04 危うい正義
場所:三年二組
語り:遠野陽葵
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神城さんと鏑木君の発言のあと、続いて御子柴さんと二ノ宮さんが立ちあがった。
「どうして捕まえられなかったんですか? 警備員さんがいるはずですよね?」
「もしかして、少し心細くなってしまったのかしら。お星様とお話したくなってしまったのかもしれないわ」
御子柴望はメディア部の部長で、校内新聞を担当している。
報道ガールと呼ばれる彼女の記事が、校内の噂に火をつけた回数は数知れず。
御子柴さんに不正を見つけられると、すぐにその内容が新聞に載り、掲示板に貼り出されてしまう。
もう新しい特集記事の見出しが、彼女の頭のなかに浮かんでいるかも。
そして、二ノ宮さんは今朝と変わらず、不思議な雰囲気をまとっていた。
でも見た目は本当に、ヒカリが食いつくのも納得の可愛さ。
窓から差し込む光が、二ノ宮さんの周りをふんわりと照らして、なんだか空気までふわっとしているような気がする。
長いまつ毛に縁取られた大きな瞳、綿菓子のような甘い声色、スラッとしているのに、びっくりするくらい豊かなお胸……。
みんな話の内容よりも、彼女の見た目にばかり目が行ってしまう。
男子たちはぽ~っとした顔で、「あ~、星ね~」「結芽ちゃん星と話せるもんね」と、適当な相槌を打っていた。
「先生! 本当に犯人はわからないんですか?」
「お星様、どこをお散歩してるのかしら」
「そうだな。逃げていく男子生徒を見たと警備員が言っているが」
「盗まれたのは三年のテスト問題ということですか?」
「いや、未遂だからな。何年のテストが目的だったのかはわからないが……」
先生がそう答えると、生徒たちは顔を見合わせた。「わからない」と言われると、よけいに気になってしまうのかもしれない。
――はぁ。これで黎真が捕まったりしてたら、大変なことになってそうだよね。捕まらなくてよかった!
――いや、ここはいっそ捕まって、きっちり反省したほうがいいのかも?
――いやいや。やっぱり退学はまずいよね!?
弟を信じたいと思いながらも、ついついそんなことを考えて、ちょっとドキドキしてしまう。
そんな私のことなんておかまいなしに、御子柴さんはまた話しはじめた。
「テストを盗むってことは、犯人は成績が不安な人ってことですよね?」
まるで、謝罪会見に来た新聞記者みたいな口ぶりでそう言って、彼女は教室の隅に視線を向けた。
クラス中の視線が一斉にそっちに向かう。そこにいたのは川野君だった。
「えっ? 僕……?」
川野君は戸惑ったように目をパチパチさせている。
なにか言いたそうに口を開いたけれど、なにも言葉が出てこないのか、そのままフリーズしてしまった。
彼は中間テストの日に休んでしまい、テストを受けることができなかった。
寝坊が原因だったために追試も認められず、何科目かは0点になってしまったらしい。
だから彼なら、テスト問題を盗みかねないと、御子柴さんは遠回しに言っているようだった。
――ひどい、これってほとんど名指しだよ?
だれも彼の名前は出してないけど、川野君は明らかな疑いの視線にさらされていた。
彼が目尻に涙を浮かべた、そのとき――。
教室のいちばん後ろの席から、詩を読みあげる朗々とした声が響き渡った。
「六月十五日
光で満ちた教室に、鮮やかに咲く美しい花。
地面に落ちたひとひらが、土を腐らせ根を枯らす。
毒の棘に身を刺され、影は静かに絡め取られた」
突然始まった詩の朗読に、教室が一気に静かになった。
声の主は先月転校してきたばかりの雨宮詩音。
だれもがその声に振り替えることもなく、机の上で上半身をかたくした。
教科書やノートに視線を落とし、気配を消している人までいる。
彼女がこの学校に転校してきた日、私たち三年生は大きなざわめきに包まれた。
『ひぃっ、でた、おばけ……!』
だれかがそう叫んで、足元に黄色い水たまりを作った。高校三年生にもなっておもらしなんて……とは思うけど、あのときばかりは無理もなかった。
だれも近づかない、笑わない。笑うことなんてできるわけもない。
雨宮詩音が二年前に自殺してしまった雨宮詩織の、双子の妹だったからだ。
そして彼女の姿は、驚くほど詩織さんにそっくりだった。
スラリと細く色白で、どこか現実離れした雰囲気。腰まで伸びた黒髪は、薄い紫のリボンで二つに分けて結ばれていた。
双子――。
それは、生まれた瞬間から、ずっと一緒にいる一対の存在。
互いの境界が曖昧になるほどに、彼らは同一視されて育つという。
だから彼女は、まるで自分の半身を失ったような、深い喪失感を抱えているのかもしれない。
髪型や少し自信なさげな立ち姿まで、詩織さんそのもののような姿で、詩音さんはこの学校にやってきた。
そして彼女が公言している、転校の目的。
それは、姉をいじめ、自殺に追いやった生徒たちに『姉の死を忘れさせない』こと。
その想いだけを胸に、わざわざ名門校から転校してきた彼女は、どう見ても本気中の本気だった。
だから彼女は、絶対にいじめを見逃さない。
詩音さんは転校してきて以来、詩織さんが亡くなる間際まで書いていたという詩を暗記して、こうしてたびたび読みあげるのだ。
その姿はあまりに切なくて、だけど芯がとおっていて、私は見入ってしまうのだけれど……。
詩音さんは御子柴さんに挑発的な視線を送りながら、一歩二歩と近づいていった。
「そうやって標的を作って皆でいじめる、あなたたちのそういうやり方が、姉を死に追いやったんじゃないですか?」
詩音さんの声は鋭く響く。彼女は怒るでも笑うでもなく、真っすぐに御子柴さんを見据えていた。
御子柴さんはひくっと顔をこわばらせた。
「べ、別に、いじめのつもりなんかないわよ。ちょっと犯人の手がかりを探っていたら、たまたま川野君と目があっただけで……」
「でもそのせいで、彼は、傷ついたんじゃないですか? 悲しかったんじゃないですか? もしかすると明日、自殺しちゃうかも知れませんよ?」
「……! ちょっと! そんなの、言いがかりもいいところだよ!」
声を上ずらせながら反論する御子柴さんに向かって、詩音さんは一歩、また一歩と近づいていく。その冷たい目は、御子柴さんから一瞬も離れない。
これまで自在に情報を操り、いつも堂々としていた御子柴さんが、蛇に睨まれた蛙みたいに、じりじりと後ろへ下がっていく。
そしてそのまま、とうとう尻もちをついてしまった。
声を張った言いわけさえも、詩音さんの迫力の前には、完全にかすれてしまうようだ。
――わぁ……。すごい。空気が張りつめすぎて息が詰まっちゃう。
静まり返る教室。そこで再び響いたのは、神城麗花の声だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
詩音さん、ちょっと現実離れしたキャラ設定ですが、とても重要なキャラクターとなってます。
皆さんはどう感じるでしょうか。
次回、第五話 死者からの復讐をお楽しみに!
※第一話の後書きに登場人物紹介を追加しました!




