02 学園ヒエラルキー
場所:通学路
語り:遠野陽葵
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「大丈夫?」
璃人の顔を覗き込んでいると、彼の手が私の肩に伸びてきた。
私の白いサブバックをひょいと奪い取って、自分の肩にかける璃人。
それは、黄色いチェックのレースと、可愛い向日葵のチャームがついた、お気に入りのトートだった。なかにはお母さんに頼まれて持ってきた、黎真の分のお弁当が入ってる。
「いや、似合わないよ?」
「このほうが誤解されていいだろ」
――こいつめ……。
私まで誤解されるということが、彼はわかってないみたい。心のなかで小さく拳を握っていると、だんだん学校が近づいてきた。
「きゃ! 璃人様きた」
「はぁぁん、今日もイケメンすぎてしんどい~!」
璃人のファンたちのそんなキャーキャーした声が飛んでくる。人が増えてくるにつれて、案の定というか、私に冷たい視線がビシビシと……。
それは、「え、なんでこの子なの?」と言いたげな視線で……。
――山ほどファンがいるんだから、どうせならもっと可愛い子にするとかさ……。
居心地の悪さに縮こまっていると、「陽葵ー! おっはよー!」と、聞き覚えのある声が響いてきた。
昨年同じクラスで友達になった西園寺ヒカリ。ショートボブの髪を揺らしながら、ニコニコの笑顔でダッシュしてくる。
「おはよ、ヒカリ!」
「陽葵、今日も可愛いじゃん。この暑いのに前髪ふわふわ! 写真撮らせて? はい、キムチ~!」
その謎すぎる掛け声に、つい顔をほころばせると、いきなりスマホのシャッター音が鳴り響いた。「何枚撮るの!?」って思うくらい、バシャバシャずっと連射してる。
いつものことだけど、だいぶん恥ずかしいからね……。
「もう、ヒカリったら、朝からやめてよ。顔むくんでるんだから」
「むくんでてこれは犯罪級の可愛さでしょ? ねぇ、篠原君」
「俺も写ってるんじゃないだろうな」
「残念! 私は可愛い女の子しか撮らないんだよ!」
ヒカリのドヤ顔に、苦笑いを浮かべる璃人。彼女が撮った写真を見てみたら、本当に璃人は肩から下しか写ってなかった。学校一のイケメンをわざわざフレームアウトさせるなんて、きっとヒカリくらいだよね。
「あ、みてみて、陽葵! あれ二ノ宮結芽じゃない? 今日もすっごい可愛い~! 写真撮らせてもらえないかな~?」
向かいの道から歩いてきた女生徒を見て、ヒカリがぴょんぴょん飛び跳ねてる。
ヒカリの趣味は、可愛い女の子を見つけて写真を撮ること。
この学校、可愛い子がほんとに多いから、ヒカリにとっては楽園らしい。
「すごいスタイルだね。腰細い! おっぱいおっきい!」
「もう、ヒカリったらおじさんっぽいよ?」
「でも残念。あの子、女王様の取り巻きなんだよねぇ。あんまり関わりたくないや」
ヒカリが急に声をひそめた。うちの学園の女王様こと神城麗花は、名家出身のお嬢様らしい。
容姿・頭脳・経済力すべてを持ち合わせた彼女には、麗花様軍団とでもいうべき人たちが付き従って、彼女のカリスマ性を引き立てていた。
『女王様と取り巻き』なんて言うと聞こえが悪いけど、どの子もみんなレベルが高くて、見た目も頭もいい子ばっかり!
ニノ宮さんもその一人で、ヒカリの言うとおりスタイル抜群。憧れている人もかなり多い。
ぼんやりそっちを眺めていると、二ノ宮さんと目があってしまった。
「あら? 遠野さん。ふわふわの雲の上って、雨が降らなくていいわよね。お月さまのお散歩お気をつけて」
「あ、うん……。ありがとう」
にっこり微笑む二ノ宮さんに、とりあえず笑顔を返す私。彼女は学校きっての不思議ちゃんで、なにを言ってるのかよくわからない。
「お月さまのお散歩ってなんだろ……」
「考えるだけ無駄だろ」
「そうだね……」
不思議な魅力をまとった二ノ宮さん。話はぜんぜん通じないけど、それでもすごく目を引いている。すれ違う男子たちも、みんな完全に見とれてるし。
軽やかに歩く二ノ宮さんの背中を見送っていたら、別の方角からもっと目立つ人たちが近づいてきた。なんだか空気がピリっとする。神城さんのグループだ。
真ん中にいる神城さんは、ふわっと巻いたロングヘアを揺らしながら歩いてくる。髪も姿勢もすごくキレイで、まるで雑誌の表紙から出てきたみたいな華やかさ!
