11 保健室の異変
※少し怖いので読み飛ばせるように後書きに要点をまとめてあります。
場所:保健室
語り:遠野陽葵
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嫌がる璃人を引っぱりながら保健室に向かうと、そこは思った以上にたいへんなことになっていた。
御子柴さんと同じような症状の生徒が、何人も運び込まれて、もう人でいっぱいで。
御子柴さんに付き添ってきた二ノ宮さんも、保健室に入れなかったようで、廊下で一人立ち尽くしていた。
両腕をぎゅっと抱えるようにしたその姿は、かなり参っているみたいだった。声をかけてあげたいけれど、いまはとにかく、璃人の手当を先にしたい。
だけどこの状態じゃ、とても保健室のなかで手当てするのは難しそうな感じ……。
「思ったより人がいっぱいだね……。私、ガーゼとかもらってくるから、璃人は水道で傷、洗っておいて」
「わかった」
璃人は中庭にある水道を目指して歩きはじめた。少しふらついてるし、見てるこっちが不安になる。
保健室に入ると、御子柴さんを含めて五人の生徒が、ロープでしっかり縛られていた。
ベッドの数も足りてなくて、みんな縛っても暴れてるから、先生たちが必死に押さえつけている。
「ギャー! ギィィー!」
「オアアァァァオアアアアー!」
ものすごい奇声が飛び交って、もう叫び声っていうか、ほとんど衝撃波みたいな感じだ。
耳を手で押さえても、体が勝手にすくんで、思わず立ち止まってしまった。
――すごい音……。ていうか、人の体って、あんなふうに曲がるんだっけ……?
拘束されてる子たちは、みんな全身ガチガチで、動きも人間じゃないみたい……。御子柴さんなんて、関節が逆に折れてるように見えるんだけど、きっとなにかの間違いだよね……。
先生たちも完全に動揺してて、顔色は紙みたいに真っ白だった。
震える口から「どうしよう? どうしたらいいの?」と、かすれた声が漏れている。
こんな状況じゃ、生徒を縛るしかないのはわかるけど、あまりにやるせなくて胸が詰まった。
――こわすぎる……。こんなに何人も同じ症状になるなんて、やっぱりこれって呪いなのかな?
――これみんな、雨宮詩織さんをいじめてた人たち?
そんな考えが頭に浮かんだけど、怖くて顔を見ることができなかった。
でも、胸元に目をやると、緑色の学園章が見えた。ほかの子のも確認してみたら、どうやら御子柴さん以外は、みんな二年生みたい。
――あれ? 雨宮さんの自殺と関係なさそうな子たちまで……?
――ってことは、呪いじゃなくて病気なのかな……。
私は意を決して、保健の先生に質問してみた。
「先生、どうしてこんなことになったんですか?」
「え? え? ちょっと、いまたいへんだから、邪魔しないで!? 関係ない子は出ていってちょうだい」
「すみません、でも、友達がケガをしてしまって」
「え? そうなの? でもいま、ちょっと、こんな状況だから……」
「それじゃあ、ガーゼとかだけもらってもいいですか?」
「えぇ、どうぞ。そこの棚から持っていってちょうだい」
保健の先生は電話の受話器を持ったまま、棚のほうを指さした。ちょっと慌ててる感じだけど、ほかの先生たちよりはまだ落ち着いて見える。どうやら生徒の家に電話して、保護者に迎えに来てもらおうとしてるみたい。
私は棚から必要なものを取って、璃人がいる中庭へ向かった。
「おまえ! とぼけてんじゃねーよ!」
「しつこいな。知らないって言ってるだろ」
中庭に移動してみると、なぜか璃人が鏑木君に詰め寄られていた。
――ん? なにを言いあってるの?
私が視線を向けた瞬間、鏑木君が璃人のシャツをガッと掴んだ。
そして、「え!?」と思ったときには、もう拳が璃人の顔にめり込んでいた。璃人がそのまま吹っ飛んでいく!
「ぐぁっ!」
「ちょっと!? なにしてるの!?」
鏑木君は倒れた璃人に覆いかぶさって、さらに拳を振りあげようとしている。慌てて駆け寄ったけど、鏑木君はバレー部のエース。身長は二メートルくらいあるし、私とは体格が違いすぎる。
いくらバトミントン部で鍛えていても、抱えてポイなんて絶対無理だし……!?
――でも言ってられない! このままじゃ璃人が殺されちゃう!
「璃人をはなして!」
私は咄嗟に近くにあった箒を掴んで、鏑木くんの肩めがけて振り下ろした。もう頭のなかが真っ白で、自分でもなにをしているのかわからない。
「いって、なんだ……。遠野!? じゃまするな!」
鏑木君は一瞬こっちを見たけれど、すぐに璃人に視線を戻した。まだ璃人を地面に押さえつけたまま、拳を握り振りかぶる!
