33:縁を紡いで
「俺が何をしようと勝手に人は評価するし、言いたい奴には言わせておけばいいって思ってた。俺に関する酷い噂も、クラスメイトに邪魔だって言われたことも、本当に、真白が心配してるほど堪えてないんだ。また外野が何か言ってるなって、その程度」
校門を出て、漣里くんは最後に締めくくった。
「独りには慣れてるから」
それなりに長く続いた台詞は、そんな悲しい言葉で終わった。
葵先輩も言っていたけど、漣里くんは元々不愛想で、あまり感情を出さない子だったらしい。
それこそ幼稚園児の頃から、皆と子供らしくはしゃぎ回るより、教室の隅っこで本を読んだり、ゲームしたりすることを好んだ。
小学校に上がってからも同様で、休日に友達と出かけたりすることは滅多になかった。
漣里くんの世界は閉じていた。
水槽の中の魚みたいに、見えない壁を作って、人との交流を拒んだ。
だから、真白ちゃんと知り合って、口数が増えて、甘いものを食べに出かけたりするようになって――漣里が外に目を向けるようになって、とても嬉しい。
真白ちゃんは良い変化を起こしてくれた。
「これからも漣里をよろしくね」って、私は葵先輩に頼まれたんだ。
「……漣里くんって、ヘミングウェイ好きなの?」
屋上で彼が読んでいた本を思い出し、話題を変えてみる。
『老人と海』って、読んだことはないけど、おじいさんがカジキマグロを釣る話だよね。
「いや、初めて読んだ。兄貴が読書感想文のコンクールで賞をもらってたから。どんな話かって聞いたら、孤独な老人の話だよって言われて。図書室に行ったとき、たまたまその本を見つけて、そういえば兄貴がそんなこと言ってたな、って手に取っただけ」
「そっか」
いまの状況が孤独というキーワードに重なって、漣里くんに『老人と海』を読ませたのかな。
「……ねえ、漣里くん。確かに人付き合いには面倒くさいこともあると思う。『出る杭は打たれる』って言うけど、あんまり我が強い人は敬遠されるし、だからって空気を読んで笑ってるだけじゃ、つまんない人間だって烙印を押されちゃう。人間関係って難しいよね」
私は空を見上げた。
ちょうど飛行機が飛んでいて、ゆっくりと空を横切っている。
「頑張って友達になっても、いざ離れると近くにいる人が優先になって、だんだん疎遠になっちゃうって、よくあることだよね。私も違う高校になって、そのままフェードアウトしちゃった子がいるよ。でもね、まだ連絡を取り合ってる子もいるの。SNSでもちゃんと繋がってるし」
私は空から漣里くんに視線を移して、笑った。
「人との縁にも色々あるんだよ。もちろん良い縁のほうがありがたいけど、悪い縁だって成長する糧になる。人間関係にせよ、なんにせよ、失敗を経験したことのある人のほうが、次はうまく対処できるし、成功しか知らない人より魅力があると思わない?」
私が手を伸ばすと、漣里くんは手を握ってくれた。
「人間は文字通り、人と人との間で自分を作るの。たくさんの人と結びついて、付き合っていくうちに、不思議と絶対に切れない縁もあるんだって気づくよ。知り合った人が最後には離れていくなんて決めつけてしまわないで。皆が皆、細い縁で結ばれてるなんて限らないよ? 中には決して切れない、一生ものの縁だってあると思う。私は、できればずっと、ずっと、漣里くんとこうして手を繋いで歩いていきたいな。せっかく漣里くんが紡いでくれた縁だもの」
「……俺が?」
「そうじゃない」
私は苦笑して、漣里くんの手を握る手に力を込めた。
「熱中症になりかけてたあの日、漣里が私に声をかけてくれなかったら、こんなに仲良くなることなんてなかった。あのとき漣里くんが私に手を伸ばしてくれたから、縁を紡いでくれたから、私はいま、彼女として傍にいることができるの。漣里くんのクラスメイトも、いまはその……酷い状態かもしれないけど、それは漣里くんが壁を作ってるせいもあるんじゃないかな? 話しかけるなっていうオーラを作ってると、やっぱり近づきがたいし、よからぬ噂を聞いて、庇いたいって思ってくれる子がいたとしても、漣里くん本人を知らないんだから庇いようがないんだよ」
漣里くんは押し黙っている。
自分の中にも反省点があると思っているのかもしれない。
等間隔に並んで立つ通りの外灯の下を、漣里くんと手を繋いで歩く。
行きかう車のライトに照らされて、同じ制服を着た生徒、サラリーマン、OL風の女性、色んな人が歩いていた。
「私にしてくれたように、他の子にも手を伸ばして。一生ものの縁が見つかるまで、諦めずに紡いでみてほしい。独りは楽だけど、でも、寂しいよ」
人間は独りで生きていけるほど強くない。
漣里くんだってそうだ。
独りには慣れてるなんて言ってたけど、そんなわけない。
クラスの輪から弾き出されて、辛いと感じないわけがないんだ。
漣里くんは温かい心の持ち主なんだから、歩み寄る姿勢を見せればきっと、友達ができるはずだよ。
私にとってのみーこみたいに、一生ものの友達がすぐ傍にいる可能性を否定して、自分から遠ざけちゃうなんて、もったいないよ。
「私は漣里くんと誰かが仲良くしてる姿、見たいな。誰かと笑ってる漣里くんを見てみたい」
「……努力する」
それまでじっと私の話に耳を傾けていた漣里くんが、私の手を強く握った。
「うん。私もこれから、友達や知り合いに真相を広めて、悪評が消えるように努力するから。そのうち皆もわかってくれるよ」
そしたら漣里くんがクラスメイトと仲良く談笑する姿を見られたりするだろうか。
だったらいいな、と、私は理想の未来を描いて笑った。




