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てのひらは君のため〜クールな年下男子と始める、甘い恋〜  作者: 星名柚花


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16/54

16:花火大会当日

 漣里くんと約束をしてから、待ちに待った花火大会、当日。

 私はこの日のためにばっちり準備を整えていた。


 買ってもらったばかりの可愛いワンピースを着て、綺麗に着飾って、歩いてきた漣里くんに微笑んで手を振る。

 何度も繰り返してきた脳内シミュレーションはもう完璧。


 完璧――だったんだけども。

 友達と約束してるから、行っていい?――なんて、次から次へとお店にお客さんが押し寄せている状況では言えるわけがなかった。

 いつも働いてくれているパートのおばさんが足を骨折してしまった上に、バイトの大学生は今日、体調不良を理由に店を休んだ。


 だから、娘である私が働いている。

 お母さんたちは無理に店に出なくていいって言ってくれたんだけど、こんな状況で放っておけるわけがない。


 お客さんは減るどころか、どんどん増えていく。

 目が回るような忙しさ。

 厨房でお皿を洗いながら、お店の時計を見る。


 六時二十分……着替える時間を考えると、ぎりぎりだ。

 もしかしたら遅れるかもと漣里くんに連絡はしておいたけど、その判断は間違ってなかった。


 結局、どうにかお店が落ち着いて、もういいから行きなさいとお母さんに背中を押されたのは六時五十分のこと。


 いまから走っても、もう七時には間に合わない。

 店の外で電話をかけると、漣里くんはすぐに出てくれた。


『もしもし』

「漣里くん、ごめん! いまお店の手伝いが終わったんだけど、どうしても間に合わないから、待ち合わせ七時半にしてもらってもいいかな? 急いで行くから。本当にごめん」

 七時半は花火が始まる時間。


 これが最低ラインだ。

 何が何でも守らなきゃ。


『わかった』

 電話を通じて、漣里くんの周囲の笑い声や話し声が聞こえてきた。

 そのざわめきを聞いて、既に彼は待ち合わせ場所である澪月橋みおつきばしにいるとわかった。


 澪月橋の周りには出店が並ぶから、大勢の人が集まるんだ。


「本当にごめんね! もうちょっとだけ待ってて!」

 罪悪感を抱えながらも、私は電話を切って自宅に飛び込んだ。


 いくらなんでも、汗と油臭い状態で漣里くんと会いたくない。

 できるだけ急いでシャワーを浴び、ワンピースを着る。


 ドライヤーで髪を乾かしながら、スマホを取り上げる。


 時刻は――七時十五分!?

 やばい、間に合わない!


 髪を完全に乾かす余裕もなく、私はドライヤーを放り出した。

 鞄にスマホを突っ込み、サンダルを履いて自宅を飛び出す。


 全速力で走れば、なんとか遅れずに済む。

 そんなぎりぎりの状況なのに、お祭りのせいで道は混雑していた。


 人の隙間を縫うようにしながら、早足で歩く。

 ダメだ、大通りは人が多すぎる。


 交差点では警察官が拡声器を持って人を誘導しているような状態だ。

 スマホを取り出してみれば、時刻は二十五分。


 あと五分しかない。

 このペースだと間に合わない。


 ただでさえ漣里くんを待たせてるのに。

 これ以上待たせたら、帰っちゃうかもしれない。


 不安に突き動かされた私は、通りから細い裏道に入った。


 この細道は人がまばらだ。


 全力疾走している私に皆が驚いたような顔をしている。

 半乾きの髪がぼさぼさになっていくのがわかるけれど、それもどうでもいいことだ。


 とにかく急がないと!

 これ以上漣里くんを怒らせないためにも、早く、一刻も早く――


 突然、視界が滑った。


「!?」

 転んだと気づいたのは、身体の前面と、右膝を地面にぶつけてからだった。


 全身を打つ衝撃に息が詰まり、すぐには起き上がれない。

 鞄が斜め前に転がっている。


 周りの人たちが見てくるけれど、大丈夫? と聞かれたりはしなかった。

 熱中症になりかけたときと同じ。

 みんな厄介ごとには関りたくないから、見て見ぬふりをしている。


 私は恥ずかしさと痛みと戦いつつ起き上がった。


 転んだとき、変に捻ったのかもしれない。

 地面に打ちつけた右膝よりも、左足首がズキズキ痛い。


 嘘でしょう?

 冗談でしょう?


 痛みによるものか、焦りによるものか、変な汗が噴き出してきた。

 こんなの気のせいだ、そう思い込んで立ち上がる。

 でも、痛みに負けてよろけてしまった。


 慌てて近くにあった電柱を掴み、呟く。

「……嘘でしょう?」


 この足じゃ走るどころか、歩くことさえも難しい。


 それでも、行かなきゃ。

 漣里くんが待ってるのに。


 痛みに歯を食い縛りつつ、歩く。


「――っ」

 たった五メートルの距離しか進んでいないのに、左足が悲鳴をあげる。

 苦痛で顔が歪んで、汗が頬を滑り落ちていく。

 これじゃ、シャワーを浴びた意味がない。


 私は一体、何をしてるんだろう。

 視界がぼやける。


 ダメだ、泣くな。こうなったのは全部自分の責任だ。

 わかってるでしょう?


 そう言い聞かせても、視界が歪むのを止められない。

 だって、本当は今頃、私は綺麗に着飾って、漣里くんと出店を見ながら歩いているはずで。


 皆と同じように、のんびりとかき氷でも食べながら、お祭りを楽しんでいるはずで。


 それなのに、なんでこんなことになったんだろう?


「……ひっ、く」

 漣里くんとの約束を優先して、お店の手伝いなんてしなければ良かった?

 私がいなきゃ、お母さんたちが大変だってわかってても?


 罪悪感に耐えられた?

 お祭りに行っても、本当に心から笑えてた?


 無理だ。そんなの決まってる。

 自分の性格は自分が一番よくわかってる。

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