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02:学校の王子様

 外の暑さを忘れるほど涼しい成瀬家の居間で、私は成瀬兄弟と一緒に座卓を囲んでいた。

 座卓の上には三つのアイスが置かれている。

 私と成瀬くんはバニラ、葵先輩はチョコ味だ。


「深森さんのお家は食堂をやってるんだ。なんていうお店?」

 私の向かい、右斜め前に座っている葵先輩が質問してきた。


 中性的な顔立ちに、落ち着いた茶色のフレームの眼鏡。


 抜群に美しい彼は、急にお邪魔した私を嫌な顔一つせず招き入れてくれた。

 私を心配して冷たいお水を出し、楽しい会話で和ませてくれた。


 葵先輩は本当に素晴らしい人だ。

 他校にまでファンがいるというのも納得だった。


「そのまま深森食堂です。おじいちゃんがやっていたのをお父さんが脱サラして引き継いだんです。それなりに繁盛してるんですけど、できる限り人件費を抑えて安くしたいからって、ピーク時以外はほとんど両親が二人でお店を回してて。私は小学生の時から手伝ってました。大抵の作業ならできますよ」

「深森さんは偉いねえ」

 感心したように葵先輩は言った。


「良かったら是非来てください。助けていただいたお礼に、ごちそうします」

「だって、漣里。お言葉に甘えて行ってみたら?」

「気が向いたら」

 成瀬くんは葵先輩の隣でアイスを口に運びながら、淡々と言った。


「うん、来てくれたら嬉しい。成瀬先輩も、良かったら来てくださいね」

「それはお願いかな?」

 葵先輩は悪戯っぽい眼差しで私を見つめた。


「? はい」

「じゃあ、行くと約束する代わりに、僕もお願いがあるんだけど。葵先輩って呼んでくれない? 僕も漣里も名字が一緒だから、ややこしいんだよね」


 な、名前呼び……!?

 私は葵先輩の笑顔と、その台詞に衝撃を受けた。

 誰もが憧れる学校の王子様を、この私が、一般庶民である私が、名前呼びしていいの?


「よ、よ、呼んでいいんですか? 私が? 成瀬先輩を? お名前で?」

「そんなに大げさなこと?」

 震えながら尋ねると、葵先輩は苦笑した。


 大げさなことです。

 あなたに憧れている女子がその特権を与えられたら、嬉しくて卒倒しかねません。

 それほどの大事件です。


「呼びにくいんだったら僕も深森さんじゃなく真白さん……いや、なんだか他人行儀だね。真白ちゃんって呼んでもいい?」

 な、名前で呼ばれてしまった……。

 彼のファンに聞かれたら、冗談抜きで刺されるかもしれない。


「あ、あの、えっと、同じ学校の生徒がいないところでしたら、どうぞ」

「じゃあ遠慮なく、真白ちゃんで」

「……はい」

 なんだか照れてしまう。


 い、いいのかな?

 彼女でもないのにこんな特権与えられて……。


「それでは、私も葵先輩と呼ばせて頂きます……」

 私はぎくしゃくとした動きでアイスを口に運んだ。


「うん。それで」

 葵先輩はにこにこしながら、成瀬くんを見た。


「漣里も名前で呼んでもらったら?」

「え、良いんですか?」

「好きにすれば」

 成瀬くんはそっけない。


「……それじゃあ、漣里くんって呼んでもいいかな?」

「好きにすればって言った」


 あまりにも彼がクールなので、いたずら心が生まれた。


「好きに呼んでいいなら、呼び捨てにしちゃおうかな」

「どうぞ」

 冗談のつもりだったのに、成瀬くんは即答した。

 この反応には私のほうが焦ってしまった。


「いえ嘘です! 冗談ですごめんなさい! 調子に乗りました!」

「撤回するくらいなら言わなきゃいいのに」

「はい……」

 私はしゅんと項垂れた。

 駄目だ、成瀬くんに冗談は通じない。


「ええと、やっぱり漣里くんって呼ばせてもらうね」

 成瀬くん、もとい、漣里くんはもう何も言わなかった。

 我関せずとばかりにアイスを食べている。


 本当にクールな人だよね……。

 人当たりのいい葵先輩とは違って、愛想が全然ない。


「ごめんね、真白ちゃん。漣里、誰に対してもこんな感じだから。真白ちゃんが嫌いとかそういうわけじゃないんだよ。学校でもあまり良くない噂が立ってるけど……悪い印象を持たないでほしい」

「はい」

 葵先輩の言葉に、私はすぐさま頷いた。


 それは大丈夫だ。

 あまりにクールだから戸惑うことは多いけど、漣里くんが悪い人だとは欠片も思ってない。


「……漣里のこと怖くないの? 漣里が上級生を殴ったことは知ってるよね?」

 葵先輩は意外そうな顔をしている。


「はい。でも、漣里くんは理由もなしにそんなことができる人じゃありません。そうせざるを得ない事情があったんだと思います」

「なんでそう言えるんだ」

 漣里くんは静かに私を見た。

 お前に自分の何がわかるんだ、と言われた気がした。


 確かに私は漣里くんのことをよく知らない。

 言葉を交わし始めてから、三十分も経っていない。

 それでも――たとえ短い間でも、わかることはある。


「だって、私は漣里くんが優しい人だって知ってるもの」

「……?」

 自信たっぷりに言った私を見て、漣里くんが眉をひそめる。


「いまの世の中、厄介ごとには関わらない、見て見ぬふりをする人が大半なのに、漣里くんはうずくまってた私に声をかけてくれた。家においでって言ってくれたよ」


 人を平気で殴る怖い人。

 それがほとんどの生徒の認識かもしれないけど、それは違うって、いまなら自信を持って否定できる。


「知り合いでもない子を自分の家に招くなんて、なかなかできることじゃないよ。他人を心配して、大事にできる人が、理由もなしに誰かを傷つけるわけがない。絶対に」

 だから、漣里くんが手を上げたなら、そこには事情があるんだ。


「私はそう信じてる」

 私はきっぱり言った。

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