10. Checkmate
部屋に戻ると、みな一様に息を吐いた。
「なんとかなったな」
小山が少し上ずった声で言った。
「まだわからないですよ」
僕が言うと、我為も眉をひそめて頷いた。体育館を出るときの上田の表情が、まだ目に焼き付いている。
「けどまあ、バレてないだろあの様子じゃ。笑顔で送り出されたぞ」
小山はそういって笑ったが、顔は引きつっている。
恐怖をごまかすために、自分に言い聞かすように強気を言っているのだ。ふいに我為が咳をすると、びくりと肩を震わせる。
本当に平気な奴は何も言わないものだ。
「奈路君は本当に平気そうだね」
部屋についてそうそう、自分のベッドに腰掛けて小説を読み始めた奈路に言った。
「考えてもしかたいでしょ」
奈路は開いた本から目も離さずに答えた。
小山は満足げに頷く。まさに聞きたかった言葉だったのだろう。
「こいつの言うとおりだよ。考えても仕方ないんだ。考えても」
そういっておもむろに立ち上がると、ロッカーのカギを開け、荷物を整理し始めた。
そうか。このおっさんは今日が最終日なんだったか。iPhone破壊の実行役を買って出たのも、きっとそれが理由だろう。自分は今日出所できる。残されるメンバーに任せても、破壊できる確証はない。
「そういえば小山さんは、何時に出るんですか?」
「18時だよ。迎えの車が来る。白黒のな」
時計を確認すると午後四時二十分だった。
「色々と手続きとかはやらないんですかね」
この数日殆ど一緒にいたが、小山がそんなことをしている様子はなかった。
「なにも聞いてないんだよ。こっちから聞いてもよかったのかもしれないけどな。まあ必要なら呼びだされるだろ」
そのとき、天井に埋め込まれたスピーカーが、低く振動した。
機械が古いからか、稼働して音を流す前にこうやって予兆の音が聞こえる。
ピンポロパンポン、埃を被ってそうな、曇った鉄琴のチャイムのあとに、気の抜けた低い声がアナウンスする。
”三年四組-前の部屋の方、至急視聴覚室へ集合してください。三年四組-前の部屋の方、至急視聴覚室へ集合してください”
「呼ばれたみたいだ」
小山が言った。立ち上がり、部屋を出ようとする。
「待って。なにか変」
奈路が言った。
「確かに『三年四組-前の部屋の方』って言ってたな。そしたら、おっさん以外も呼ばれてるんじゃないか」
我為が引き継いだ。
再びアナウンスが流れた。
”三年四組-前の部屋の方、対象者は小山学、安藤我為、奈路安智、吾妻弘樹の四名です。至急、視聴覚室へ集合してください”
僕達は顔を見合わせた。奈路を含む全員が冷や汗をかき、おそらくだが心臓が早鐘を打っている。
無言で立ち上がり、部屋を出る。隣の部屋から小島理央が顔を出し、「君たちなにやらかしたの?」とニヤニヤした顔で尋ねてきた。
一番仲が良いであろう我為が無言だったため、僕が代わりに答える。
「別に何もやらかしてないですよ。なんで呼ばれたのかは、行ってみないと分からないです」
小島はわざとらしく「へー」と相槌を打った。
まさかこいつがバラしたんじゃないだろうな。一瞬そう思ったが、その可能性は少ない。隣の部屋とはパーティションで区切られているだけとはいえ、その壁は意外と分厚い。
隣の物音が聞こえてきたことはなかったから、同じように昨日の話し声くらいのボリュームでは分からないはずだ。
「まあ頑張ってきてよ。あとで結果教えてね」
小島はそう言い残すと、扉を閉めて部屋に戻った。
視聴覚室は反対側の校舎の三階にある。僕達四人は小山を先頭にして、そこまで移動した。途中会話はなかった。
スマートフォンを破壊したのがバレたかもしれない。みたいな会話をして、それを聞かれたら困るというのもあるだろうが、冗談を言う余裕もなかった。
視聴覚室のドアを開けると、中には上田と、三河がいた。
入った瞬間、僕たちは絶望した。
