07 可愛い弟
場所:ウェストパティオ
語り:遠野陽葵
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「ふむ……。確かに。復讐に溺れてそうな感じがするのは、双子の姉より妹のほうだよね……。あっちのほうが正直かなり不気味だし……。
わかった! 呪いをかけてるのは悪霊じゃなくて、詩音のほうだ!」
「えぇー!? 詩音さんが?」
自信満々でドヤ顔を決めるヒカリを見て、私は思わず眉をひそめた。同じクラスの子が学校で呪いをかけてるなんて怖すぎて、幽霊以上に信じたくないんだけど。
「もう、やめてよ……。そんなこと言われたら、雨宮さんの顔見るたびにドキドキするでしょ……」
「だってさ、雨宮詩音ってちょっと変わってるよね。亡くなったお姉さんの詩を読みあげたりして、なんか怖いし」
「なるほど。確かに雨宮詩音は言動がおかしいって噂があるな……。これは悪霊じゃなくて生霊の仕業か……?」
「悪霊に取り憑かれているという可能性もあるよ、千堂君!」
「ふむふむ……」
ヒカリと智也はずっとそんな話で盛りあがっている。すると、黙々とお弁当を食べていた璃人が顔をあげ、呆れたように口を開いた。
「あのなぁ、西園寺。探偵が呪いとか幽霊とか言ってる時点で、ぜんぜん説得力ないぞ?」
「えー!? 探偵ものに幽霊はめちゃくちゃアツいよ!? むしろかなりワクワクだよ!?」
「こんなの単純に、ストレスかなんかの問題だろ。同級生が自殺して、それだけでもみんなショックを受けたんだ。
そのなかでもいじめの疑いをかけられたやつらは、周りから変な目で見られたんだぞ。二年経って、身体症状が出てもおかしくないだろ」
「ふむ……。それはもっともな意見だがね。まったくもってつまらんのだよ、ワトソン君」
「ワトソンやめろ」
ヒカリと璃人のやりとりに、思わず笑ってしまった私。だけどどうしても、ギュッと胸が詰まってしまう。
――ストレスによる身体症状か……。呪いも嫌だけど、それはそれで、つらいよね。
――みんな早く、元気になってほしいな……。
私たちは全員、詩織さんとクラスが違ったから、本当にいじめがあったのかどうか、その真相はわからない。
だけどもし、ヒカリが言うように、本当はだれかが詩織さんを追い詰めて、死に追いやっていたのだとしたら……。
今朝、御子柴さんに尻もちをつかせた詩音さんの、冷ややかな瞳が頭に浮かぶ。
双子の姉を失くした彼女が見せたあの表情……。「姉の死を忘れさせない」という彼女の願いは、まるで魂の叫びのようにも思えた。
彼女は、いじめやそれにつながりそうなことをする人たちを、本気で許せないんだと思う。
私がため息をついていると、智也がまた真剣な顔で言った。
「璃人、お前もわかってるはずだぜ。これはただのストレスとかじゃねーよ。この学校にはマジで幽霊がいる。あの体調不良は、絶対呪いだ」
「あのなぁ、智也……。あんまりそんな話ばっかりして、陽葵を怖がらせるなよ。こいつ、トイレに行けなくなるぞ」
「ちょっと、璃人? 変なこと言わないで!」
「お。俺かよ」
不満そうにムッとする璃人。たぶん、前に一緒にゾンビ映画を観たあと、私がトイレに行けなくなって、付いてきてもらったことを言ってるんだと思う。
――やめてよ、もう。恥ずかしいんだから! 仕方ないでしょ? ゾンビは幽霊よりもっと苦手なんだもん!
