39:策士です
「……真白、成瀬くんを保健室に連れて行ったら?」
私と同じく、蚊帳の外にいたみーこが提案してきた。
この騒ぎに乗じて抜けるのは簡単だけど……。
ちらりと漣里くんを見る。
「いや。俺のせいでこんなことになってるんだから、最後まで見届ける」
「……って、言ってるから」
「そう」
みーこが引き下がった一方では葵先輩が歩き出し、言い争っている先生と生徒たちの前に立った。
「みんな、庇ってくれてありがとう」
透き通った声に、ぴたりと騒ぎが止む。
その光景は、まるで魔法のようだった。
「でも、いいんだ。僕が暴力を振るった事実は変わらないから……」
愁いを帯びた、切なげな表情を見せた葵先輩に、多くの女子が心臓を撃ち抜かれたらしい。
どきーん!! という音がここまで届いたような気がした。
葵先輩は頬を赤らめ、何も言えなくなった生徒たちを置いて、今度は漣里くんに顔を向けた。
「漣里。この学校にいたら、またこいつらが何かしてくるかもしれない。いまよりもっと酷い目に遭わされるかもしれないから……僕と一緒に転校しようか」
「そんな――」
悲しげな葵先輩に、私が何か言うよりも早く。
主に女子たちから成る悲鳴の合唱が鳴り響いた。
講堂を揺り動かすほどの大音量に、私は亀のように首を竦ませた。
多くの生徒たちが葵先輩の前に移動する。
「嫌です成瀬先輩!」
「先輩は私の生きがいなんです! 先輩がいなくなったら、なんのために時海に通えばいいんですか!?」
「そうですよ! 先輩は時海のアイドル、至宝なんです! 転校なんて嫌です、どこかへ行ってしまわないでください!」
「成瀬くんがいない毎日なんて考えられないよ! お願い、考え直して!」
「でも……また弟が暴行されたらと思うと、恐ろしくて、不安で……」
葵先輩は手で口を覆い、長いまつ毛を伏せた。
その目の端にきらりと輝くのは、真珠のように美しい涙。
ある生徒は悩殺されたかのようにその場に崩れ落ち、ある生徒は顔を真っ赤にし、ある生徒は――いや、ほとんどの生徒が似たような反応を見せた。
彼あるいは彼女たちは一斉に倒れている野田たちを振り返り、彼らの元に殺到した。
「おいこら野田ぁぁぁ!!」
「ふざけてんじゃねえぞテメエ!!」
「しがない不良の分際で成瀬を泣かせるとは何事だあああ!!?」
「あんたらのせいで成瀬くんがいなくなっちゃうかもしれないじゃない!」
「超迷惑! 超最悪っ、サイッテー!!」
「この××っ! ▼▼っ!!」
げしっ! げしっ!!
大勢の生徒が野田たちを囲み、その身体を踏みつけている。
こ、怖い……。
思わず漣里くんの腕にしがみついたのと同時。
「成瀬くん!」
一人の女子が必死の形相で葵先輩に駆け寄った。
「私たち、これから野田たちを監視する! ファンクラブ緊急会議を開いて、時海に通う女子一丸となって弟くんを守るって誓うから、だから安心して!」
「女子だけじゃない、俺らも守るぞ! 成瀬の弟は俺の弟だ!」
サッカー部の部長を務めていた、筋骨隆々の三年男子が手を上げた。
「どんなトンデモ理論だよ……」
小声で呟く漣里くん。
「俺も誓います! 先輩が卒業した後も俺たち全員が成瀬を守ります!」
この場の異様な雰囲気に流されたのか、あるいは本気なのか、相川くんまでもそう言ってくれた。
「みんな、ありがとう……」
感極まったような顔で、お礼を言う葵先輩。
でも、私はそこで、見てしまった。
この大騒動を引き起こした当の葵先輩の唇が、「計画通り」とでもいうように、小さく歪むところを。
さ……策士だ、葵先輩!
自分の持つ絶大な影響力を完全に把握してる……!!