部屋の壁を覆うように何台も液晶が取り付けられていて、そこには各宿泊室や食堂、体育館など、施設中の部屋の様子が映し出されている。
部屋に設置されている機械も最新のもので、ここに入所したときに見た、埃だらけのPCとはかけ離れていた。
この部屋だけがそうなのか。いや、おそらく他の部屋も、古いのは見た目だけで、中身は最新の可能性は高い。
矯正施設に来てからずっと感じていた違和感がようやく言語化される。
冷笑カメラだ。今や日本中に設置されている冷笑を検知する監視カメラ。
そんな便利な代物があるというのに、この施設に来てからは一台も見ていなかった。
設置されていないのか。そんなはずはない。でも、施設全体の古さから、おそらくないんだろうと勝手に推察してしまった。
誰もそんなことは言っていないのに。
上田と三河は視聴覚室の奥、巨大な液晶の前にいた。上田は座席に座り、三河はその隣に腕を組んで立っている。
二人の近くにある机の上に、上田が使っていた古いiphoneが置かれている。僕達が今日、水銀を使って破壊したものだ。
小山の顔をちらりと見る。絶望している。
額に汗を掻き、肩は震え、何故か少しだけ笑ったような表情になっている。この部屋の光景を見た瞬間に、もう諦めているのだろう。
「全員いるね。じゃあ、こっち来て」
三河が言った。怒った口調だった。
いつまで立っても小山が動かず、背中を叩くと、「あ、ああ」と言ってようやく歩き出した。
小山に続いて、僕達三人も歩く。
三河はiphoneを指さして言った。
「これ、壊したよね。なにかいうことある?」
小山はなにも言わなかった。
「おい、なんか言えよ小山ぁ」
上田が追撃すると、小山は呻いた。
鼻をすすり、肩を震わせて泣き始めた。
「泣いちゃったよ。みっともねえな。泣くなよおっさんがよぉ」
「だって、変な動画とられて、脅されて、踊らされて。今日が最終日だから!!最終日だからぁ!!」
小山が震えた声で叫んだ。
「関係ないですね。彼女のしている行為はレクリエーションの一環として認められています。対して、あなた達がやったことは器物損壊ですからね」
三河は冷酷に言った。
近くの端末を操作して、視聴覚室の一番大きなスクリーンに、犯罪の証拠映像を次々に映していく。
そこには小山が朗々と計画を語る映像。理科室に忍び込み、ガラスのピペットを盗む映像。温度計を壊し、中にある水銀を入手する映像。音声もしっかりと録音されている。
「今日が、今日が最終日だから」
小山はまだ呻いていて、三河がそれを冷酷に睨みつける。
「残念ながら、最終日ではなくなりました」
「三年四組-前班全員、収容期間を一週間から一ヶ月に延長します」
「は?意味わかんね」
我為が小さな声で言った。
「意味わからなくない!」
三河が不意に大きな声で叫ぶと、「ヒ」と怯え、静かになった。
僕は、声が裏返らないよう、ゆっくりと息を吸って呼吸を整えた。そのあとに言った。
「実際、意味わからないですけどね」
「何?」
三河に睨まれる。小柄だが、凄まじい形相だった。怯まずに続ける。
「他の二人はどうか知らないですが、僕はここに二日前に入って来たばかりですよ。その関係性で、スマートフォンを破壊するのを止めなかったってだけで、一ヶ月ですか? 連帯責任はわかりますけど、重すぎるでしょう」
僕がそう言うと、三河は、僕を睨みつけたまま、無言で近づいてきた。ぶん殴られでもするのかと思ったが、僕は目を逸らさずにいた。
顔と顔とが触れそうになるほど近づくと、不意に口を開く。
「ほかの二人はどうか分からないですが~僕はここにきたびゃかりでぇ~」
両手を顔の横につけ、グーパーしながら、馬鹿にした口調でいった。
「女々しいんだよお前、言い訳すんな」
「いや言い訳とかじゃ」
「いやいいわけとかじゃ~とかじゃ~。話は終わりだ」




