」
そういうと、少しの間音が止まったが、すぐに再開する。
「それ、ベッド殴るの止めてもらっていいですか?」
再度注意すると、小山はすねた子供のような口調で言い返してきた。
「いいじゃん、別に」
舌打ちをしたあとに立ち上がり、小山のベッドに近づくと、横向きに寝ている小山が、メソメソと泣いていることに気づいた。
「いいぜ、殴りたきゃ殴れよ。どうせ一ヶ月だ。殴ったら二か月か。まあどうでもいいや。あははははははは」
小山は僕から顔をそむけたまま言った。
諦めた僕が、自分のベッドに戻ろうとすると、小山が続けて言った。
「ていうか吾妻君てさ、俺のこと舐めてるでしょ」
「別に舐めてないですけど」
「いや、舐めてるでしょ。別に吾妻君だけじゃないけどさ、なんか、吾妻君が一番俺のこと舐めてる気がするんだよね。目とか態度にそれが現れてるよ」
「そうですか」
「そうですか。そうですかだってさ」
僕は小山のことを無視して自分のベッドに戻った。殴る音は止んだ。
周りを見ると、我為は体を起こしてぼうっとしている。その目は方向としては正面の壁を向いていたが、きっとなにも見えていないだろう。
奈路は本を開いたり閉じたりしているが、一ページも進んでいない。こんなことがあった直後では、さすがの彼でも小説に集中できないようだった。
僕はどうしていようか。刑期が延びたわけだけれど、今日のレクリエーション自体はもう終わったわけで。そうすると、この施設ではもうやることがない。こういうときに暇がつぶせるスマートフォンは、初日のうちに没収されている。
そうだ。刑期が変わったことを職場に連絡しなくては。そう思ったが、なんだかそれもやる気がしない。
寝るか。今なら、ぐっすりと眠れる気がする。
ベッドに体を預け、目を閉じる。予感はあたって、すぐに睡魔が襲ってきた。
この施設に来てから、初めて夢を見た。すぐに夢だと気づいたのは、施設の中ではなく、外にいたからだ。
僕は田んぼの畦道を走っている。周囲には平屋がぽつぽつとあるだけで、背の高い建物はない。そんな風景の中にいるのは、きっと施設に着いたときに見たものが頭のなかに残っていたからだろう。
高く登る日が遠く見える山の稜線を浮き立たせて、頭から胸に滴る汗をジワリと蒸発させる。
どろっとした地面をかき分けるようにして、細い稲の葉が密集して生えている。その間の道を僕は走る。走り続けている。
どこに向かっているのかは分からない。ずっと走っているから、だんだんと息が苦しくなる。そろそろ足を止めたい。でも止まらない。
夢の中だからか、自分の体が思うとおりに動かないのだ。それは誰かに勝手に動かされているような感じで、腕も足も全く言うことを聞かない。
くそ。止まれ。止まれ。動くな。
息苦しい。おなかが痛い。何かに押さえつけられているようだ。
くそ。なんだ。離せ。離せ。
「離せ!!!」
そう叫んだ瞬間、天地がひっくり返った。一瞬の浮遊感のあとに、どこまでも落下していく。
「痛ぁ」
肘から床に落ちたようだった。さすがに目が覚める。走る夢なんか見たから、寝相が悪くてベッドから落ちたんだろう。
身を起こそうとしたが、腕が動かせない。縛られている。手にロープの感触を感じてから慌てて目を開くと、ようやく状況を理解する。
パイプ椅子に座った状態で、腕を後ろに回して縛られていた。
これでは動かせないはずだ。
「なんだよこれ」
椅子から立ち上がろうとすると、腰も縛られている。どうやら自由になるのは足だけのようだ。体を捻って、なんとか足を使って器用に起き上がろうとするが、転がるだけだった。
後ろから足音が近づいてきて、誰かが椅子ごと持ち上げて起こしてくれた。
見上げると、それは三河だった。
隣にもパイプ椅子が置かれている。同室の小山、奈路、我為が同じように、体を椅子に縛られている。
「は?なんだよこれ」
目を覚ました我為が言った。
「これもレクリエーションですか?」
僕が尋ねると、三河は頷いた。
「うん」
実に簡潔な返事だ。
「今度は何やらされるんだよ」
小山が言った。
「男磨き」
「男磨き?」
「お前ら女々しいからさ。男磨いてやろうと思って。感謝しろよ」
そういうと、三河は僕たち一人一人の拘束を解いていった。
拘束を解かれた小山は腕をぐるぐると回し、欠伸をした。
「ていうかここ、どこだよ。俺たち宿泊室にいたはずだけど」
見回すと体育館ほどではないが、なかなか広い部屋だった。中央には格闘技のリングがあり、その周囲にサンドバッグが吊り下げられていたり、ベンチマシンやランニングマシンが設置されている
こんな施設まであったのか。
三河は長袖のポロシャツを着ていたが、その裾を掴むと、一息に脱ぎ捨てた。
今まで全く気付かなかったが、その体は分厚い筋肉に覆われていた。
「俺が運んだ。お前たちを鍛えるために」
ふと、三河が僕と目を合わせた。僕はすぐに目をそらしたが、無駄だった。
「吾妻、リング入れ」
「嫌です」
僕は即答した。
「別に殴りはしねえよ」
三河はそういいながら、ミットを手にはめると、僕にグローブを投げてよこす。
「ミット打ちだ。吾妻以外は、そこにある縄で縄跳びしろ」
僕はグローブを付けると、言われた通りにリングの中に入った。
三河は電光パネルに三分の時間をセットし、開始させたあと、ミットを付けた右手を上げた。
「ほら、ジャブだ」
言われた通り、左腕でミットを殴る。僕はまったくの素人だったが、三河が僕のパンチに合わせてミットを叩きつけてくれたので、パシンと小気味いい音が鳴った。
「ほら、ワンツー」
左、右と合わせる。パシン、パシン。
「ワン、ツー、フック」
パシン、パシン、パシン。
気が付くと三河が設定した電光パネルのアラームが鳴った。
汗だくになったが、これは楽しい。
「やっといい顔つきになったな」
三河に言われ、え、と驚く。
周囲の壁には鏡が貼られ、フォームを確認できるようになっている。そこに映る自分の顔は、確かに笑っていた。
「いい笑顔だ」
「はい。ありがとうございます」
僕は礼を叫んで深く頭を下げた。頭の中にあったもやが、一気に澄み渡るような気分だった。もうきっと僕は冷笑なんてしないだろう。冷笑ダメ。絶対。と、吾妻弘樹は思った。
「次、小山。縄跳びサボるなよ」
***
それから、あっという間に一か月が経過した。
狭い事務室の中で、三河は腕を組んで押し黙り、目の前の液晶を睨みつけている。
上田が近づき、コーヒーの入ったマグカップを机の上に置くと、ようやく顔を上げ、「ありがとう」と短く礼を言った。
「まだ、考えてるんですか?」
「ああ」
液晶は、一人の男のプロフィールを映していた。「飯村靖之」。つい先ほどまで、能礼小学校に収容されていた男だった。
彫りの深いファラオのような顔立ちをした男は、プロフィールの写真の中でも片頬を吊り上げ、皮肉げに冷笑している。
特筆すべきはその収容期間だろう。飯村は2020年4月1日。つまり冷笑罪が施行された最初の日から、釈放された今日、2025年3月28日までの約五年間も、この施設に収容されていたのだ。
「本当によかったのか。あの化け物を世に解き放って」
「しかたないですよ。五年もいたんですから、これ以上はもう」
「でも、アイツは最後まで反省しなかったんだ。最後になんて言って出てったと思う?」