彼女の隣を歩くのは、情報メディア部の部長・御子柴望と、男子バレー部のエース・鏑木俊。
御子柴さんはショートヘアが似合う、ちょっと強気な感じの女の子。鏑木君は身長が二メートル近くもあって、体格もがっしり。運動も勉強もできる、まさに万能タイプ。三人が並んで歩くだけで、結構とんでもない迫力だよ。
ここにさっきの二ノ宮さんが加わると、もう圧倒されるどころじゃない。前はこのメンバーに、さらにあと数人いたんだけど……。
「陽葵、こっち来て!」
ぼやぼやしていると、ヒカリが私の腕を引っ張って、道の端へ移動させた。
彼女たちの近くを歩くときは、あまり目をつけられたくないというか。グループに入ってない子たちは、みんな迷わず道をあける。
そんな空気も、神城さんが女王様と呼ばれる理由なのかも。
道の脇から三人の歩く姿を眺めようとしたけど、ヒカリと璃人が私の前に立ち塞がって、まったくなにも見えなかった。
しかも二人して、私を後ろの生け垣にぐいぐい押しつけてくる。
璃人の肩にかけられた私のトートが、顔にぶつかりそうなくらい迫ってきた。
――ちょっと、二人とも!? 私、つぶれそうなんだけど!?
璃人の後ろから、顔を出そうとした瞬間、鏑木君が璃人にぶつかってきた。璃人が「いてっ」っと、声を漏らす。
――え? こんなに端に避けてるのに? ちょっといまの、さすがにわざとらしくない? 鏑木君……。
璃人の後ろから覗いてみると、鏑木君が不機嫌そうに吐き捨てた。
「邪魔だろ。イキッてんじゃねーぞ」
「列になれば十分通れるだろ。ぶつかっといて文句かよ」
――ちょ、璃人!? お願いだからケンカしないで! あなた頭脳派でしょ? ケンカ強くないでしょ?
私が必死に腕を引くのもかまわず、静かに言い返す璃人。彼は喧嘩っ早い人ではないけれど、鏑木君とはかなり相性が悪い。
この二人はうちの学校のモテる男子トップツーだけど、璃人のほうが人気があるせいか、鏑木君がちょこちょこつっかかってくるんだよね。
でも明らかに鏑木君のほうが喧嘩が強そうだから、見ていてヒヤヒヤするんだけど。
二人が睨みあっていると、神城さんが璃人の前に歩み出てきた。
「おはようございます。篠原君」
彼女は薄く微笑みを浮かべながら、上品にひざを折って挨拶する。だけど璃人は無反応。顔色も変えないし、目も合わせない。
璃人は仲のいい友達以外には、だいたいこんな対応なの。だけど、相手が神城さんだけにヒヤヒヤする。
とはいえ私程度の盾なんて、彼女の圧倒的なオーラを前にしたら、全然意味がないわけで。
神城さんが璃人の前を通り過ぎると、ほかの二人も黙ってそのまま通っていった。でも、鏑木君が怖い顔で璃人を睨んでる……。
彼女たちが遠くに離れると、ヒカリがガクッと肩を落とした。
「怖かったー。やっぱりあの人たち別世界だわ」
「うん、璃人が殴られるかと思っちゃった」
「まぁ、大丈夫でしょう? 神城麗花は篠原君をはべらせたいって思ってるわけだし」
「あの仲間に入るのだけはごめんだな」
ヒカリも璃人も肩をすくめている。実際いままでにも、誘いは何度もあったらしい。だけど璃人は、まったく興味がなさそうだった。
そんなふうに、ヒエラルキーに抗えるのはカッコいいけど、生きづらいのも現実で。
そんな璃人に、ヒカリは腕組みをして怒った顔をした。
「ほんとにもう。もし陽葵がいじめられたら、篠原君のせいなんだからね? 盾になんてしてないで、篠原君が陽葵を守ってよ?」
「おまえ、ほんと朝からうるさいよな」
「あぁ! なんで私、陽葵とクラスわかれちゃったんだろう!」
涼しい顔で言い返す璃人に、ヒカリは空を見あげて大げさな嘆き声をあげる。
そんな二人のやり取りに、私は思わず笑ってしまった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
学園ヒエラルキーって皆さんの学校にはありましたか? 私は無縁の人だったみたいであんまり記憶にないです(^▽^;)
次回、第三話 ひび割れる日常をお楽しみに!