05 死者からの復讐
場所:三年二組
語り:遠野陽葵
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詩音さんの瞳が冷ややかに光りながら、御子柴さんを見据えている。
その視線に気圧されて、御子柴さんは一歩、二歩と後退した。ガタッ、と椅子の脚に足をひっかけて、彼女はそのまま尻もちをついた。
御子柴さんに逆らうと、数日後には学校新聞で恥ずかしい秘密をバラされてしまう、というのは有名な話。
だけど詩音さんは、そんなのはぜんぜん怖くないらしい。
床に手をついたままの御子柴さん。彼女は顔を真っ赤にして、怒った顔で詩音さんを睨み返していた。
静まり返っていた教室に、また小さなざわめきが起きる。
そんななか、また優雅に立ちあがったのは、学園の女王こと神城さん。彼女は悲しげに眉尻を下げながら、詩音さんに語りかけた。
「あなたのお姉さん……、詩織のことは、本当に痛ましいと思っていますわ。だけど、私たちに罪がないことは、もう調べがついているはずです。
そうやって、筋違いの怒りを振りまくあなたのほうが、いじめをしていると言えるのではありませんか?」
「あんな調査、真実はなにひとつ明かされてないでしょ? だけど覚悟してなさい。詩織の『復讐』はまだまだこれからなんだから……!」
不気味な笑みを浮かべた詩音さんの言葉に、またも教室中が凍り付いた。
実は神城さんのグループは、もともとこのクラスに六人いて。
でもいまは、そのうち二人……姫野雪乃と黒田瑠璃が、原因不明の体調不良で先月から学校を休んでいる。
ほかのクラスでも、雨宮詩織さんと同じクラスだった子たちが、同じころから登校していないらしい。
詩音さんが転校してきたころに始まったこの異常事態。それを彼女は、亡くなった詩織さんがはじめた『復讐』なのだという。
「ひどい……。体調の悪いクラスメイトに対して、あまりの言いようですわよ」
ハンカチを手に、よよよ、と泣き真似をする神城さんを、詩音さんは怖い顔で見下ろしていた。
二年前……。
私は別のクラスだったから、神城さんたちが詩織さんの自殺に、実際に関わっていたのかはわからない。
けれどこうして、たびたび蒸し返されて、神城さんたちは苛立っているように見えた。
詩織さんと同じクラスだった子たちも、みんな俯いたまま動かないし。
――あぁ……。弟が吊しあげられるのも怖いけど、この空気もほんと重すぎてつらい……。
――朝いちばんのホームルームからカオスすぎるよ……。
「えっとぉ……みんな? そろそろ、一回、落ち着つくかぁー? 座れ座れー」
私が頭を抱えそうになったとき、高田先生がいつもどおりの、少し力の抜けた声でみなに着席を促した。
神城さんが顔をあげ、雨宮さんも一礼してから席に戻る。尻もちをついていた御子柴さんも、制服の裾を払いながら静かに席に腰を下ろした。
「雨宮も、『復讐』とかそんな、物騒な話は控えるようにな! おまえらは学生なんだ。『復讐』より、『予習・復習』を大事になっ。なんつって……! あはあは!」
高田先生の繰り出したダジャレに、生徒たちの目が死んだ魚のように虚になった。
この状況で冗談を言うなんて、先生もそろそろ限界なのかな。
「先生。やばー」
「おもんなー」
「まぁ、聞け。今日ここでテスト盗難の話をしたのは、犯人探しが目的じゃないんだ。それでも、もしここに犯人がいて、『バレなくてラッキー』なんて思ってるなら、それはやっぱり間違いだ。
たとえだれにも見つからなくても、自分に嘘はつけないぞ。そのことをしっかり、心に止めておいてほしい。
まぁ、テスト盗難の犯人はわからんがぁ、先生は探偵じゃないからな!
