50:お礼はパフェで
ハムスターのゆきと遊んだ後、私は手を洗って階下に降りた。
「お帰り。漣里は?」
変わらずリビングにいた葵先輩はテレビを切り、尋ねてきた。
「トイレです」
葵先輩と向かい合って座り、空席に残された漣里くんのコーヒーを眺める。
漣里くんのコーヒーは糖度120%。葵先輩のブラックのそれとは色が全然違う。
「そっか。後夜祭は漣里と踊るの?」
葵先輩の視線は私のヘアピンにあった。
でも、葵先輩はヘアピンについては何も言わず、別のことを質問してきた。
「……誘ったんですけど、断られちゃいました。うるさいのは苦手だ、踊るのも興味ないって」
本当はいまでも漣里くんと一緒に踊りたいと思ってる。
けど、無理強いはできないもんね……嫌々付き合ってもらったって、ちっとも嬉しくない。
「……残念そうだね?」
「えっ。いえ、……はい」
見透かすような葵先輩の眼差しの前では意地を張ることもできず、私は観念して俯いた。
「じゃあ僕に任せておいて」
「え?」
顔を上げると、葵先輩は優しく微笑んだ。
「真白ちゃんは漣里の状況を変えてくれた恩人だからね。僕がなんとかしてあげる。ドレスは持ってる?」
「いえ、持ってませんけども……」
一年の時は制服で参加したし、漣里くんにダンスを断られたから、買う気にもなれなかった。
「じゃあ踊るとなったら、用意できる? 無理ならいいんだ。お互いに制服でも――」
「いえ、もし漣里くんが踊ってくれて、特別な格好をしてくれるっていうんだったら、買います!」
私は勢い込んで言った。
「そう。とびっきり可愛いドレスを用意しておいて」
え、本当に、思い描いていた夢のダンスが実現するのかな!?
「はい!」
私は大喜びで頷き、それからふと気になって尋ねた。
「葵先輩は、誰かと踊る予定はあるんですか?」
この問いは興味本位でもあり、みーこのためでもあった。
みーこ、ずっと葵先輩が踊る相手のことを気にしてたもんね。
多分、みーこだけじゃなく、時海に通うほとんどの女子が気にしていると思う。
「お誘いはたくさん受けてるんだけどね。特定の誰かと踊ったら、その誰かに迷惑をかけてしまいそうだから」
葵先輩は苦笑した。
「葵先輩はアイドルですからね……」
誰かをひいきしたら、その誰かがファンから嫌がらせを受けそう。
「……じゃあ、葵先輩も講堂で待機する予定ですか?」
葵先輩が踊らず講堂に行くとなると、今度は講堂に人が殺到しそうだ。
「ううん、特別棟の屋上にでも行こうかなって思ってる。あそこなら人が来ないでしょう?」
自分の存在が大きな混乱を招いたりしないように、後夜祭が終わるまで、夜の屋上で一人でいるのだろうか。
そんなの、寂しすぎる……葵先輩は今年で卒業しちゃうのに。
中学最後の文化祭が独りだなんて、そんなの、あんまりだ。
「あの、じゃあ、私の友達を話し相手にするのはどうでしょう?」
「え?」
思ってもみなかった言葉だったのだろう、葵先輩は目を瞬いた。
「ああ、中村さん?」
「はい。彼女、葵先輩と二人で話がしたいみたいで。よろしければ是非!」
身を乗り出す勢いで言うと、葵先輩は不思議そうな顔をしながらも頷いた。
「よくわからないけど、構わないよ」
よしっ!
私は座卓の下で拳を握った。
賑やかし役にもなれるみーこがいれば、夜の屋上であろうと葵先輩が寂しさを感じることはないよね。
きっと報告すれば、みーこからは大いに感謝されることだろう。
それでもしも、万が一、二人がうまくいけば――お礼はパフェでいいよ、みーこ。




