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05:凄く可愛い!

「お待たせしました」

 私は二つのガラスコップを乗せたお盆を持ち、漣里くんが待っている自室に戻った。


 ベッドに本棚、ぬいぐるみ。

 一歳しか年の離れていない男子に自分の生活空間を見られるのはなんだか恥ずかしい。


 漣里くんは小さな座卓の前に座っていた。


 この座卓は脚が折りたためるもので、使わないときは壁に立てかけている。

 可愛いウサギのキャラクターが描かれた座卓を見ても、特に感想はないらしく、漣里くんは無表情だった。


 物珍しそうに部屋の中を見回すことも、そわそわすることもない。

 仮にも女子の部屋にいるのに、ちっとも緊張してないように見える。


 漣里くんって、緊張することあるのかな?

 一体どうしたら彼は動揺するんだろう?


「どうぞ」

「どうも」

 しゅわしゅわと炭酸が弾けるぶどうジュースを受け取って、漣里くんは飲み始めた。


「おいしい」

 一応の愛想なのだろう、漣里くんはジュースを飲んでそう言った。

 できれば表情にもその感情を出してほしかったけど、彼にそれを望むのは贅沢というもの。


 ええ、だいぶわかってきましたよ?


「良かった。このジュース、お店でも出してるやつなんだ」

「そう」

 ……あ、また沈黙だ。

 会話早々、間が持たなくなったな。


「……テレビでも見る? それか、動画でも流そうか? 見たい動画とかある?」

「いや。何でもいい」

 あくまで彼はそっけない。


「じゃあ、テレビにしようか」

 私はテレビのリモコンを取り上げ、適当な番組で止めた。

 ちょうど人気上昇中の男性アイドルが出ている番組だった。


「この人、格好良いってSNSでも話題だよね」

「知らない。誰?」

 ですよね。

 ええ、そうでしょうとも。

 なんとなく想像はついてました。


「でも、私、この人より漣里くんのほうが格好良いと思う」

「は?」

 漣里くんは微妙に嫌そうな顔をした。


 さっきもこんな反応だったな。

 もしかして、褒められるのが嫌いなのかな?


「だって本当にそう思うんだもの。この雑誌にもモデルさんが何人か載ってるんだけど、漣里くんのほうが格好良いなぁって思う」

 私は本棚の雑誌を一冊引き抜いて、座卓の上に広げた。


「スタイルもいいし、身長だってまだ高1なのに170はあるでしょう? 困ってる人を放っておけないお人よしだし、性格もいいよね」

「……そんなことない。社交性もないし」

「うーん、そうかもしれないけど」

 私は雑誌をめくりながら言った。


「それが漣里くんの性格なら、それでいいんじゃないかな。無理に自分を変える必要はないと思う。その人にはその人の個性があるように、喋るのが得意な人もいれば苦手な人もいるんだよ。世の中の人間、みんながみんな話し上手で、聞き上手がいなかったら、うるさくて仕方ないんじゃないかな? なんで黙って自分の話を聞かないんだって、喧嘩も起きそう。うん、やっぱり、無口な人も世界には必要だよ」

 ぱらぱらと雑誌をめくって、男性モデルが載っているページを探す。


「他人の評価なんて気にすることない。口数が少なくても、漣里くんが本当は凄く優しい人だって、私は知ってるもの。そんな漣里くんに、私は助けてもらったんだもの。口先だけの人より、実際に行動することができて、人を大切にできる漣里くんのほうが、よっぽど素敵だと思う」

 あ、あった。

 ようやく目的のページを探し当てた私は、顔を上げた。


「ほら、この人よりも漣里くんのほうが格好良……」

 そこで、私の目は点になった。


 あまりの衝撃に、言葉も止まる。

 ……どうしたことだろう。


 漣里くんの顔が、真っ赤だ。

 耳まで赤くなってる。


 しかも彼、よっぽど恥ずかしいのか、半分だけ顔をそらして、右腕で顔を隠してる。


 右手の甲が左の頬についているような状態だ。

 激しく動揺したように瞳が揺れている。


 え……え?

 何事?


 無愛想でクールな普段の彼からは、想像もつかない状態だよ?


「れ、漣里くん?」

 あ、そういえば、いま私、漣里くんのこと褒めたよね?


 葵先輩に言われたからじゃなくて、ただ会話の流れで、自然に口から出た言葉だったけど――紛れもなくそれは私の本心だ。


「そん……なこと、ない、し……」

 漣里くんは私から顔を背けたまま、声を絞り出すようにして言った。


 え? え? え?

 まだ理解が追いつかず、私の頭の中に無数のはてなマークが踊る。


 ……ひょっとして、漣里くんって。

 ものすごく照れ屋さん?


 私が漣里くんを優しいと言ったとき、否定して廊下に出て行ったのも、照れ隠しだったのかな?


 あの後は、廊下でこんなふうに、真っ赤になってたのかな?


「…………」

 確かめてみよう。

 そんないたずら心が芽生えた私は、身体を漣里くんに近づけた。


 軽く前のめりになり、両手をメガホンの形にして、小声でささやく。


「……漣里くんって素敵」

 ぼっ!

 そんな擬音がつきそうなほど、漣里くんの顔が赤くなった。


「違うし。うるさい」

 漣里くんはそっぽ向いた。


 ええええええええええ!!

 凄い! 何この人!


 可愛い!!

 心臓がきゅーんと縮まった。


 漣里くんがこんな一面を持っていたなんて。

『面白いものが見られる』って、こういうことだったんだ。


「黙らなかったらどうなるの?」


 彼の反応が知りたくて――もっともっと知らない一面が見たくて、私はつい聞いてみた。


「帰る」

 漣里くんは立ち上がった。


「わあ、嘘です嘘ですごめんなさいっ! もう言いません! 約束するからゆっくりしていって!!」

 私は慌てて立ち上がり、彼の腕を掴んだ。


 私が必死だったからだろう、仕方なくといった様子で漣里くんが座り直した。

 ほっとして私も座る。


 ……あんまり調子に乗ったら拗ねちゃうみたいだ。

 何事もやりすぎは良くないね、うん。


 漣里くんは仏頂面でジュースを飲み始めた。

 まだ少し顔を赤くしたまま。

 でもそれを指摘したら今度こそ帰ってしまうと思ったから、口には出さなかった。


 ……これは、評価を改めなければいけない。

 私は微笑みながら思った。

 彼は無愛想なようでいて――凄く可愛い。

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