13 広がる毒
場所:三年二組
語り:遠野陽葵
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「雨宮詩音。お前は悪霊に取り憑かれている! 俺が除霊してやるから、大人しくしろ!」
「え? 除霊!?」「なにそれ。ウケる」「でたー。駆け出し陰陽師」
みんな口では馬鹿にしているけど、最近の呪い騒ぎのせいでやっぱり不安になってるし。これはちょっと、期待しちゃうよね……!?
みなの注目を集めながら、智也はいつもの『ありがたい霊符』とは違う、赤い墨で書かれた霊符をスッと頭上に掲げた。
「怨霊よ、そこを退け! 急急如律令!」
陰陽師っぽい呪文を唱えながら、霊符が詩音さんに向かって放たれる。
不自然なくらい真っすぐに飛んでいく霊符に、みんな一瞬目を見張った。
――おぉ!?……って、あれ!?
なにか起きそうな雰囲気はあったんだけど、霊符が詩音さんに届くことはなかった。
ひらひらと力なく舞い落ちる霊符。教室の空気が一気に冷え込む。
「なんだ。くっだらねー」
「教室でいきなり除霊とかこわすぎ」
一瞬の沈黙のあと、ひそひそとバカにした声が、あちこちから聞こえてきた。
まるで教室に溜まっていた不穏な空気が、毒になって広がるみたいに。
智也は見たことないくらい動揺して、霊符を投げたままのポーズでかたまっている。
そんな彼に詩音さんは、口元に笑みを浮かべながら、少し首を傾けて言った。
「除霊って、これで終わりなの?」
「くっそー! どういうことだ!? どうして効かない!?」
智也は床に落ちた霊符を拾いながら、悔しそうに吠えていた。自信満々で入ってきただけに、見てられないくらい痛々しい。
「偽霊媒師おつ~」
「オカルト野郎マジできもいんだけど」
「お前ら!? いつもいつもバカにしやがって! 呪われても助けてやらねーぞ!」
みんなの冷たい視線にさらされて、智也の目に涙が浮かんだ。
いつもなにを言われても平気そうだったのに、今回はさすがにショックが大きかったみたい。
「智也……!」
思わず声をかけたけど、智也は手で涙を拭いながら、教室を飛び出していってしまった。
智也は、ときどき空回りすることもあるけれど、私にとっては大切な幼なじみだ。
陰陽師だったひいおじいさんに、憧れているのも知っている。
除霊のことはよくわからないけど、彼はいつもまっすぐで、どこまでも本気だった。それだけに、余計に心配になってしまう。
私が智也を追いかけようとしたとき、英語の小川先生が教室に入ってきた。
先生は幽霊みたいに顔色が悪くて、足元もなんだかふらふらしてる……。
それを見た生徒たちは、みんな自然と話すのをやめて、黙って自分の席に戻った。私も仕方なく席につく。
「先生、御子柴さんは大丈夫なんですか……?」
小川先生が保健室にいたことを思い出して、私は御子柴さんのことを聞いてみた。
「え、ええ……。具合が悪くなった子たちは、みんなそれぞれ家の人が迎えに来ましたから……。だから、だっ、大丈夫……。きっと……うん、きっと大丈夫……」
小川先生は、まるで自分に言い聞かせるみたいに、何度も『大丈夫』と繰り返していた。
なかなか気持ちが落ち着かないのか、声もすごく震えてる。
あの保健室は、本当にたいへんな状態だったし、先生もショックを受けたのかも……。
みんながいろいろ質問するたびに、先生はびくっと体を震わせて、本当に怯えてるみたいだった。みんなの顔色が曇っていく。
それでも先生は、きっとみんなの不安を少しでも軽くしようと、教室に来てくれたんだと思う。
みんなが質問するのをやめると、先生はチョークを握って、黒板に英文を書きはじめた。
『I’m so so sos……』
それは、まるで助けを求めてるみたいな、意味のわからない英文で。
先生の手は震えてるし、書かれた文字はギザギザに歪んで……教室の空気がまた重く毒されていく。
チョークのボキッと折れる音が、静まり返った教室に響いた。
その音をきっかけに、とうとう先生は泣き出してしまった。押し殺したような嗚咽が響いてくる。
「先生……。大丈夫ですか……?」
「……ごめんなさい……。もう……どうしたらいいのか、わからなくて……」
肩を震わせながら、先生はその場に崩れ落ちた。
何人かの生徒が、つられるように涙を流しはじめる。
私たちは授業時間が終わるまで、黙って顔を伏せていた。
だれもなにも言えなくて、時間がすぎるのを待つしかなかった。
△