「とにかく、お前らも気をつけろよ! 西園寺にもこれやるよ」
私がぷりぷり怒っていると、智也はヒカリに『ありがたい霊符』を渡して、そのまま走り去ってしまった。
――うーん、詩音さんが呪いをかけてるのか……。確かに彼女にも、やりすぎなところはあるかもしれないけど……。
私はふと空を見あげた。青かったはずの空が、黒い雲に隠されて、いまにも泣きだしそうになっている。
まるで、詩音さんの心の重さを、空が感じているみたいに。
――もし、本当なら、つらいなぁ……。亡くなったお姉さんを思って、自分の高校生活まで犠牲にして、こんな息苦しい場所に転校してきて……。
私はまた、昨晩から行方しれずの弟、黎真の顔を思い浮かべる。バカで勝手で、本当に困ったやつだけど、それでもやっぱり、私にとっては大切で、すごく可愛い弟で……。
――もし、黎真がいじめられて死んだりしたら……。
――いや、小さいころならまだしも、最近黎真、すっかり大きくなったからなぁ。むしろ、いじめる側だったりして。
――……そうでもないか。なんだかんだで、結構優しいところあるし……。
見た目はちょっとヤンチャで不良っぽい黎真。でも、私が傘を忘れた日は、自分の傘を押しつけてきて、びしょ濡れになりながら走って帰ったりするような子だったりする。
「ねえちゃんが風邪ひくと、くしゃみの音がデカいから」なんて、失礼なこと言ってたけど、翌日自分が風邪ひいてたっけ。
――そういえば黎真って、小さいころはいつも、私の後ろをついて回ってたよね……。あのころは無邪気で可愛かったなぁ……。
――まぁ、一歳しか違わないんだけど……。
ポケットからスマホを出して、念のため着信を確認する。メッセージアプリを開いてみても、未読のメッセージもないみたい。
――黎真、ちゃんと学校来てるかな?
――早くお弁当食べて、黎真の教室を見に行かなきゃ。
△
私は黎真が学校に来ているか確かめるため、もう一度二年三組へ行ってみることにした。
さっきしていた話が怖かったこともあって、璃人についてきてもらっている。呪いも幽霊も信じたくないけど、それとこれとは別の話……!
璃人は『だから言っただろ』という顔をしながらも、私の隣を歩いてくれていた。
どきどき意地悪な彼だけど、こういうときは、なにも言わずに付きあってくれるから、けっこうありがたかったりする。
ざわめく廊下を歩いていると、案の定、周囲の女子たちの視線が璃人に集中しはじめた。
すれ違った二年生の子たちは、息をひそめるように彼を見詰めている。璃人が目の前を通っただけで顔を真っ赤にしたり、緊張のあまりノートを落としてしまう子までいた。
――ほんと、璃人ってモテるよねぇ……。
――ここまで顔が整ってて、成績までいいんだもん。そりゃあ好きになっちゃうよね……。
本人は周囲の視線に気づいてないふりをしている。だけど、周りがあまりに騒がしいときには、私を急に引き寄せて、恋人のフリをしてみたりした。
でも、ここは弟がいるかもしれない二年生の廊下だからか、さすがにそういう茶番は慎んでるみたい。
弟の教室に着いて、開いた扉からなかを覗いてみると、今朝より多くの生徒がいた。おしゃべりしたり、勉強したり、まだお弁当を食べている子もいる。
――黎真、どこにいるのかな?
キョロキョロと周囲を見回していると、今朝お弁当を預かってくれた女生徒が、こちらに気づいて近づいてきてくれた。
「遠野くんのお姉さん!」
「あ、今朝の、えっと……」
「鏡花澪です」
にっこり笑って、名前を教えてくれた澪さんは、今朝と同じで、凛としていて、真面目そうな雰囲気の子だった。
彼女の手には、青い布に包まれた黎真のお弁当箱。受け取ってみるとそれは、すっかり軽くなっていた。
なんとなくホッとして、私も自然と笑顔になる。
「ありがとう。よかった! 黎真、ちゃんと学校にきたんだね!」
「ええ。今朝よりずっと軽いので、たぶん食べ終わってると思います」
「え? それって、もしかして、黎真の姿は見てないってことかな?」
彼女の、どこか自信のなさそうな口調が気になって、私は思わずそう尋ねていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今回もちょっと不穏な空気ですがお楽しみいただけているでしょうか。
ヒカリちゃんの推理が炸裂していますが、詩音は本当に呪いをかけているのか、黎真はちゃんと学校にきているのか、ぜひ続きもお楽しみくださいませ(*^▽^*)
次回、第八話 違和感をお楽しみに!