31 大切だから
場所:旧校舎
語り:遠野陽葵
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二つ目の教室を覗いた瞬間、私は声にならない声を出した。
――ひっ!?……澪さん!?
まるで呪いを全身にため込んだみたい。肌は青黒く染まって、黒い血管が浮き出している。
そしてなによりも、彼女の足元からは、まるで毒の花が咲くみたいに、黒い霧が広がっていた。
その姿はもう、私の知ってる澪さんとは別人で……。
そのとき、白鷺君の大声が、教室の空気を震わせた。
「澪! こんなこともうやめるんだ!」
『邪魔するなぁぁぁ! しらさぎぃぃぃぃ! 一位になったからって私を見下してぇぇぇえ……!』
「違う! 君を見下したことなんてない!」
澪さんは瞳をギラリと光らせて、まっすぐ白鷺君を睨んでいる。
それでも白鷺君は足を止めず、澪さんのもとへ歩いていった。
「俺は君に憧れていた。だからこそ、君に勝ちたかったんだ。俺はずっと、君に負けてばかりだから!」
『嘘つきぃぃぃ! 私の体が目当ての癖にぃぃぃぃ!』
「確かに! 俺は君の全てに惹きつけられた! 顔も、声も、仕草も、君の努力も! 宣言してもいい! 俺ほど君に惑わされてる男は他にいない!」
――おぉぉ……! す、すごいよ、白鷺君! がんばれ、その意気だよ!
「必ず澪を止める」と言った言葉どおり、白鷺君は本気だった。
まっすぐに本音をぶつける姿は、胸が震えるくらい熱くて。不器用かもしれないけど、気持ちがすごく伝わってくる。
でも澪さんは、それを受け止め切れないみたい。苦しそうに頭を抱えて、反り返りながら叫びだした。
『ぐあぁぁぁあ! お前のせいだ! お前のせいで、私はお母さんに愛されないのよぉぉお! 一位じゃなきゃ! 一位じゃなきゃだめなのにぃぃ!』
澪さんの口から、ドス黒い霧が溢れてくる。それは暴れ狂う蛇に姿を変え、うねりながら白鷺君に襲いかかった。
――だめ! 白鷺君が!
そう思った瞬間、白鷺君の胸ポケットが眩しく光りはじめた。
金色の光が黒い蛇を切り裂いて、蛇は霧になって消えていく。
胸ポケットにあったのは、智也がくれた『ありがたい霊符』!
――すごいよ智也! ほんとにありがたいよ!
拳を握って喜ぶ私。
でも次の瞬間、黒く血走った澪さんの顔が、突然ぐるっとこっちを向いた。その怒りに満ちた視線は、まっすぐに璃人を射抜いている。
『ぐうぅ! また、その霊符かぁぁぁあ! お前だなぁあぁ! あのとき呪ってやったのにぃぃぃい! 目障りなやつめぇぇぇ!』
低く吠えるような唸り声は、もう人間とは思えない。
彼女はぐっと背中を反らせて、大きく息を吸い込んでいく。
まるで体のなかに呪いを凝縮しているみたい。
目を見開いた瞬間、彼女の口がガバッと開いた。喉の奥から、どす黒いなにかが璃人に放たれようとしている。
それはさっきの蛇とは、比べものにならないくらいに大きくて。
――だめ! 璃人が!
