08 違和感
場所:二年三組
語り:遠野陽葵
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「ええ。今朝よりずっと軽いので、たぶん食べ終わってると思います」
「それって、もしかして、黎真の姿は見てないってことかな?」
澪さんのどこか自信のなさげな口調が気になって、私は思わず首を傾げた。
「はい。お弁当は、朝から彼の机の上に置いてたんですが、気が付くと無くなっていて……。さっき席を外して戻ったら、机に戻されていたんです」
「え? もしかして黎真、朝から授業に出てないとか……?」
「えぇ。少なくとも私は、見かけてません」
「そ、そっか。教えてくれてありがとう」
――えーーー!?
――黎真のやつ、授業サボってお弁当だけ食べたの? 呆れた!
私が思わず顔を引きつらせると、彼女は少し心配そうに私の顔を見てきた。
「お姉さん、朝からずっと遠野君を探してるんですね」
「うん。でもお弁当は食べたみたいだし、一応学校には来てるのかな……?」
「もし遠野君を見かけたら、お姉さんに連絡するように言っておきますね!」
「あ、うん。ありがとう!」
「こんなに優しいお姉さんがいるなんて、遠野君は幸せですね」
「え? そんなんじゃないよ? 黎真がバカすぎてほっとけないだけで……」
「いいなぁ。私にもこんなお姉さんがいたらよかったのに。うちの兄とは大違いで……羨ましいです」
澪さんは、少し寂しそうに視線を落とす。お兄さんと喧嘩でもしたのか、なんだか急に目元に影が落ちたような……。
「兄弟って、うまくいかないときもあるよね。うちもよく喧嘩になるよ」
私がそう言うと、澪さんは「ふふっ、そうですね」と、やわらかく微笑んだ。私もつられて微笑みを返す。
彼女は軽く頭を下げてから、自分の席へ戻っていった。
――それにしても、このお弁当箱、なんか、おかしい気がするな……。
私は返ってきたお弁当箱をまじまじと眺めた。
あらためて重さを確認してみても、確かに軽くなっているし、中身はちゃんと空っぽみたい。
でも、包みの青い布がきっちりと巻かれていて、結び目もまんなかでしっかり結ばれている。それはまるで、お母さんが包んだままのように整っていた。
黎真はけっこうガサツだから、食べたあとのお弁当箱の包みなんて、どうしてこんなにぐちゃぐちゃなのかと、ちょっと不思議になるくらいで。
それを思うと、今日の包みはあまりに綺麗すぎる気がする……。
本人の姿も見えないし、このお弁当は本当に、黎真が食べたのかな? なんて考えたら、なんだかまた、背筋が寒くなってきた。
「ねぇ、これ、黎真にしては、包み方が丁寧すぎる気がしない?」
ふと後ろに立っていた璃人を振りかえって見あげると、彼はなぜだか無言のままかたまっていた。なんだか顔色が悪いような……?
「璃人……。どうかしたの?」
「……いや、教室に戻る前に、ちょっと周りに黎真の話聞いてみよう」
「あ、うん。そうだね」
「そういえば昨日、黎真は友達の家に泊まったはずだよな。だれの家に泊まったのか、とりあえずそこらへんから調べてみるか」
璃人はそう言うと、すぐに近くにいた二年生たちに声をかけに行った。彼も黎真のお弁当のことが、なにか気になっているのかも……?
――あれ? 珍しく璃人、焦ってる?
