06 名探偵ヒカリ
場所:ウェストパティオ
語り:遠野陽葵
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「クラスの雰囲気が最悪で……」
期末テスト直前。テスト問題が盗まれたことで起きた今朝の騒ぎ。
それでなくても、うちのクラスは、神城さんたちや詩音さんがいるせいか、ちょっとしたことでもピリピリする。
でも、それだけじゃなく、なんだか学校全体の空気も、だんだん重くなっているような……。
私がため息をついていると、ヒカリが急に身を乗り出して、なぜか探偵みたいな口調で話しはじめた。
「なるほど! 状況が見えてきたよ、陽葵君。これは意図的な偽装工作だ。容疑者は、川野君に濡れ衣を着せようとした、麗花様とその取り巻きたちだ!」
「え? 急に、どうしたの?」
目を細めて額にに手を当て、考える仕草をする彼女。私と璃人は並んでポカンとしてしまった。
私たちのそんな様子も気にせずに、彼女はスッと一本指を立てる。
そして、「謎解きはここからだ」と言いながら、口元に二マリと笑みを浮かべた。
そういえば最近、彼女は写真だけでなく、推理小説にもどっぷりらしい。
ノリノリなヒカリの頭上には、レトロな探偵帽子が見えそうだった。
「考えてみたまえ、陽葵君。神城麗花は名家の令嬢だ。彼女なら家の権力を使い、校門や職員室の鍵を空けるくらい造作もない。学校に忍び込むのも簡単なはずだよ」
「さすがに家の権力をテスト泥棒には使わないだろ……」
「えー? そうかなぁ」
璃人に冷たく突っ込まれて、ヒカリは一瞬素に戻る。
それでもすぐに気を取りなおして、ちょっとわざとらしい動きをしながら、また名探偵モードに切り替えた。
「確かに。神城麗花は自分の手を汚さないタイプ……。ということは、容疑者は取り巻きの二ノ宮結芽だ! 彼女ならあの完璧なビジュと巨大なおっぱいで、警備員を誘惑することができる! そうは思わないかね? ワトソン君」
璃人に人差し指をピシリと突きつけるヒカリ。璃人は呆れた顔をして、「だれがワトソンだ」と、呟いた。
「別に警備員を誘惑しなくても、放課後にそのまま学校に残ればいいだけだろ。それに、職員室なんてたいしたセキュリティーじゃないんだ。だれもいないタイミングを見計らえば十分盗めるんじゃないか」
「ふむ……。ならば重要になってくるのはアリバイだ。被害者の証言によれば、犯行は十九時前。その時刻に、職員室から逃げていく生徒が目撃されている。
つまり、その時間にアリバイのない人物が犯人だ。……しかし、困ったね、陽葵君。該当者が多すぎる。まるで砂浜に転がる貝殻のようだ……」
「あ、うん。そうだね……」
ヒカリはうんうんと唸りながら、考え込むような仕草をしたあと、突然、「……迷宮入りだ」と呟いた。
その表情がなんだかおかしくて、思わずお茶を吹きそうになる。
ヒカリのおかげで少し気分が和んできた。
と思ったそのとき……。だれかがバタバタと、こちらへ駆け寄ってきた。
顔を向けてみると、幼なじみの千堂智也だ。自称『駆け出し陰陽師』の彼のシャツの胸ポケットからは、『ありがたい霊符』が思い切りはみ出している。
「おっ! ここにいたかー!」
智也は少し息を弾ませながら、私たちの座っているテーブルの、空いている席に腰をかけた。
璃人はあからさまに顔をしかめて、ふいっとそっぽを向いてしまう。それでも智也は、気にする様子もなく話しはじめた。
「なぁおまえら。俺のクラスの村瀬ほのかって知ってるだろ? あいつ、呪いにかけられて早退したぜ」
「え!? それって、あの謎の体調不良の……?」
「うそ! また!?」
私たちが思わず問い返すと、智也は真剣な顔で頷いた。
「あぁ。体調不良とか言われてるけど、あれは絶対呪いだぜ」
「こわ……! やっぱり、死んだ雨宮詩織の呪いだよね!? 村瀬ほのかって、たしか、麗花様の取り巻きだし」
「いや、雨宮詩織が犯人なのかはわかんねーけど」
「え? でもさ、絶対そうだよ」
確信めいた声でそう言うヒカリ。
『麗花の取り巻きたちの体調不良は、雨宮詩織の呪い』
三年生の間では、その噂はかなり広まっている。妹の詩音さん自身が、これは「姉の復讐」だと、言い切ってしまっているからだ。
