26:仲直り
昼休憩中。
「失礼なこと言っちゃって、ほんっとにごめん! 悪かったです、このとーり!!」
特別棟の屋上でみーこは頭を下げ、顔の前で両手を打ち合わせた。
ぱんっと、小気味良い音が屋上に響く。
みーこが謝罪場所として特別棟の屋上を選んだのは、そもそもここが立ち入り禁止で、誰かが来る確率が非常に低いから。
そうじゃなければ漣里くんは来てくれず、謝罪は放課後まで延期になっていただろう。
私は気になることがあるとずっと考えてしまうタイプだし、何よりこの件は一刻も早く解決したかったから、漣里くんが応じてくれて良かった。
「別にいい」
平謝りするみーこに対し、漣里くんは無表情。
私にはそれが地なのだとわかるけれど、みーこには怒っているようにしか見えないらしく、彼女はさらに言葉を重ねた。
「気が済まないなら一発殴ってもいいよ? 大丈夫! 私柔道部だし、趣味で鍛えてるから遠慮は無用! ヘイカモン!」
「人の話を聞いてくれ。さっきからずっと気にしてないって言ってるだろ……」
こいこい、と両手で胸を仰ぐような仕草をするみーこに、漣里くんは若干呆れ顔。
「俺は女に手をあげるような最低な奴にはなりたくない。真白の友達ならなおさら、絶対無理」
「それじゃ私が申し訳なさ過ぎるんだってば。成瀬くんにはもちろん、真白にもさ。ほんとに殴ってくれていいんだよ? 私だって彼氏が三回も浮気したときはブチ切れて往復ビンタからのボディーブロー、とどめに後ろ回し蹴りで沈めたもん。今朝の私の発言はそれくらい酷いものだったよ、自覚ある。だからどーぞ!」
「いや、ほんとにいいって……なあ、笑ってないでどうにかしてくれ」
「あ、ごめん、笑ってた?」
私は口元を手で覆い隠した。
二人とも私にとって大好きな人。
その分、今朝の漣里くんに対する誤解と偏見に満ちたみーこの暴言は本当に悲しかった。
だから、みーこが認識を改めてくれたことがとっても嬉しくて、自然と笑っちゃうんだよ。
良かった。
誤解が解けて、本当に良かった。
でも、疲れさえ滲んでいる漣里くんの顔を見るに、呑気に笑っている場合ではないらしい。
私はみーこの隣に並び、その肩を叩いた。
「みーこ、漣里くんは本当に気にしてないみたいだから、その辺で」
「えー、でもー……それじゃあこれの出番かな……」
みーこは大いに不満げな顔をした後、屈んだ。
足元に置いていた自分の鞄を漁り、「じゃかじゃん!」とみーこが効果音つきで必殺アイテムのように掲げたそれを見て、ぴくりと漣里くんが反応する。
みーこが高々と掲げてみせたのは、購買部で売っているチョコデニッシュ。
ただのチョコデニッシュではない。
なんとこのパン、一日十個限定の超激レア商品。
食べた人間は例外なく絶賛し、一口で涙を流す生徒までいるとかなんとか。
いつも数秒で完売してしまうため、購買部に一番近いクラスの生徒に頼むか、もはや購買部のおばちゃんを買収するしかないと言われているほど入手困難な代物。
「真白に聞いたんだけど、成瀬くんって甘いもの好きなんだよね? これでチャラになるかな?」
「なる。殴るとかそんなのより全然なる」
漣里くんは台詞に合わせて二回、首を縦に振った。
食いついてる。超食いついてる!
漣里くんがどれだけ甘党が知っている私は、笑いを堪えるのに必死。
きっとこのパン、すっごく食べてみたかったんだろうなぁ。
「じゃあどうぞ、ご遠慮なく」
「どうも」
受け取るときも漣里くんは無表情だったけど、背後にはたくさんの花が咲いていた。
あ、駄目だ、笑っちゃう。
笑わずにはいられない!
「大変だっただろ、入手するの」
「んーん、それほどでも」
「そんなこと言って、みーこ、昼休憩に入った瞬間に窓から飛び降りたじゃない」
「飛び降りた……?」
漣里くんが珍妙な動物でも見るような顔をした。
私の教室が三階にあることを、漣里くんは知っている。
パンを買うために平気で三階から飛び降りる女子なんてそうそういないだろう。
むしろいたら駄目だと思う。
「闘牛もびっくりしそうな速さで走って行ったよね。気づいたらもう視界から消えてたもん」
「まあねー。勢い余って二人ほど轢いちゃった」
「轢いたのか……」
「あ、だいじょぶだいじょぶ。ちゃんと蘇生はしておいたから」
「蘇生……?」
若干引き気味の漣里くん。
あっはっは、と快活に笑って、みーこは話題を変えた。




