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てのひらは君のため〜クールな年下男子と始める、甘い恋〜  作者: 星名柚花


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23/54

23:「ごめんな」

「うん、わかった。ダンスパーティーのことは諦める。でも、付き合ってるのを隠すっていうのは無理じゃないかな? 夏休みにも何度か一緒に歩いてるところを見られてるし、さっきだって私、それなりの人の前で言っちゃったよ?」


 思い返せば、漣里くんが冷たい目をしていたのも、わざと他人行儀に「深森先輩」と呼んだのも、私を遠ざけるためだったんだ。

 だけど、私は空気を読まず、彼の気遣いを無駄にしてしまった。

 ――それでも、後悔なんてしていない。


「もう手遅れだよ。私は本当に大丈夫だから。多少のことでへこたれるような、そんなやわな子じゃないって、前も言ったでしょ?」

「だから、真白が良くても俺が良くないんだよ」

 漣里くんは苛立ったような声で言った。


「真白の悪口言ってる奴を見つけたら殴ると思うし」

「いやいや、そんなの駄目だよ」

 全身から怖いオーラを放つ漣里くんを前に、思わず苦笑してしまう。


「漣里くんって、意外と手が早いの? やだなぁ、怖いこと言わないで」

「いや、本当に殴る。脊髄反射の勢いで」

 ええと、あの……漣里くん、目が据わってるよ?


 つうっと、嫌な汗が頬を伝う。

 これは笑って済ませられない状況みたいだ。


 野田くんを殴ったことといい、漣里くんって何か武術でも習ってるの!?

 いくら彼女が悪口言われたからって、即座に手が出る男子って珍しいと思うんですけども!?


「そんなことしたらますます漣里くんが悪者だと思われちゃうから!? 気持ちは嬉しいけど止めて、ね!?」

 大慌てで、彼を落ち着かせるべく腕を叩く。

 漣里くんは気持ちを静めるように息を吐き、私を見つめた。


「とにかく、これは俺のわがままだから」

 その目に、私は思わず動きを止める。


「聞いてほしい」

「………………」

 私は無言で手を下ろした。


 ずるい。

 そんな目で見つめられたら――何も言えなくなっちゃうよ。

 お願いなんて、普段言わないくせに。


 好きな人が自分のためを思って言ってくれているのに、どうして拒絶なんてできるだろう。

 漣里くんが誰かを殴るところなんて、見たくないに決まってる。


 ……でも。

 これまで何度も抱いていた疑問が、また私の心をよぎる。


 ――そもそも、どうして漣里くんが、こんなに気を遣わなきゃいけないんだろう?


 悪評が立った始まりは、彼が『誰か』を庇って野田くんを殴ったこと。


 だったら、その庇われた『誰か』は、現状をどう思っているんだろう?

 どうして真実を言ってくれないの?


 いじめの事実を公表するのは勇気がいること――それはわかる。

 でも、漣里くんがこんなにも悪く言われているのに、その人は何も感じないの?


「……うん。漣里くんの気持ちはわかった」

 私が頷くと、漣里くんは少しだけほっとした顔をした。

 これで私を守ることができたと思ってるんだろう。


 でも残念。

 私は理不尽を前にして、おとなしく引き下がるような人間じゃない。


「じゃあ、悪評をどうにかしよう」

 ぴっと親指を立ててみせる。


「…………え?」

 漣里くんは目を丸くした。


「だって、こんなのおかしいじゃない。どうして漣里くんが皆から嫌われて、敬遠されなきゃいけないの? 漣里くんが何をしたっていうの? 虐められてた人を庇っただけでしょう? 漣里くんの台詞を借りるなら、漣里くんが良くても私が嫌なの!」

 漣里くんはいまでも虐められた人を庇い、無表情の裏で全ての痛みを引き受けて、抱え込んでいる。

 でも、そんなの許せない。

 ほとんどの生徒が漣里くんを誤解している現状が許せない。


 漣里くんの優しさを、時折見せてくれる笑顔の魅力を、声を大にして訴えたい!


「私は現状を変える。悪く言う人たちの認識を改めさせて、漣里くんが誰にも遠慮せず、ありのまま笑って過ごせる未来を創るの!」


 宣言すると、漣里くんは呆然と私を見つめた。

 心に響いた、と思ったけれど。


「いや、いい」

「へっ!?」

 無表情に戻った漣里くんの口から出たのは、まさかの拒否。


「な、なんで? 漣里くんはいまのままでいいの?」

「いいよ。笑って過ごせるって言ったって、元々俺、そんなに笑うことってないし」

「……そ、それはそうかもしれないけど……」

 そう言われてしまうと、返す言葉に困る。

 残念ながら漣里くんは表情に乏しく、ついでに協調性もあまりない。

 その点については誰よりも本人が正しく理解しているみたいだ。


「でも――」

「何より、いじめの事実が明るみに出たら、あいつが困ることになるから」

「……」

 その言葉に、私は何も言えなくなった。

 もしかして、漣里くんが庇ったその人は友達なのかな?


「……じゃあ、信頼できる人にだけになら、事実を打ち明けてもいい?」

 これが私に出せる精一杯の妥協案だった。


「……ああ。そこら辺の判断は任せる。でも、言いふらすようなことはしないで」

「……うん」

 漣里くんは本当に、現状を変えるつもりはないみたいだ。

 この先もずっと、『誰か』のために被らなくてもいい泥を被り続けるつもりなんだ……


「……この話はこれで終わりにして、そろそろ行こう。遅刻する」

 黙り込んでいると、漣里くんはそう促した。

 確かに、もうそろそろいかないと始業式に遅刻してしまう。


「先に行って。俺も少ししたら行くから」

「……。わかった」

「学校では他人を装うけど、放課後になったらラインするから」

 歩き出した私の背中に、そんな声がかけられた。


「ごめんな」

「…………」

 どうして漣里くんが謝らなければいけないのだろう。


 なんと答えればいいのかわからず、口元を引き結び、路地裏を後にする。

 漣里くんと堂々と一緒に歩けないのが、悔しい。

 前方で楽しそうに話しているカップルから目を逸らし、私はそっと唇を噛んだ。

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