そのとき、白鷺君が澪さんに飛びかかった。口から飛び出した塊は逸れ、天井にドスンと直撃する。
「澪! もう、やめてくれ!」
『はなせーーーー! 一位は私のものおぉオォぉ!』
澪さんは暴れに暴れて、白鷺君の肩に噛みついた。
爪が肉を裂き、血が滲んで。それでも白鷺君は、がっちりと彼女を抱きしめている。
「君の痛みも怒りも悲しみも、全部俺が受け止める! 俺は君が好きだから! 俺が必ず君を守る! だから! これ以上他人を巻き込むな!」
その声は、呪いの霧を突き抜けるほど真っ直ぐで。けれど、澪さんは、また苦しげに体を逸らせた。
『キィィィイイイイイィイイイーーーー!』
――ドゥン!――
ものすごい奇声。同時に教室に放たれたのは、重い衝撃波で。見えないなにかに押されるみたいに、私たちは後退りした。
「……あがっ!」
白鷺君が宙を舞っている。壁に叩きつけられて、彼はそのまま床に落ちた。
「白鷺君!」
『私のほうがいい子なのぉぉぉ~! 私のほうが、頑張ってきたのぉおぉぉ~!』
白鷺君が心配だけど、澪さんの声が不気味すぎる。思わず耳を塞いだら、また衝撃波が襲ってきた。
――ドゥン!――
「きゃぁぁ!」
「陽葵! 大丈夫か!?」
璃人が手を伸ばしてくれたけど、床はぐらぐら揺れてるし、近づくことができなくて。
天井の蛍光灯が砕け散って、ガラスの破片が降ってきた。破片が当たったところから、ぽたぽた血がしたたり落ちる。
澪さんの呪い、完全に暴走してるみたい。
――どうにかしなきゃ!
と思ったそのとき、今度はヒカリが澪さんに飛びかかった。
「いい加減に止まれ! 鏡花澪! 白鷺君がどれだけあんたのこと思ってるか、ほんとにわからないの!?」
ヒカリは澪さんの腕を押さえ込んで、なんとか動きを止めようとしてる。そのすきに、璃人が塩を取り出して、床に結界を描きはじめた。
でも、澪さんの力は強すぎて。ヒカリの腕を振りほどいて、澪さんが身をひるがえした。塩の輪が完成する前に、するりと結界の外へ逃げていく。
「大人しくしてっ!」
私も箒を投げ捨てて、澪さんの背後に飛びついた。
澪さんがヒカリに噛みつこうと口を開ける。私は後ろから、澪さんの顎を押さえ込んだ。これなら、霧を吐くのも防げるかも。
『ありがたい霊符』も数は限られてるし、何度も呪いは受けられない。いま、ここで彼女を封じ込めないと――。
「璃人! 早く!」
「わかってる!……よし、できた!」
璃人が急いで結界を完成させると、黒い霧がゆっくり消えていった。
それでも澪さんは、大きくのたうち回っている。
璃人が聖水を振りかけると、動きが少しだけ弱まった。
「ふぅ。まだ手を離すと暴れるけど、このまま結界のなかにいれば、少しずつ落ち着いてきそうだね」
「でもこれ、結構時間がかかりそう」
早く黎真を探しに行きたいけど、聖水はこれ以上減らせないし。
澪さんをここに置いていったら、自分で結界を壊しそうで。
「どうしよう……」
「陽葵、篠原君! ここは私に任せて、早く弟君のところに行って!」
迷っていたら、ヒカリが澪さんを押さえこみながら、私にそう言ってくれた。
「ありがとう、ヒカリ! 本当にごめん!」
私は教室を飛び出していく。
白鷺君のことも気になるし、ヒカリだってすごく心配だけど。
でも、それ以上に、いまは黎真のことが気がかりだから。
「任せたぞ、西園寺」
璃人もすぐに私のあとを追って走り出した。
「ここじゃない!」
「ここにもいない!」
五つ目の教室を覗いたとき、私たちは思わず息を飲んだ。
教室の中で、何人もの呪われた生徒たちが、ゾンビのようにうごめいていて。その真ん中には、ぐったりと倒れてる黎真の姿が!