私は少しゾッとして、思わず水筒を握りしめた。
亡くなった子が人を呪ってるなんて、私だって本当は信じたくない。
けれど、幽霊とか呪いとかの話は、昔からちょっと苦手なのだ。どうしても怖くなってしまう。
「とにかく、これだけ呪いが起きてるんだ。学園内になにかしらいるのは間違いねーよ。悪霊か生き霊か、それともそれに取り憑かれてるのか。もしかしたら、霊力の強い人間ってこともあるかもな」
すらすらと怖い話をする智也を、自称『理論派な理系男子』の璃人は、呆れた顔で眺めている。
だんだん身体が緊張してきて、私はゴクリと喉を鳴らした。
智也は、一カ月前に初めて体調不良者が出たときから、呪いの存在を確信していたらしい。
彼は生徒たちを呪いから守ろうと、校内で『ありがたい霊符』を配っているのだ。
私も先月、彼が作ったという霊符を一枚もらった。せっかくだからお守り代わりにしているけど、効果があるのかはわからない。
智也がいうには、霊符の効果を引き出すには、信じる気持ちが大事らしい。璃人に言ったら、ちょっと馬鹿にされそうだけど。
――それにしても、学校に悪霊がいるなんて怖すぎだよね……。
――だれかが取り憑かれてるとか、考えたくもないんだけど。
――智也の霊符で悪霊って撃退できるのかな?
現実味がないとは思いながらも、近頃不穏なことが多いせいか、やっぱり不安になってしまう。
怯える私の隣で、ヒカリがまた名探偵モードに切り替わった。
「ふぅむ。現時点で呪いの被害者とされる人物は、神城麗花の取り巻きがほとんどだ。そうでない生徒たちも、全員二年前に雨宮詩織と同じクラスだったことがわかっている」
「え? そうなんだ……」
「そう。そして、雨宮詩織が自殺した当時、神城麗花は、被害者が孤立するよう仕向けた、首謀者であると噂されていた。
さらにその指示を周囲に伝え、実行したのが、彼女の取り巻きだったのではないかと言われている」
「うん、でもいろいろ調査した結果、いじめの事実はなかったって……」
「あんな捜査は本当にあてにならないのだよ、陽葵君。先生たちも麗花様のやることには口を出せないし、ちょっと圧力をかけられれば、生徒たちも皆口をつぐんでしまう。
そして実際に天宮詩織は、神城麗花の取り巻きたちに呪いをかけている。それこそが、いじめが実際にあったという、なによりの証拠だとは思わないかね?」
「え? うーん……。そうなるの……?」
雨宮詩織さんの自殺からしばらく、学園は内部調査をしていたし、教育委員会も第三者委員会を設置して、いじめがなかったか調べていた。
だけどその結果はかなりあやふやで、なにか隠されてしまった雰囲気はある。
警察も、学校や加害生徒たちに証拠を隠蔽されると、なかなか動くことができないというのは、よく耳にする話だ。
そして、雨宮詩織の双子の妹である詩音さん……。
彼女の語る『姉の復讐』が本当なら、謎の体調不良を起こして休んでいる生徒たちが、詩織さんをいじめていた、ということになるのかもしれない。
――本当に、詩織さんが復讐のために呪いをかけてるの……?
――でもなぁ……。なんだかなぁ……。
私は一年生のころ、体育や音楽の授業で、詩織さんを見かけたことがある。
詩織さんは大人しい子で、私も引っ込み思案だから、会話をする機会はなかったけど、綺麗で優しそうな子だと思った。
だから、あの子が、そんな怖い幽霊になったと言われても、いまひとつピンとこなくって……。
「ヒカリ……。やっぱりいくらなんでも、死んでしまった子をそんなふうに言うのはひどくないかな?」
「ふむ……。確かに。復讐に溺れてそうな感じがするのは双子の姉より妹のほうだよね……。あっちのほうが正直かなり不気味だし……。わかった! 呪いをかけてるのは悪霊じゃなくて、詩音のほうだ!」
「えぇー!?」
自信満々なヒカリの推理に、私は思わず声をあげた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
名探偵モードのヒカリちゃんと、オカルト全開の智也にぽかーんな陽葵たち。幽霊や呪いに関しては陽葵は信じたくないけど怖いという感じです。
次回、第七話 可愛い弟をお楽しみに!