45:謎の鉢巻き軍団
翌朝。
晴れた秋空の下、私は漣里くんと肩を並べて、学校へ続く道を歩いていた。
「……やっぱり一晩じゃ治らないよね」
漣里くんの顔には昨日と変わらず、大きなガーゼと絆創膏が貼ってある。
「でも痛みは引いた。おまじないのおかげ」
「だったらいいな」
自己回復力を私の手柄にしようとしてくれるのが嬉しくて、小さく笑う。
住宅街を抜けて、大通りに差し掛かる。
しばらく雑談してから、私は切り出した。
「……野田たち、報復しにくるかな」
不安に駆られ、自然とトーンも落ちる。
「多分大丈夫だと思う。昨日、兄貴はめちゃくちゃ怖かったんだ。表面上はいつも通り笑顔なんだけど、雰囲気が全然違ってて、これまでの顛末を詳しく聞かれた。包み隠さず野田の悪行を全部話せっていうから、小金井が金を巻き上げられてたことも正直に言ったよ。そしたら、なんか薄く笑ってた。怒りの針が振り切れたっぽい」
「それは、怖いね」
温厚な人ほど怒らせると怖いと聞くけれど、葵先輩はその典型だろう。
「ああ。兄貴は怒ると本当に怖い。だから、心配しなくても大丈夫だ。兄貴が任せろって言った以上、事態が悪化することはありえない。全部なんとかしてくれる」
「……葵先輩に丸投げしてない?」
「仕方ないだろ。お前はもう関わるな、おとなしくしとけって言われてるんだから」
話しているうちに学校が近づき、視界内の生徒たちの数も増えてきた。
前方では、おはよー、と女子が友達と挨拶を交わしている。
そして、その女子二人組は気遣わしげに漣里くんを振り返った。
「……可哀想……」
「酷いことするよねぇ……」
……ん?
私は断片的に聞こえてくるその言葉と彼女たちの眼差しに、違和感を覚えた。
これまで漣里くんと一緒にいると向けられてきたのは「ほらあれが噂の」とでも言いたげな、好奇の視線。
でも、辺りを見回すと、今朝の皆の眼差しには深い同情が宿っている。
ガーゼに覆われている漣里くんの顔を見て、気の毒そうに眉をハの字にしたり、唇を引き結んだりと――明らかにこれまでとは様子が違う。
「……なんだ?」
漣里くんも事態の変化に戸惑っているみたい。
「昨日のことが広まってるみたいだね。あれだけ目撃者がいたら当然かもしれないけど。昨日は私も友達にラインで色々聞かれたし……」
話しているうちに、校門が見えてきた。
「……え、みーこ?」
いつもの校門にはありえない光景を目撃し、私はきょとんとした。
校門の脇には九人の男子と一人の女子から成る、謎の集団がいた。
昨日見た筋骨隆々の元サッカー部の部長を筆頭にしたサッカー部の部員たち、男子柔道部の部員、バスケ部の部員、その他、所属のわからない生徒たち。
彼らの共通点は、どの生徒も素晴らしい筋肉の持ち主の、完全な肉体派であるということ。
時海の筋肉自慢が一堂に会しているかのような、異様な光景。
紅一点となっているのが、みーこ。
彼女は男子軍団と同じく、腕組みして頭に赤い鉢巻を巻き、威風堂々と風に吹かれていた。
登校してきた一般の生徒たちは、怪しすぎる集団には関わりたくないとばかりに、そそくさと傍を通り過ぎ、校門の中へと吸い込まれていく。
しかし一方で、足を止めて彼らを遠巻きに眺め、ひそひそと囁き合っている生徒もいた。
おかげで鉢巻軍団を含め、二十人を優に超える生徒が校門付近に集まっている。
「なんだ、あれ」
漣里くんが無感動に呟く。
「お、やっと来たわね成瀬くん、真白」
私たちを見つけたみーこが腕組みを解き、手を振ってきた。
「おお、来たか、成瀬弟。待ちわびたぞ」
元サッカー部部長が両手を広げ、きらりと白い歯を輝かせた。
「……逃げていいかな」
「まあまあ、行ってみようよ」
私は逃げ腰の漣里くんの背中を押し、鉢巻軍団に近づいた。
「おはよう、みーこ……これは何の騒ぎなの?」
「見てわからない? 私たちは葵先輩の依頼を受けて結成された『成瀬漣里護衛隊』よ!」
みーこは他の鉢巻軍団たちと一緒に、どこかの戦隊もののようなポーズをびしっと決めてみせた。
「……余計なことを……」
頭痛を覚えたらしく、漣里くんは額を押さえた。
「何を言う、弟を案ずる兄の深い愛情だぞ。遠慮なく受け取れ漣里」
「呼び捨てか」
元サッカー部部長に呼び捨てにされ、実に嫌そうな顔をする漣里くん。
彼がこうまで表情を動かすのは珍しい――即ち、本当に嫌らしい。
「はっはっは。言っただろう、成瀬の弟は俺の弟だと。安心しろ漣里。はた目にも俺より明らかに筋肉量の少ない、可憐な子ウサギのようなお前は、俺たちがきっちり守ってやる。どうだこの肉体美! 頼もしい限りだろう!」
元サッカー部部長は腕を折り曲げ、立派な力こぶを作ってみせた。
「なんなら自慢のシックスパックも見せてやるぞ」
「見せなくていい。見たくない」
制服のボタンを外そうとした元サッカー部部長の行動を、漣里くんは即答で阻止。
「そうか、残念だ。まあ良い、これからお前は授業中以外、俺たちと行動をともにしてもらうぞ。俺たちは親衛隊として、休み時間はもちろん、登下校も食事も着替えもトイレも四六時中ぴったり張り付き、万全の態勢でお前を守ると誓――おい待て、何故逃げるっ!?」
漣里くんは台詞の途中で踵を返し、全速力で逃亡を図った。
「D班に連絡! 護衛対象がそっちへ逃げた! 至急確保されたし!」
元サッカー部部長は携帯を取り出し、誰かへコール。
「D班了解!」
携帯から返事があった直後、わき道からこれまた屈強そうな男子三人が飛び出してきて、漣里くんに見事なタックルを決め――どうやら彼らはラグビー部らしい――捕獲した。
D班って、一体この他に何人が護衛隊に参加しているんだろうか。