「黎真!」
すぐに教室へ飛び込もうとしたけど、璃人が私を呼び止めた。
「待てよ、陽葵! 危なすぎる!」
「待てないよ! このままじゃ黎真が死んじゃう! お願い。ゾンビは私が止めるから、璃人は黎真に聖水を!」
聖水はもう黎真ひとり分しかない。
璃人が使ったほうが効果が高いし、これは璃人に任せるしかない。
璃人は少し戸惑った顔をしたけれど、しぶしぶ頷いてくれた。
「……だったら、これを」
差し出されたのは『龍神様の焼き塩』。
璃人の霊力のせいなのか、ほんのり白く光っていた。
私はそれを受け取って、ぎゅっと拳に握りしめる。
「うあぁぁぁぁぁあああ!」
気合を込めた叫びとともに、私はゾンビだらけの教室に突っ込んでいった。
ゾンビたちが一斉にこっちを見たとき、昔の記憶が蘇った。
小さいころ、弟が使っていたおもちゃを、無理やり取ろうとした男の子がいた。
「いやだ」と言って拒んだ黎真を、その子は怒って殴りはじめた。
何度も殴られて、泣きながら、黎真はおもちゃを放さなかった。
どうしても見てられなくて、私は男の子を突き飛ばした。
その子は勢いよく転んで、そのとき手首が折れちゃって……。
それからしばらく、私は「ブチギレ女」とか「怪力女」とかよばれて、みんなにからかわれることになった。
――私って女の子らしくないのかな?
――また、カッとなって、だれかにひどいことするのかも。
怖いって思われたくない。
大人しい女の子にならないと。
そんな思いが、少しずつ私を引っ込み思案にしていった。
だけど……。
『おねえちゃん、ありがと!』
黎真が笑ってくれるだけで、全部報われた気がしたから。
周りにどんなふうに思われても、私は大切な人のために、ちゃんと戦える自分でいよう。
三歩も進まないうちに、ゾンビたちが私に群がってきた。
「ごめんね! みんな!」
私は塩を握った手で、ゾンビにパンチをぶちこんだ。拳が当たった瞬間、はじけるように光の粒が舞う。
なんだか体の奥底から、力が漲ってくるみたい。
ゾンビがびっくりするくらい吹っ飛んで、床に倒れて気絶した。
見た目はほんとにゾンビだけど、みんな呪いにかかってるだけで、本当は生きてる生徒たちで。
こんなふうに攻撃するなんて、絶対間違ってる気がするけど。
それでも私は、とにかく弟を守りたいから!
噛み付こうとしてきたゾンビに、思い切り拳を振り下ろした。ゴツンと痛そうな音がして、ゾンビがまた気を失う。
全身が激しく光りはじめて、もう塩が無くても戦えそう。足元に群がるゾンビたちも、みんな勢いよく蹴り飛ばして……!
――あぁ……! 終わった……。完全に!
絶対今、璃人はゾンビなんかより、私のことを怖がってるよね。
悲しすぎて、ちょっとそっちを見れないけど。
――可愛いって、思われたかった!
――守りたいって、思われたかった!
子供のころからの恋心も、イメージを変えたくてしてきた努力も、いま全部が崩れ去って……。
「かかってこい! 私の弟を傷つけたら、絶対に、絶対に許さないんだからーーーーー!」
叫びながら、私はまたゾンビたちの群れに突っ込んでいく。
とにかく全部なぎ倒して、背後からきた一体を背負い投げた。
床に叩きつけられたゾンビが、鈍い音を立てて動かなくなる。
「黎真! しっかりしろ!」
気がつくと、璃人は黎真のところに辿り着いていた。すでに塩の結界もできてるみたい。
私は最後のゾンビを殴り飛ばして、黎真のそばへ駆け寄った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
たくさんの毒花が狂い咲いたこのお話、なんと今回は陽葵ちゃんが狂い咲いてくれました(´ω`*)
というわけで、【狂い咲きガールズコレクション2025】
★1位 神城麗花
「死んでたまるかぁぁ!」
★2位 鏡花澪
「一位じゃなきゃ愛されない」
★3位 雨宮詩音
「地獄を味わえ!」
★4位 御子柴望
「絶対服従だよ?」
★5位 二ノ宮結芽
「あなたを殺したのは私だね」
★6位 遠野陽葵
「可愛いって思われたかった!」
主人公も6位にランクインです笑
あと、作者はやっぱり白鷺君が好きです。
次回、第三十二話 最終兵器をお楽しみに!
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