その日の放課後、私はまた二年三組の教室へ向かうことにした。
――もし、黎真の具合が悪くなってたらどうしよう……。
そんな不安が、なかなか頭を離れなくて、ずっとソワソワが止まらない。
「俺もいく。探すなら人手が必要だろ」
「じゃぁ、私も行くよ。手分けしたほうが早いでしょ?」
璃人とヒカリが、当然のようについてきてくれた。
本当は、璃人には安静にしていてほしい。まだ頬も腫れているし、テスト前なのに無理させるのは本当に気が引ける。
璃人はいつも成績がいいけれど、それは地頭の良さだけじゃなく、いつも努力してるってことを、私はよく知ってる。
ヒカリも「やる気ゼロ!」なんて言っているけど、本当は勉強したいと思ってるはず。
でも、私ひとりでは、どうしても黎真を見つけられる気がしなかった。
「ごめんね、二人とも」
「いーってば! 友達でしょ?」
ヒカリは明るく笑いながら、いつもの調子で返してくれる。
璃人はなにも言わずに、当然のように前を歩きはじめた。その背中を見ていたら、胸がじわっと暖かくなって、ちょっと泣きそうになってしまった。
北校舎へ向かって歩いていると、ヒカリがふと首を傾けた。
「それにしても、二年生が四人も倒れるなんて。てっきり、雨宮姉妹の呪いだと思ってたんだけど、違うのかな?」
あの『体調不良』に陥ったのは、三年生では神城さんのグループの人ばかりだった。
神城さんたちがほんとにいじめてたかどうかは、正直よくわからないけど、詩音さんの態度があまりにも不気味で……。
いじめっ子への仕返しっていう話が、なんとなく本当っぽく思えてきていた。
でも、二年生たちは雨宮詩織さんが亡くなったとき、まだ入学してなかったんだよね。だから、あの子たちがいじめに関係してたとは思えない。
「もしかすると、今日倒れた四人が行った場所に、体調不良の原因があるのかもしれないな」
「なるほど。そこに陽葵の弟君が倒れてる可能性があるってことだね!」
「あぁ。そういうことだ。陽葵、西園寺。二年生が帰ってしまわないうちに聞き込みしよう」
璃人たちはそう言うと、少し急ぎ足で歩きはじめた。私も慌ててあとを追いかける。なんだかすごく心強い。
――二人みたいにうまくできるかわかんないけど、私も頑張って黎真のこと、聞き出さなきゃ。
急いで北校舎に入ったけど、生徒はもうちらほらしか残ってなかった。
とりあえず三組の教室を覗いてみる。やっぱり黎真の姿は見当たらない。
何人かに聞いてみても、今日は一度も見ていないって。
そうしているうちに、教室の生徒はどんどん減っていった。テスト前で部活もないし、早く帰って勉強したいんだと思う。
それでも、まだゆっくりと帰り支度をしている子も、いくらか校舎に残っていた。
私たちはメモ用紙とペンを手に、それぞれ別の生徒に声をかけて、聞き込みを開始した。
みんなで同じ子に聞くより、手分けしたほうが、三倍早く情報が集まるはずだよね? 引っ込み思案な私だけど、勇気を出して、帰り支度をしてる女の子に話しかけてみた。
「あのぉ……。今日、保健室に運ばれた子たちのことが知りたいんだけど。なにか知ってることがあったら教えてもらえないかな?」
「え? 三年生……? なんでそんなこと聞くんですか?」
女の子は迷惑そうに顔をしかめて、キッと私を睨んできた。
二年生の間でも、今日の騒動はやっぱり衝撃だったみたい。
四人も次々に体調を崩して、あんなふうに保健室に運ばれたら、だれだって怖くなるよね。
知らない三年生に話しかけられて、警戒するのもわかる気がする。
「えっと、弟が見つからなくて……。同じ病気で倒れてるかもって思うと心配なの……」
「そんなこと言って、犯人捜ししてるんですよね? 私、関係ないですから」
「あ、ちがうの……。あなたを疑ってるわけじゃないんだけど……。倒れた子たちが今日行った場所に、弟がいるかもって思っただけで……」
「私、毒とか盛ってませんから。失礼します」
――えーー!? 全然話聞いてくれない! しかも、毒ってなんの話!?
がんばって説明してみたけれど、女の子はさっさと荷物を鞄に詰めて、教室を出ていってしまった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
智也の除霊失敗にくわえて、生徒より先に崩壊する先生……。
空気がどんどん重くなるなか、陽葵たちは再び聞き込みを開始します! さてどうなるでしょうか!?
次回、第十四話 頼れる二人をお楽しみに!




