48:もう独りじゃない
「俺も小金井も変なところで辛抱強くて、意地っ張りだから、真白がいなかったら、俺たちはずっとすれ違ったままだった。これが相手のためになるって思い込んで、感情を麻痺させて、きっといまでも理不尽な状況に耐え続けてたよ」
漣里くんは頭を傾かせて、私の肩に乗せた。
「状況を根底から覆したのが真白だ。真白は俺が独りでいるのが嫌だと、不幸になるのが嫌だと泣いてくれた。人に暴力を振るうなって言ったのも真白だろ。もしも俺があのとき、野田に一発でも殴り返してたら、皆が俺を見る目も違ってた」
漣里くんは繋いだ手に、きゅっと力を込めた。
「やられてもやり返さずに耐えるなんて根性がある、お前は凄い奴だなんて褒められることもなかった。兄貴はうまく事後処理してくれたかもしれないけど、そもそもの始まりは真白だ」
「……そ、そう……かな」
発言内容にも、私の手を覆う温もりにも、漣里くんが私の肩に頭を乗せていることにも――全てに私は動揺して、胸がドキドキと鳴りっぱなしで、聞こえてるんじゃないかと不安になる。
「そうだ。言っただろ、俺は真白に感謝してるんだって。疑うのか?」
繋いでいた手が組み変わり、俗に言う『恋人繋ぎ』になる。
「う、ううん、そんなことは……」
ざあ、と気持ちの良い風が吹いて、頭上の枝を揺らす。
校舎の中から生徒たちの話し声が聞こえてくる。
心臓が負荷に耐えかねて爆発しそうだ。
続ける言葉に困って、逃げるように目線を上げると、校舎の中からこちらを見ている人影があった。
相川くんだ。隣には同じクラスの男子もいる。
購買部からの帰りなのか、彼は片手に紙パックのジュースを持っていた。
相川くんは漣里くんと目が合うと、片手をあげた。
そして、漣里くんと、隣にいる私を交互に指し、にやりと笑う。
ラブラブだねー、とでも言いたいのかもしれない。
「なにやってんだ、守の奴……」
邪魔をされたとでも思ったのか、わずかに不機嫌そうな調子でそう言って、漣里くんは頭を上げた。
私の肩から重みが消失する。
「守?」
「相川の名前」
私の全身、頭のてっぺんから足の爪先までを、落雷にも似た激しい衝撃が貫いた。
「守が名前で呼んでいいかって聞いてきたから、別にいいよって……なに、その顔」
口をあんぐりと開けている私を見て、漣里くんは怪訝そうな顔。
名前で呼び合える友達ができたんだ……!!
夕陽の差す屋上で独り寂しく読書していた彼の姿が脳裏をよぎる。
あまりにも嬉しくて泣きそうになり、私は強く目頭を押さえた。
「良かったね」
おとついの、昼下がりの午後の光景を思い出す。
移動教室だったらしく、漣里くんは相川くんたちと渡り廊下を歩いていた。
相川くんと話す漣里くんの口の端は上がっていた。
笑うことはあまりない、って言ってたのに。
確かに、漣里くんは友達と笑っていた。
胸がいっぱいになって、私はその光景をただ黙って見ていた。
すると、漣里くんは三階にいる私に気づいて微笑み、片手をあげた。
私は微笑み返して手を振った。
ねえ、漣里くん。
友達と笑ってた漣里くんの姿が、私に手をあげて合図してくれたことが――その全てかどんなに、どんなに嬉しかったか、知らないでしょう?
――私は漣里くんと誰かが仲良くしてる姿、見たいな。誰かと笑ってる漣里くんを見てみたい。
私の願いを、叶えてくれたんだね。
「もう独りじゃないんだね」
涙を滲ませながら、万感の思いで微笑む。
「わ」
漣里くんは私の肩に手をかけて引き寄せ、抱きしめてきた。
相川くんたちが窓を開け放ったらしく、冷やかしの声が降ってくる。
「あいつらほんと邪魔だな」
漣里くんは不機嫌そうに言って、身体を離した。
「明日の土曜日、なんか予定ある?」
「う、ううん、特には。お店の手伝いもしなくていいって言われてるし」
まだ抱きしめられた余韻が全身に残っている私は、かちこちになったまま、ぎくしゃくと頭を振った。
「なら、家に来ない? 親も兄貴も真白に改めてお礼を言いたいって言ってる」
「わかった。じゃあ、お昼過ぎくらいにお邪魔するね」