血まみれで真っ青な璃人の顔。それを見た瞬間、私のなかでなにかがブチッとキレた。
箒の先を鏑木君の頭に振り下ろす。鏑木君が璃人を離すまで、無我夢中で何度も振り続けた。
「くそ、いって、やめろ」
「陽葵、もういい! 行こう!」
「はなして璃人! こいつ、絶対許さない! ケガしてる璃人を殴るなんて……! 最低の! グズ野郎!」
「いいからこい!」
璃人が私の手を引いて走り出す。うずくまったまま動かない鏑木君を残して、私たちは北校舎の裏を駆け抜けた。
そして、北校舎と旧校舎の間にある、人気のない中庭、ノースヤードにやってきた。
「はぁっ、はぁっ……。陽葵、大丈夫か?」
「大丈夫かって!? それを聞きたいのはこっちだよ!」
思わず声を張りあげると、璃人が目を見開いた。その顔は血まみれで、見たことないくらいボロボロだ。
――あぁ、どうしてこんな! だって、璃人が……! どうして、璃人が……! 鏑木君が!
目を回しそうな私を見て、璃人は「せっかくのイケメンが台無しだよな」、なんて笑いながら、私の頭をポンポンと優しく叩いた。
それから水道で傷を流して、ボーっとしている私の手を引いて、ベンチに座らせてくれた。
で、隣に座ったかと思ったら、当たり前のように私の膝に頭を乗せて横になる。
「えっ!? ここで膝枕!?」
「手当してくれるんだろ」
痛々しく血の滲む口元を引きあげて、彼は余裕のあるフリで笑う。
「まったくもう……。どうしていつも、鏑木君とケンカになるの?」
「いや、なんか突っかかってくるからさ」
私は向日葵柄のトートバッグから、保健室でもらった応急セットを取り出した。
ちょっと多めにもらってきたから、両方のケガに使えそう。殴られた頬には、ハンカチでくるんだ保冷剤をそっと当てて、傷にはガーゼを押し当てて血を止める。
頭はできるだけ動かさないで、しばらくこのまま押さえておくのがよさそう。五分くらいかな……?
黎真は昔からよくケガしてたし、いつも私が手当してたから、こういうのはけっこう慣れてる。
璃人はまだぼーっとしてるみたいで、黙ったままじっとしてた。
――こうしてると璃人、ちょっと弟みたいかも。
璃人の髪を撫でていると、少しずつ息が落ち着いてきた。それと同時に、じわじわ後悔が押し寄せてくる。
――はぁぁ。私、鏑木君にすごいことしちゃった……。
――やばい……。絶対璃人も引いてるよね……。
――ていうか、鏑木君が追いかけてきたらどうしよう……。箒、さっきの場所に捨ててきちゃったし。
鏑木君はうずくまってたけど、私に箒で叩かれたくらいで、ダメージを受けるとは思えない。彼が本気を出していたら、私なんてすぐ止められたと思う……。
――いや逆に、なんで無抵抗だったんだろ……。
――それになんだか、ちょっと悲しそうな顔してたような……。
頭のなかがぐるぐるして、なにがなんだかわからない。
璃人のケガも、さっき保健室で見たあの光景も、黎真の姿が見えないことも……。いろいろ考えすぎて、頭がパンクしちゃいそう。
だけどいま、私がいちばん心配なのは……。
「ねぇ、璃人。さっき保健室に運ばれてた子たち、御子柴さん以外はみんな二年生だったの」
「え? そうなのか?」
「うん。もしかして黎真、あの子たちと同じ病気になって、どこかで倒れてるんじゃないのかなって……」
「まぁ、確かに、あんなの見たら心配になるよな……。放課後にでも探してみるか」
「だめだよ……。璃人は安静にしてなきゃ」
璃人の血が止まったのを確認して、ガーゼをサージカルテープで固定する。
五限目が始まってから、すでにかなりの時間がすぎていた。
――教室に戻ったら、鏑木君がいるかもしれないけど、戻らないわけにもいかないよね……。
そうして私たちは、少しビクビクしつつも、自分たちの教室へと戻るのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今回は大混乱の保健室と、ブチギレて鏑木君をやっつけてしまった陽葵ちゃんでした……笑
黎真が倒れている説が浮上しましたがどうなるのか……。
次回、第十二話 呪いと除霊をお楽しみに!
【今回の要点(怖くて読めない人用)】
陽葵と璃人が保健室へ向かうが、そこは異常な症状の生徒たちで溢れていた。御子柴さん以外にも四人の二年生が暴れ、保健室は混乱状態。
陽葵は応急セットを受け取り中庭へ向かうが、璃人が鏑木に殴られている場面に遭遇。陽葵は箒で鏑木を制止し、璃人を連れて逃げる。
人気のない中庭で、陽葵は璃人の手当てをしながら膝枕をする。二人の距離が縮まるが、陽葵は鏑木を殴ってしまったことに戸惑う。
保健室にいた生徒の多くが二年生だったことから、陽葵は弟・黎真も同じ症状で倒れているのではと心配する。璃人は放課後に探すことを提案。
鏑木との再会への不安を抱えながらも、陽葵と璃人は教室へ戻る決意を固める。