なぜだかちょっと胸騒ぎがするけど、いまは焦るのも仕方がないのかもしれない。
昼休みはもう終わりかけで、教室に戻る時間を考えたら、ここにいられる時間はあと五分もないくらいだ。
今日の授業は五限目までで、テスト前だから部活もなし。放課後に学校に残る子は、たぶんほとんどいないと思う。
黎真のことをだれかに聞けるタイミングは、かなり限られているわけで。
「ちょっといい? 遠野黎真って今日、見かけた?」
璃人は、初対面の相手でも臆することなく、すっと距離を詰めて話しかけていく。
私ひとりだったら、だれに声をかければいいかわからないし、きっとモジモジしている間に五分経っていた気がする。
そして璃人の周りには、すぐにファンの女の子たちがわらわらと集まってきた。
「え? やばい! 篠原先輩に話しかけられちゃった! あ、はい、遠野くんですか? 今日は、ぜんぜん見てないかもですぅ」
「そっか。昨日はだれかと一緒だったって聞いたんだけど、泊まり先とか心当たりないかな?」
「ん~……たぶん小南君のところかもです! いつも一緒に遊んでるしぃ~」
「小南?」
「あ、あそこにいる男子ですぅ~」
「助かった。ありがと」
「キャァ~ッ! イケメンすぎる……!」
璃人がにこっと微笑むと、女の子たちがみんな赤くなった。
めったに見せないその笑顔は、ほんとうにズルいくらい、破壊力が半端ない……。
――璃人!? なんかエフェクト出てるよ。キラキラって……!
――これは絶対、わかってやってるやつだよね……。
いつもなら『あざといぞっ』って、突っ込みたくなるところだけど、彼はいま、急いで情報を集めるために、ちょっと本気を出してくれてるみたい。
『すごいなぁ~』なんて思いながら眺めていると、今度は別の女の子がズイッっと割って入ってきた。
「璃人先輩! 遠野君、沢田君の家も、たまに行くって言ってました! 沢田君はあの子です! すぐ連れてきます!」
「うん。ありがと!」
「キャーッッ! もう、息できない!」
「完全に国宝級の笑顔だよ……!」
こうして、黎真と仲がいいという男子たちが、あっという間に璃人の前に並んでいた。
「昨日の夜? いや黎真とは遊んでないっすよ。あいつ、まじめに勉強するみたいなこと言ってたし」
「俺のところにもきてないっす。家で勉強するって言ってましたよ?」
「勉強? でも昨日黎真のやつ、Switterの裏アカで呟いてたぞ……。巨乳ちゃんとお忍びデートだって写真付きで」
「えぇ!?」
私たちはその子の携帯で、黎真の裏垢を見せてもらった。確かに一枚の写真といっしょに、『巨乳ちゃんとお忍びデート』という一言が書き込まれている。
「その書き込み、スクショして俺に送ってくれるか?」
「いいっすけど、裏垢ねーちゃんに教えたって言ったら、怒るだろうなーあいつ」
黎真の友達はそういいながらも、スクリーンショットを私たちに送ってくれた。
黎真が投稿した画像は、背景に赤みの強い月と、畑の真んなかに立つ鉄塔のシルエット、そして、ピースサインをしている男女の手が一本ずつ映っている。
昨日の夜は満月で、月がものすごく大きく見えたらしい。だから黎真はこんな写真を撮ったんだと思う。
写っている手は、片方が黎真っぽくて、もう片方はだれか女の子の手に見えた。
――れ~い~ま~!? ちょっと!? どういうことなの~!?
頭を抱えてうなだれる私。受験生の姉にこのダメージは重すぎる。ほんとは昼休憩だって、少しでも勉強したかったのに、弟にここまで振り回されるなんて!
「あいつめ……。俺に勉強教えろって頼んでおいて、デートかよ……。しかも、巨乳だ……!?」
璃人もさすがに頭に来たのか、黎真のピースサイン画像を眺めながら、ちょっとプルプル震えている。
私もなんだか、急激に探す気がなくなってきた。きっと、このお弁当箱を綺麗に包んだのも、その巨乳の女の子な気がする。
「はぁ……。もういいや。昼休憩も終わっちゃうし、戻ろっか。璃人、いろいろ付き合わせちゃってごめんね」
「まぁ、いいよ。あいつは俺にとっても弟みたいなもんだし……」
「ん?」
「いや、幼馴染だからな……」
なんだか、ちょっと照れくさそうな璃人。また珍しいものを見た気がする。
私たちは黎真の友達にお礼を言って、教室へと引き返した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
黎真の行方を追いながら、ちょっとした違和感や胸騒ぎを感じたこの回、お楽しみいただけたでしょうか?
次回は初登場のキャラクター、朝倉隼人が語ります!
第九話 奇跡の一枚をお楽しみに!