『犯人探し』は『半人前』であたり前! なんつって~。あはあは!」
「あっちゃー。くだらね~!」
「連発かよ~」
クラスメイトたちは呆れた顔をしながらも、少し笑顔をこぼしている。酷かった教室の空気が、ちょっとだけ和んだみたい。
最初はどうかと思ったけど、私も少しホッとした。
川野くんもまだ涙目だけど、安心した表情をしていた。もし弟が犯人だったら、とんだ巻き添えを喰った彼には、土下座して謝ろうと思う。
「それから、もし、なにか苦しいことがあって、間違った判断をしてしまったのなら、先生に話しに来てほしい。先生はいつでも、おまえらの相談に乗るからな」
先生が急に真面目なことを言って、みんな顔を見合わせて肩をすくめた。
二年近い時間が経過しても、たとえ、知ってる子じゃなかったとしても、同級生の自殺というのは心にくるものがある。先月からは休んでいる生徒たちのことで、不安を感じている子もかなり多い。
そこにこんな盗難事件まで発生して、空気のピリつき方は半端じゃなかった。ただでさえデリケートな受験生で、いまは大事なテストの直前。みんなのストレスは限界に近い。
先生もそれがわかってるから、生徒を叱りつけるより、気持ちを落ち着けさせたいのかもしれない。
――でもなぁ。高田先生に真剣な相談って、なんかイメージが湧かないんだよね……。
みんなも同じようなことを思っているらしく、微妙な苦笑いを浮かべている。
高田先生は親しみやすい先生だけど、さっきみたいに、神城さんたちが前に出はじめると、放心していることも多かった。
神城さんは、この学園に多額の寄付をしている名家のお嬢様だから、先生たちもなにかと気を使うらしい。
そんなことだから、少し頼りなく感じるのも仕方がないのかもしれない。
「まぁ、おまえらもいろいろ不安になってるだろうが、こんなときこそ、笑顔を大切にな!
明るく楽しい一日にしよう! 以上、ホームルーム、終了!」
先生はそんなことを言いながら、教室を出ていってしまった。
△
午前中の四時間の授業が終わり、ようやくお昼休憩がやってきた。
三年二組の教室はあのホームルームからずっと、最悪の雰囲気だったし、なんだかいつも以上に疲れている気がする。
外の空気が吸いたくて、私は中庭でお弁当を食べることにした。
この学園には三つの中庭がある。
ひとつ目は体育館と西校舎の間にあるサウスコート、ふたつ目は西校舎と北校舎をつなぐ渡り廊下のそばにあるウェストパティオ、それから三つ目は、北校舎と旧校舎をつなぐ渡り廊下の下にあるノースヤード。
サウスコートは体育館が近いから騒がしいし、あまりお弁当には向いていない。ノースヤードは渡り廊下の陰で薄暗くて、生徒にあまり人気がないし、三年生の教室からはちょっと遠い。
ここはウェストパティオで、三年生にいちばん人気があった。
図書室の前だから、ほかの中庭より静かで日当たりもよく、木陰の下にはベンチやテーブルもある。
璃人と二人で中庭に出ると、女子たちの視線が突き刺さった。ちらちらとこっちを見ながら、口元を手で隠すようにして、ひそひそ声を交わしている。
――うー、あの顔。璃人様を独り占めするな! かな。
――べつに、ただの幼なじみなんだけどっ。盾にされてるだけなんだけどっ。
心の中で言いわけしながら、お弁当を広げ、タコさんウィンナーをつつく私。
隣の璃人はというと、周囲の視線など気にもとめていないみたい。いつものように、無言で私のお弁当を覗き込んでくる。
そして、当然の権利のように、私のおかずをつまんでいった。
「ちょっと、それかじりかけなんだけど……!?」
「陽葵の母さん詰め込みすぎだろ」
顔を赤くして抗議したのに、ボソッとそんな返事がかえってきた。
頭がいいくせに、微妙にずれているのもいつもどおりで。
――こやつめー。なに食わぬ顔で……!
確かにうちのお母さんは、詰め込みすぎる癖があって、何度言ってもなおらない。
それでも、璃人がおかずをつまむせいで、いつも空になってるから、よけいにお母さんが詰め込むんだよね。
それはいいんだけど、もう周りの視線が痛すぎて、顔をあげることもできそうにない。
――場所選び間違えたかな?
……と、思ったとき、明るい声が響いてきた。
「陽葵~! お昼、一緒に食べよ!」
「ヒカリ! よかった! ここ座って!」
走ってきたのは友だちの西園寺ヒカリだ。手には自分のお弁当を持っている。
私が笑顔で手を振ると、ヒカリは私の隣に座り、さっそくお弁当の包みをほどきはじめた。
――ふう。これでかなりマシになりそう!
少しホッとする私。だけど、ヒカリは首を傾げながら、不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「あれ? なんか陽葵、いつもより疲れてるよね?」
「……あ、うん。今日は朝からすごかったから……」
今朝のホームルームの光景を思い出す。いつの間にか、唐揚げをつついていた手がとまっていた。
「すごかったって?」
「うん、それがね……」
私はためらいながらも、今朝教室で起きた出来事をヒカリに話した。ヒカリが納得したように頷いている。
「あちゃ。そりゃ疲れるね……」
「クラスの雰囲気が最悪で……」
「ふう」と、ため息をついていると、ヒカリが急に身を乗り出してきた。
お読みいただきありがとうございます!
ヒカリはいったい何を言い出すのか!?
次回、名探偵ヒカリをお楽しみに!